1部 7話 病院

 時を遡ること4時間前

 目が覚めた拓狼はベッドの上で、横になっていた。

 白い天井に地味な照明。

「あ、気がついたのね」

 そして母親の顔が、拓狼の視界に入った。 


「良かった。帰ってくるのが遅いと思ったら廃工場で倒れてたって聞いて心配したのよ」

 夢みたいな出来事は、全て現実だったようだ。

そう思うと拓狼は恐怖で身震いをしてしまう。


「大丈夫」

その様子を見て母親が心配し、声をかけた

「大丈夫だよ。心配かけてごめん」 

母親を心配させまいと、冷静を取り戻し言葉を返す拓狼。


「本当に心配したわ。貴方って3日間ずっと目を覚まさなかったんだから」

 自分が3日も眠っていたのか。

 そう思いながら、体を起こした拓狼はあることを思い出していた。


「バイトは、2日も無断欠席してしまって店長たちに迷惑が」

「大丈夫だよ拓狼くん、君の代わりにシフトに入ってくれた人がいたから」


 扉の近くにはバイト先の店長がいた

「休みを取っていた人が出勤出来るようになったんでね、急遽その人に頼んだんだよ」

「そうですか、勝手にバイトを休んですみませんでした」


「良いんだよ別に、君がサボりたくて休んだ訳じゃないんだから。通り魔に怪我を追わされて大変だったな」


「は、はあ」

 通り魔とは違うが、そう思われても仕方がないだろう。


 何故なら本当の事を言っても母親以外は誰も信じてくれないだろうと考えたから。

「拓狼。目が覚めたのね」

 次に扉が開くと幼馴染みの真凜が入ってきた。


「良かった。工場前に傷だらけで倒れるの見て、もう目覚めないかと思って心配したのよ」

「そうよ。真凛ちゃんから夜遅くに電話があって泣いていたのよ」


「真凜も心配かけて悪かった。今はもう大丈夫だ」

 その時拓狼に!2つの謎が頭に浮かび上がってきた。


「なあ、何で夜中なのに工場前にいたんだ」

「それは夜遅くまで勉強をしていて小腹がすいたから、コンビニまで買い物に行ったときに、あなたを見つけてね」


 工場内にいたはずが、気がつかない間に外に出ていた。

 そしてもう1つ、傷がほぼ治っている。


 殴られた時顔が腫れ上がり、見るに堪えない様な顔をしていてもおかしくない。

 だけど鏡に写る今の拓狼の姿は頭に包帯を巻いているだけでほぼ無傷で病院服を着ていた。


 とても2日で治る傷ではないはずだ。

「あ、目覚めましたね」

 そこでドクターが部屋のなかに入ってきた。

「特に損傷もなく身体に支障が無いのでもう退院しても大丈夫ですが念のため一晩様子を見ましょう」


「はい、ありがとうございます」

 少なくとも体の骨の数十本は折れているか内蔵が破裂してたりするはずだ。

 そうじゃないと吐血もしないし動けなくもならないだろう。

なのに無傷とは自分が化け物にでもなった様だ。


 夢のように思えたがこれは紛れもない現実だ。

「それじゃあそろそろ仕事に戻るね。拓狼くん今夜だけじゃなくて明日の土曜日もシフトが入っていたけど、2日間休んで良いよ。日曜日も含めて今日から3日間は安静にするように」


「店長。ありがとうございます」

 店長はそのまま部屋を出ていった。

「それじゃあ私もそろそろ帰るわ、また月曜日学校で」

 真凜も店長に続いて部屋を出ていった。


「母さん。今日は満月だよね」

「そうよ。今日は綺麗な満月が見えるらしいわ」

 今夜に雪子の彼女の処刑が始まってしまうのだ。


「さて、3日前に何があったのか、説明してもらえるかしら。拓狼のあの怪我、妖怪が絡んでいるんでしょ、話を聞かせなさい」


 3日前に起きた全ての出来事、そして出会った半妖の雪女の少女の事も包み隠さず話した。

「なるほど、半妖の少女の命を狙う妖怪達から女の子を助けるために行動した結果こうなったのね」


「母さん。俺、半妖の彼女の命を助けたいんだ」

 拓狼の言葉に母は横に首を降った。

「行ってはダメよ。半妖とはいえ妖怪たちの揉め事に人間が口を挟む事じゃないから」

「そ、そんな」


 返ってきた言葉はあまりにも酷いものだった。

「何で、母さんは俺が子供の頃に困っている人がいたら自分から進んで手を差しのべなさいって言っていたじゃないか」


「それとこれとは話が別、自らの命を危険に去らしてまで化け物を助ける必要はないわ」

「化け物って半分人間の少女だよ」

「例え普通の人間でも同じよ。命をかける事をしてまで、他人を助ける様なことをしなさい。なんて言う親がいるわけないじゃない」


 感情の籠った言葉に拓狼の思考は一瞬止まった。

「お願い、あなた子供の頃に1回死にかけているのよ。そして3日前にも同じことがあって、貴方が死ぬのが嫌なの。もうこれ以上私を心配させないで」

 母の悲しい表情に拓狼は何も言い返すことが出来なかった。


 これ以上いろいろ言い続けたら母を泣かせてしまう。そう思ったからだ。

 父が無くなって半年たったとはいえ大変な時期で息子まで死んだらって、考えたら母がいたたまれなくなってしまった。



 面会が終わってから2時間後。

 夜10時に拓狼は制服に着替えて窓から病室を抜け出していた。

 病室は2階だったが、配水管伝(づた)いに下へ降りて茂みにダイブする。


 そして周りを確認して誰もいないこと警戒する。

 もしこんなことをしていたら部屋に連れ戻されるだろう。


 いや、今は制服を着ているから不審者の方に見間違われるかもしれない。

 でも堂々と窓口を通って出ようとすれば夜間勤務の人に止められるのは目に見えているからこの手しかない。


 そのまま走って拓狼は雪子を助けに行こうとしたときだった。

「やっぱり、貴方って小さい頃から変わらないわね。泣いている女の子を見たら自分の事を気にせず助けに行こうとするのは昔からの悪い癖」


 目の前に母の姿があった。

「何で俺がこんなことをするって分かったんだ?」

「それは貴方の母親ですもの、16年もの間ずっと見てきた子供。あなたの行動くらい認知できないんじゃ親として失格よ」


 まずいバレたから止められてしまう。

そう思った拓狼。さっきの言葉を聞いて、助けに行ってきなさい。なんて母の口から言うとは考えられなかった。


「どうしてもその少女の事を助けに行きたいの」

拓狼は自分の意思を全て感情の籠った言葉にして返した。

「母さん、心配かけて本当にごめん、だけど彼女は一ヶ月前までは自分が妖怪という事を知らない普通の女の子として生きてきたんだ」


 この説明は無駄かもしれない。

 だけどこの話をするべきだと瞬時に判断した。

 これは自分にとって絶対に必要なことだと思ったから。


「父親を目の前で殺されて、自分は命を狙われている。何も悪いことをしてないのに、しかも食や寝床もまともに取れない状況を送り続ける日々を、誰にも相談できないで。そんなのは辛すぎる」


 止めて戻るべきかもしれない。

 これは間違いなく母親を悲しませてしまうということは理解している。

 だけどここで戻ったらこの先後悔するだろう。


「母さんの気持ちは分かるよ。俺だって春香が命を懸けて誰かを守ろうとすれば必ず止める。命を捨てるようなことをするなって。だけどそれでも俺は彼女を助けたい」

 だから拓狼は精一杯頭を下げてお願いした。


「絶対に無事生きて帰ってくるからここは見送ってください。お願いします」

 拓狼のお願いに母はため息を吐いた後、涙を流しながら口を出した。


「いくら止めようとしても拓狼は傷ついた人を見捨てられるような子じゃないからね。できの悪い息子をもって母さんはがっかりよ」

「本当にごめんなさい」


「分かった。信じてあげる、絶対に生きて帰ってきなさい」

「ありがとう母さん」

 そう言って拓狼は走って向かおうとした。


「待ちなさい拓狼。行く前にこれを持っていきなさい」

 渡してきたの不気味な雰囲気を漂わせた黒い御札。


「母さん。この御札は」

「本当は墓場まで持っていこうと思ったけど仕方がないわね。これは呪われた御札よ」

 拓狼は母親から衝撃の事実を告げられた。

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