1部 11話 一夜の決着
刀を持ち、首を切ると脅迫することしか出来ない雪子。
それも当然だ。
普通の女子高生として生きてきたのだから剣を自在に振り回す技量もなければ、首を切れる力もない。
刀を持った事が初めてなのだから。
故に持ち上げて、突き付ける事が精一杯の行動である。
もし首を切り落とす事が出来るのなら、こんな脅迫せずに無言で切り落としている。
目の前で自分を庇ってくれていた少年が、今、首を絞められて殺されかけているのだから。
それなら手を切り落とせばいいだろうと思うかもしれないが、剣先が狂って、逆に拓狼を傷つけてしまう恐れがある。
だから剣を振るのが恐ろしくて、そんなことは出来ない。
これが雪子に出来る最善の、抵抗であった。
「ち、頃合いか、俺も妖力を使いすぎた、この後二人も相手にするのは流石に勝てる気がしない」
鬼童丸は手を離し、二人から距離をとった。
「ゴホ、ゴホ」
「大丈夫?」
咳き込む拓狼に心配して駆け寄る雪子。
拓狼は、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうと言うのだった。
「今回は美を引いてやろう。しばらくお前たちに手を出さないと約束する。だけど去る前にその刀を返してくれないか。俺にとって自分の命と同じくらい大事な物なんだ」
慘哲が手を出し、刀の返却を要求する。
だけど雪子はそれを拒んだ。
「悪いけど、無理よ。この場からさっさと去りなさい」
それは鬼童丸の刀を私物にする、というそんな意識ではない。
無論破壊するつもりでもない。
ただ、この場で渡すのに抵抗があるだけだ。
「今から一時間後にここに戻ってきて回収して。刀はそこにある案内看板の真下に置いといてあげるから」
雪子の判断は当然の選択だろう。
もしここで刀を渡した場合、嘘だった時己が斬られる心配がある。
我が身を守るためには正しい考えだろう。
「いいだろう。だけどもし、そこに刀がおいてなかったらその時はお前だけでなく、お前に関わった全ての人間を殺すから覚悟しておけ」
鬼童丸は闇の中へ、妖魔界へ一時的に帰るのだった。
それを見た雪子は約束通りに、刀を案内看板の下に置いて、拓狼の肩を抱えて立ち上がった。
「助かったよ。ありがとう」
「何いってるの。助けてくれたのは貴方の方よ。貴方がいなければ私は今頃生きてないわ」
拓狼は初めての妖怪化で、体力を使い切り意識を保つだけでやっとである状況となった。
雪子に助けを借りないと動けない程に、疲労しきっているのだ。
「悪いな手を借りて」
「これくらいするのは当然よ」
だけど雪子だって辛くない訳がない。
普通の女子高生くらいの力しかない雪子が1人で男子高校生を抱えて移動するのは相当な重労働だろう。
しかも雪子だって毎日のように続いた逃亡生活に、今まで受けた傷。そして、先程までの戦闘で消費した妖力。
歩くのがやっとの状態なのに、無理をして拓狼を抱えて移動してるのだ。
「だけど流石に辛いわ」
階段を降りようとしたとき、急な目眩に教われた。
「あ、あれ。ごめん」
2人揃って階段から転がり落ちそうになった時、誰かに抱き抱えられるような感覚がした。
「これは2人とも。ヤバイわね」
そう言って雪子と拓狼の2人を優しく包み込むように誰かに守られたのだ。
視界が眩む中で1つだけ、はっきり理解の出来る事は、目の前に2人の大人がいたことくらいだった。
意識が薄れていくなか、どこか懐かしいような感覚がして、雪子と拓狼は疲れで眠りにつくのだった。
「拓狼。お疲れ様。やっぱりあなたの事だから、無理をしていたのね」
雪子達の前に現れたのは拓狼の母親である青龍寺花子と、そして花子と仲が良さそうに会話をする不思議な見た目をした女だった。
何が不思議かというと、女は動物のような耳と尻尾が映えている。
「花子。あんたの息子、やっぱり妖怪化したようね。危ない事に巻き込ませたくないから今まで妖怪退治もやらせず、半妖であることを隠していたのに」
「困っている人を見捨てられない。そんな性格なのよ拓狼は、だからそこにいる女の子を助けると言ったとき覚悟を決めたわ。戦って死ぬかもしれないけど、覚悟を決めた息子を見て、ここは拓狼にとって止めてはいけないところなんだってね」
男が一度決めたこと、守る戦いをするって覚悟したならは最後まで突き通す。
女はそれを止めてはいけない。
それが先代から言われていた青龍寺家の、掟だった。
「もうこれでこの子は普通の生活を送るのは難しいでしょうね」
妖力を使って、人間界で戦った。
この戦いは、いずれ妖怪退治を生業とする霊媒師の間で噂されるだろう。
この地域で、大きな妖力を持つ2体の妖気は、はっきり捉えられていたのだから。
「どうする。このままだといずれ妖怪だけじゃなくて霊媒師からも狙われるぞ」
「分かっているわ。だからこの子に、これから霊媒師の仕事をやらせる」
「夜中に妖怪退治をさせると、いうのか」
「そうよ。だから練逗樺(ねずか)、貴方には悪いけど、これから息子の拓狼の守護霊になってもらうと思う」
「やはりそうなるか。まあ、あんたの家系とは長い付き合いだしね」
そう言うと、練逗樺は雪子を抱き抱えた。
「取り敢えず、速く2人を車にのせるわよ」
「そうね。その子は任せたわ」
気を失った雪子と拓狼は車にのせられて、拓狼の家へと帰宅をするのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・
1時間後、雪子達が去った後、鬼童丸の慘哲が刀を取りに戻ってきた。
辺りを確認して、2人が帰ったことが分かり、案内看板の下に置いてある刀を回収する。
「約束通り、刀は返してもらった」
剣はこの世界に沢山あるが、慘哲の刀は世界に1つだけのものである。
刀に傷がないか確認をする慘哲。
「よかった何処にも傷や汚れがない」
それを確認すると、刀身を鞘に納めた。
「それにしても、改めてみると。あの半妖の狼男、派手にやってくれたな」
目の前にあるのは仲間だった妖怪達の屍。
妖怪全員が死滅した訳では無い、2、3体は死体として残っていた。
「また、手下を集めないといけないのか。めんどくさいな」
そう言って、妖術で死体に火を付ける。
人間界に妖怪の姿を残しておかない為だ。
死体が完全に焼失するまでその場に留まる鬼童丸。
「だけど、あの雪女。度胸があるな」
慘哲は雪子に感心をしていた。
何故なら、彼女が自分の首を切ることが出来ないのが分かっていたのだから。
それなら、なぜ身を引いたのか。
それは近くに強い霊気を持った存在が近づいてくるのを感じたからだ。
負傷したまま戦闘していたら間違いなく首を刈られていただろう。
だからあえて身を引いて逃げたのだ。
「それにしても、あそこで狼男のガキを殺れなかったのは正直キツいな」
拓狼は妖怪の力に慣れていなかったために、戦闘で己のペースに持っていけた。
だけど、次に会ったときは違う。
力に慣れてくれば鬼童丸が狼男を倒すのは無理になってしまうからだ。
慣れる前に殺りに行かないと。こっちが殺られてしまう。
そう思って対策を考える慘哲だった。
「次は絶対に勝って、僕たち家族を苦しめた人間達を絶対に絶滅させるからね。母さん」
鬼童丸は刀を強く握っていた。
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