1部 10話 逆転の兆し

 鬼童丸の刀を全て交わす拓狼。

 雪子の狙い通りに事が動き始めた。

「当たらない」

 鬼童丸は、さっきまでの攻防で己の全ての攻撃を見極められてしまったかと思った。


 でも、それは違う。 

 雪子が放った妖力、鐔の周りに氷を張った事が戦場を大きく変えたのだ。

 ただの氷ならそこまで大した変化はなかっただろう。


 だけど雪子の放ったのは妖気の氷、重さを意図的に操ることが出来る。

 とは言っても、質量的に張れる氷の重量変化は限度があるが、それでもこの状況を逆転させるには充分だった。


 重さが変化したことによって、鬼童丸の慘哲の刀を降る速度が落ちたのだから。

 命をかけた戦いをしたことのない拓狼だが、小学生の頃に格闘技をやっていたことがある。


 普通の人間なら避けられない速度ではあるが、格闘技をやっていた経験と、狼男の力で身体能力が上がった拓狼には、当たることがない。


 しかもそれだけではなかった。

「体が冷えてきた」

 突然寒くなり、体の動きだけでなく思考速度も低下したのだ。


 それも雪子の力で、鬼童丸に直接冷気を放っていた。

 無論近くにいる拓狼にも冷気が飛んでくるが、影響は殆ど言っていいほどなかった。


 何故なら惨哲は薄着であり、拓狼は上着は脱いでいるとはいえ、狼男の特性で、ロングヘアーの髪、そして所々にある暑い剛毛で守られている。

 寒いのは毛に囲まれてない顔の部分だけだ。

 

「何故だ。こんな戦いになれてない半端者を相手に」

 完全に戦況は逆転した。

 拓狼は剣筋を見切った、刀を止めた。


「凍れ」

 雪子は力を使って鬼童丸の足場に氷を張る。

 足場を膠着させて動けなくさせる事が狙いで生成した妖力は鬼童丸の足をとらえようとした。


だけど、

「くらうか、そんな氷の攻撃」

 上手くいかずに見事にジャンプで避けられてしまった。

 だが、一瞬宙に浮いた隙を拓狼は見逃さなかった。


 着地と同時に慘哲の腹へ向けて拳を入れた。

「ゴフォ」

 吐血して、数メートルほど後方に滑り流れていく惨哲。


「どうやら馬鹿にしていた女の子にやられた事が気が付かないようだな」

「そうか。お前の動きが速くなったんじゃなくて俺の動きが遅くなったんだな」


 そこでようやく自分の行動速度の低下に気がついた慘哲。

「仕方がない」

 そう言って力を溜める。

 何をするのかと思った雪子と拓狼。

   

 次の瞬間、2人の前に激しい熱風が襲ってきた。

「何をするつもりだ」

 その力で周りの冷気が一気に溶けて、気温が戻ってしまう。

 

 それだけではない。その熱風は強力で雪子と拓狼の2人の体を浮かせては、後方に吹き飛ばした。

 拓狼は木に、雪子は近くの案内看板に背中を強打ししばらく動けなくなった。


「う、嘘・・・で・・・・しょ」

 強打したばかりで2人とも呼吸がままならない。

「まさかこの力を、使わされることになるとは思わなかったけどな」

 拓狼に一歩ずつ歩み近づいてくる。


 殺意むき出しの慘哲、彼を苦しめる冷気はもうここにない。

 反撃しないと殺られる。

 だけど拓狼の体はもう、動かせる力なんて残っていない。


 それどころか、妖力が尽きて、人間の姿に戻ってしまった。

「もう、戦うのは無理そうだな」

 刀を振り上げた鬼童丸。


「あ、あれは」

だけど、拓郎は自分の体に鞭を打ち、その場から左方数メートル先に飛んだ。

何をしたかったのか、それは脱いだ上着が近くに落ちていたからだ。

「まだだ。まだ終われねぇ」


「何をするつもりだ」

上着に触れた拓郎は膝を地面に付けたまま、振り返りもせず、小声で何かを語り始めた。

「・・・・・災・よ。我の・・大地に・・・・雷の・・・・・」

 

「念仏でも唱え始めたか」

 そう思った鬼童丸は拓狼を嘲笑うかのように見つめた。

「下を見てみな」

「下だと」

 拓狼に言われた鬼童丸の慘哲は自分の足元を確認する。


 するとその一ヶ所だけ水溜まりになっていて、鬼童丸は丁度その真上にいた。

「な、何でこんなところに水溜まりが」

 数刻前の出来事を思い返してみると、心当たりがあった。


 雪子が鬼童丸の動きを止めるために氷を地面に張った事を思い出した。

 己で放った妖気の熱風によって、その氷が溶けたのだ。

「あの時の氷か」


「これでくたばれ」

 拓狼は全身を反転させて右手を前にかざして、目の前に持っていたお札を出す。

 その札が光を放った。

「落雷」


 拓狼の霊術で放った雷が、鬼童丸に直撃した。

「キャャアアァアア」

 霊術の雷は普通の雷より弱いが、それでも100万ボルトはある。


 前に放った地雷は水溜まりを通して鬼童丸に電流を伝えたため直撃するよりも威力が弱い。

 だけど今回の地雷は直撃した上に、地面に逃げるはずの電流を水溜まりが溜める事になり、電力が蓄積する。


 直撃した電気と、地面から戻ってくる電気で体に受けるダメージは恐ろしい威力になる。

「これで倒れてくれ」

 体にかかる電圧が蓄積されていく鬼童丸。

 

 鬼童丸は意識を失い、刀を手放した。

「何とかなった」

 そう思ったのは束の間だった。

 気を失ったと思った鬼童丸は瞬時に自我を取り戻した。


「俺を追い詰めたと思って、いい気になりやがって」

 しかも怒りをかっている様子である。

「もう許さねぇ。徹底的に痛め付けて殺してやる」

 

 そう言って手放した剣を再び握り直した。

 拓狼は妖気も霊気も使い果たしてもうなにもすることが出来ない。

「これはもう無理だな」

 死んだと思ったその時だ。

「イテェ」

 

 鬼童丸が剣を手放したのだ。

 何が起きたのか、理解できずに拓狼も鬼童丸も一瞬思考が止まる。

 だけどその理由はすぐに分かった。


 それは鬼童丸の武器である刀が、鐔だけでなく持ち手の部分も氷が張っていたのだ。

 雪子の氷は生成する物質サイズが小さければその分頑丈で溶けにくい氷を作ることが出来る。


 よって鬼童丸の妖術で放った熱風に耐える事が出来たのだ。

それだけでは無い。


手放した一瞬のスキをついて、氷を追加で張ったのだ。

 刀は刀身だけなく鐔も、持ち手も鉄で出来ているのが拓狼には幸いの事だった。


 それによって刀に起こる熱伝導率に変化はなく、長い間凍って温度の低くなった剣を持ち続けたことにより、手の平が凍傷した。

「まさかあの雪女の力が仇になるなんて」

 両手で持っていたため、刀を握ることが出来ない鬼童丸。


 一瞬助かったと思った拓狼だったが、それで終わる惨哲ではない。

「だけど人間の姿になったお前を殺すのに、刀を使う必要はない」

 凍傷した両手で拓狼の首を絞め始めたのだ。


「首を絞めれば人間は死ぬ。動けなくなった相手にはこれで充分だ」

 首を絞められて、呼吸が出来なくなる。

 このまま殺されるのか、そう思った。


 でも、動けるようになった雪子が、拓狼を救うために賭けに出る。

「彼の首から手を放しなさい。そうしないと、貴方の刀で貴方の首を私が切る」

 

 鬼童丸の手放した刀を持ち、雪子は首に突き付けた。

 刃先が首に少し当たって、切り口から、ごく僅かに出血する。


『お願いこれで諦めて』

 そう思いながら、内心ハラハラではあるものの強気に出る雪子。

「もしここで私たちを見逃し、手を離すなら、貴方の首を切り落とさないであげる。だけどそうしないのなら」


 鬼童丸の慘哲の首に刀を突きつけて、一見すれば雪子の方が圧倒的に有利な立場にいるように思えるだろう。


 だけどそれは違う。

 何故なら雪子は鬼童丸の首を切り落とす事が出来ないからだ。

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