1部 6話 満月の夜

 2日後の人間界、満月の山の頂上。

 街並みは消灯していて、街灯だけが見える暗い夜に妖怪が集団でいた。

 日付が変わる数分前。


 妖怪達10体に、1人の半妖の少女の周りを囲っていた。

 その吊るされた少女は雪女の血を持つ増田雪子である。

 雪子は十字架にされて体を縛られているのだ。


「今宵の満月、日付が変わる深夜0時に彼女の死刑を行う」

 刻一刻と雪子の死の瞬間が近づいていた。

「ねぇ、死ぬ前に私のお母さんがあなた達に何をしたか教えてもらえるかしら」


 雪子の質問に山浪鬼が目の前まで歩いてきた。

「お前の母は、元々俺たちの仲間だった。だけど今から丁度18年前、あの女は捕虜していた人間達を全て逃がした」


「それだけじゃない。雪女は、惚れた男と共に、人間界にいるために俺たちの仲間を霊媒師に売ったんだ」

「人間界にいた仲間達の内の何体かは、帰らぬ存在となった」


「私の息子も、帰らぬ存在になってしまった。それは全て貴方の母親である雪女のせい」

 餌を逃がし、霊媒師に仲間を売った。

 だから雪子の母は恨まれていた。


「母はもういない。それで募った恨みを娘である全て私で張らそうというわけね」


「安心しろ。お前以外には手を出さない。無論あの時、近くにいて。お前を守ろうとしていた人間の少年にもな」

 それを聞いて雪子は安心した。


 自分のせいで無関係の人間を危険に去らす事が嫌だったから。

 でも、雪子の心情で死の恐怖が一気に襲いかかってきた。


「嫌だ、死にたくない。本当はまだここで死にたくない」

 そう思うのも当然だ。

 人生16年しか生きてないのだから、やりたいことはまだ沢山あるし、跡継ぎも残したい。


 それが出来てない、未練がある。

 しかも未練がなくても、真っ向から死の恐怖に真っ向から立ち向かえる人間はいない。


 生きることに追い詰められてない限り、自分から死のうなんて事はよほど生きることに追い詰められていない限り思わないのだから。

「何、すぐに終わるさ、この刀で痛みを感じる事がないまま、首を切り落とす」


 深夜0時になる数十秒前。

 鬼童丸が刀を振り上げて、近づこうとした。

 その時だ。雪子や鬼童丸達に聞き覚えのある少年の声が耳に響いてきた。


「空よ、天の理から外れし邪悪な存在に対して、雷の雨を降りたまえ。雨豪雷(あまごうらい)」

 雪子の目の前で雷の雨が振り、目の前の妖怪達を痺れさせた。


「どうなっているのこれ」

 戸惑う雪子、頭の処理が追い付かないまま、再び少年の声が耳に入る。


「雷よ、我の体に雇え。力を与えよ。我はその力を欲する、天地を切り裂く刃を我に与えたまへ雷光剱(らいこうけん)」


 雷の放った剣が拓狼の手に握られる。

 刀は雪子を縛り上げていた、ロープを切り落とし、拘束を解いた。

 その正体は雪子を妖怪から救おうとした拓狼だった。


「な、何でここに来たの」

 来てほしいと、願ったわけではない。

 なのに雪子を拓狼は、助けに来たのだ。


「何でなのよ。死にたいの貴方、こんな妖怪集団の中を助けに来て、本当に馬鹿じゃないの」

 泣きながら感情をぶつけるように話す雪子を見て拓狼は優しく微笑んだ。


「苦しい思いをしたんだろう。本当は死にたくない。だけど他の人を巻き込みたくない。そう思っているんだろ」


 拓狼は雪子を抱(だ)き抱(かか)え、ジャンプ1つで妖怪達から数メートル離れた。


「確かに、自分のせいで回りの人を危険に去らしたくないよな。だけど自ら死を選ぶのは間違っている。君が死んだところで本当に君の知り合いが守られる訳ではない。嘘かもしれない言葉を正直に信じてしまえば守れる人間も守れなくなる。そうなれば君は無駄死にすることになる」


 拓狼は雪子を地面に下ろす。

「辛かったら誰かを頼ればいい。生きるために必要なら他人を利用してもいいじゃないか」


「でも、それじゃあ私はただの悪女に」

「人間なんて己のために他人を傷つける生き物だ。世間では他人のために自分を傷つけて守るのは正義だと植え付けられてるけど、そんなのはただの虚構。本当の正義なんて己で決めるもの。だからその分、恩を貰えるときは貰えばいい。頼ればいい」


「それでいいの?」

「ただしその代わり、借りたものは返す。それは生きているなら当然のことだと思う。頼りにならないかもしれないけど、今ここにいる中で、君の仲間になれるのは俺だけだ。なら今は生きるために俺を利用すればいい。大丈夫。俺は簡単には死なないからな」


 拓狼が放った霊術の雨は降り止んで、雷の放出している剣は姿を消した。

 妖怪達は自由に動けるようになった。


「よくもやったな。クソガキ」

「生きて返すとは思うな」


 殺気がビリビリと伝わってくる。

「おい小僧。どうしてここに俺たちがいることが分かった」

「お前達の妖気を辿っただけだ」

 妖怪退治をしたことがないとはいえ、拓狼も妖怪退治を生業とする霊媒師の家庭の人間だ。


「一度あった事のある山浪鬼と鬼童丸の妖気を霊能力で探ってここまで来た」

「なるほど、だけどここに1人で来るなんて馬鹿だなお前」


 山浪鬼が拓狼に向けて、余裕の笑みで笑っている。

「人間のガキ。お前以前俺に体が動けなくなるほどボコボコにやられたじゃないか」


「そうよ。確かあのとき何も抵抗が出来ずに殴られていたわ」

 拓狼は3日前に初めて雪子とあったとき、山浪鬼の妖術で体が動けなくなりサンドバックになっていた。


「なのに何も対策をしないままで再び俺たちの前に現れるとは。また殴られに来たのか」

 雪子は拓狼が無抵抗で殴られるだけの所を間近で見ていたのだ。


 それに耐えきれなくなったから今こうして、この場にいるのだから。

「ねぇ、逃げましょ。今の私たちじゃどうしようもないわ」


 雪子の言葉を拓狼は振り返らず言葉を発した。

「逃げるって、何処にどうやって」

 妖怪に囲まれている状況で、武器を持っていない二人。


 とても逃げ切れる状況ではない。

「逃げられると思っているのか。滑稽だな」

「俺たちが易々と逃がすとでも思っているのか」

 緊迫な状況、拓狼は覚悟を決めたかのような表情をし、拳に力をいれた。


「とても逃げ切れないだろ。それにもし逃げられたとしても、問題の先腰でしかない。また明日も同じことの繰り返しだ。それじゃあこっちがいずれじり貧になるだけ」


「じゃあどうするのよ」

「ここでコイツら全員を倒すしかないだろう」

 妖怪達は馬鹿を見るかのように高笑いしている。

「倒すって馬鹿だな。人間がこの数の妖怪を相手に1人で。そんなの無理に決まっているだろ」


「頭おかしいだろコイツ。あ~あ。腹が痛い」

「山浪鬼1体を相手に死にかけた奴がよくいうな」

 拓狼を馬鹿にしている妖怪達の中、一体だけ浮かない顔をしているものがいた。


「お前らちょっとまて、この人間、変だぞ」

 そう発言したのはリーダー各である鬼童丸だ。

「可笑しい、何を馬鹿なことを。霊能力があるだけの、ただの人間を相手に怯えているのか」


 鬼童丸の言葉の意図を全く理解できてない妖怪達。

 だけど鬼童丸の違和感は怯えではなく普通に考えれば正しい事だ。


拓狼の怪我はかすり傷じゃない。様々な骨が折れて、呼吸困難の身動きが取れない状況だったからだ。

なのに今こうして、何事も無かったかのように動いている。


普通の人間が3日で治るような怪我では無い。


「どうやらそこの鬼童丸だけは気づいたようだな。だけど周りの妖怪達は馬鹿のようだな。こんな当たり前のことに気がつかないなんて」

「は、何を言いたい人間」

 ふっと、せせら笑いをし、拓狼は懐から何かを取り出した。

 それは真黒な紙に赤い文字で書かれている。見る限り不気味な雰囲気を漂わせたお札だった。


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