1章 5話 投牢

 妖怪達に妖魔界へ連れていかれた雪子。

 今は牢屋の中に入れられている。

 横10メートルと、縦8メートル、高さ3メートルでコンクリートの壁と鉄格子に囲まれた、何処にでもあるような牢屋だ。

 

『私は何で牢屋に連れていかれたの?』

 捕まってすぐに殺されると思っていた雪子。

 だけどまだ生かされている。

『こんな牢屋に入れて、すぐに私を殺せばいいじゃない。なのにどうして牢屋に入れる必要があるのかしら』


 何処の牢屋なのか分からない。

 あの後すぐに、気絶させられて気がついたらここに入れられていたのだ。

 目が覚めたとき、雪子は牢屋から脱走することを考えた。


 だけどそれは無理だった。

 何故なら、手足を縛られて身動きが取れないからだ。

 しかもそれだけじゃない。


「やっぱり出ない」

 雪子の妖術である氷が発動しない。

 この牢屋に妖術を封じる結界がしてあるのか、それとも縛られているロープが妖力を無効化する効力があるのか?


 全くわからない。

 でも、この状況では妖術を使えても現状を変える事は出来ない。

 つまりこの牢屋の中に入れられた時点で雪子の運命はただ死を待つだけだ。


 牢屋に1人、そして雪子は半妖。

 つまり人間の血を引いている雪子は妖怪達と違って、空腹で死ぬ可能性がある。


 妖怪は人間を食べる種族である。

 でも、妖怪は空腹でも死ぬことはない。

 つまり、人間を食べるのはただの自己満足の行動でしかないのだ。


「私を飢え死にをさせる事が狙いなのかしら」

 自ら手を下さずに、空腹で苦しむ姿を見るために牢屋に入れた。

 そう思った雪子。


 だけど、そんな雪子の考えを否定する事が、この後発生した。

 牢屋の前に山浪鬼が、姿を表した。

 手には皿のような物を持っている。


「腹が減ったか」

 そう言って持っていた皿を、牢屋の中に入れる山浪鬼。

 お皿の上には生の肉がのっていた。


「空腹だろう。食え」

 雪子は空腹だった。

 だけど、雪子はそのお皿にのった肉を食べようとはしなかった。


「いらないわ」

 首を背ける雪子。

「何故食わない。そうか。人間は生で肉を食べなかったな」


 山浪鬼は大声で輪入道を呼んだ。

「輪入道、来い」

「何だ。山浪鬼」  

 山浪鬼は牢屋の中にある皿を取り出す。

「悪いけどこの肉を焼いてくれ。こいつ半分は人間だから生で肉が食えないんだ」


「そうか。分かった」

 輪入道は山浪鬼の持っているお皿の上の肉を炙り始めた。

 時間的には代々1分くらいだろう。

 充分に火の通った肉を見て、再び雪子にお皿ごと牢屋の中に入れた。


「これでいいだろ」

「いらないわよ」

「全く意固地だなお前」

「違うわ」

 

 雪子が肉を食べないのはちゃんとした理由があった。

「その肉、なんのお肉よ」

 それが雪子の食べない理由だ。


 肉が見たことの無い形と色をしていて、炙ったとき嗅いだことのない匂いが漂ってきたのだ。

 雪子はその肉が食べてはいけない物だと本能的に感じた。


「なんの肉って、人間の肉に決まってるだろ。我々妖怪は人肉を好む種族なんだから」

 それを聞いて、やっぱりと思う雪子。

「食べるわけないでしょ。人肉なんて」


 人肉を食べるとクールー病になってしまう恐れがある。

 今まで人として生きてきた雪子にとって人間の肉食べるなんて冗談じゃない行為だ。


 嫌に決まっている。

「何だよ。せっかくご馳走を持ってきてやったのにしょうがないやつだな」


 人肉と聞いたとき、雪子はある不安が混み上がってきた。

「その肉って、あの男の子の?」

「安心しろ。そのガキは生きているさ。でも今ごろは虫の息で、もう死んでいるかもしれないけどな」

 

 体の骨をいくつも折ったのだ。

 普通なら死んでるであろう背骨やその他いろいろと至るところを。

 もし生きていたとしても、介護無しでは生活できないほどに酷い怪我をおったのだ。


「お前の望み通り生かしておいてやったが、あのガキ的には殺してもらっていた方が楽だったと思っているだろうな」

 高らかに笑う山浪鬼。


「だからこの肉はお前の知り合いではなく、人間界の公園という所で遊んでいた、小さい少年の肉だ。お前の関係のない命なのだから、食うに抵抗はないだろう」

 それを聞いた雪子は怒りを抱いている。

「ふざけるな。人間の命をなんだと思っているんだ。私は妖怪じゃないから人なんて食わないわ」


「何を言う。お前だって妖怪の血を引いているだろ」

「その辺にしておけ、食わないやつに無理して食べさせるもんじゃない」

 雪子の様子に山浪鬼は、やれやれ。といった仕草をとった。

「鬼童丸がこの女に食い物を与えろと命令したんだろうが」


「その肉はお前が食え。この女には俺が別のものを与える」

「何だよそれ。全く、肉は焼いてあるものじゃなく生で食べるのが美味しいのに」


 山浪鬼は、お皿の上にあった肉を丸のみした。

「何の用よ」

「話をする前に飯を食え」

 鬼童丸は雪子の目の前に、別の焼いてある肉を差し出した。


「心配はいらん。それはただの牛肉だ」

 匂いに馴染みがある。そして空腹が耐えきれず肉にかぶり付く雪子。

「まるで犬みたいに食うなお前」

 

 手足が縛られて身動きが取れないのだから仕方がないだろう。

「この女も、鬼童丸も不思議だな。豚や牛の肉を好むなんて、臭くて食えた肉じゃないだろあれ」


「まあ、俺もこの女も好みがあると言うことだ」

 出された肉を本能的に食べた雪子。

「家畜用の餌を好むなんてお前達変わってるな」

 完食すると理性を取り戻し、目の前の化け物達に質問する。


「何で私に食べ物を寄越したのよ」

 飢えて殺すのが目的じゃなかったら、何が狙いなのか謎だった。

「それじゃあ、話をしようか。このままお前を殺そうと思ったが、たった一ヶ月で妖力を自分の力にして、お前は氷の力を自在に操れるようになった。それも半妖とは思えない凄い力がある」


「それで、何なのよ」

「だから、取引をしようと思ってな。このまま殺されるより俺たちの仲間にならないか」

「それって私に人間を殺せと」


「そういうことだ。死ぬよりもマシだろ」

 鬼童丸の言葉を聞いた山浪鬼は戸惑っていた。

「おい、どういうことだそれ」

「こいつを仲間にすれば楽に人間界を侵略出きるんだ。何せ人間というのは寒さに弱い生き物だからな」


「だけどそれで、裏切り者の娘を仲間にするのは違うだろ」

「おいおい、コイツを仲間にすればお前にも良いことがあるんだぞ。何故なら捕えた人間達を肉にしてしまえばもう食料が逃げる心配はない。コイツの力で肉が腐りを遅くするんだから」


 雪子がいれば、氷の力で捕えた人間を全て殺す事が出きる。そしてその方が腐食も遅くて保存がいいのだ。

「確かにコイツを仲間にすれば利点もあるな」


「どうする。俺たちの仲間になるんだったら生かしてやってもいいが」

 ここで頷けば雪子は死なずに済む。


「嫌よ。貴方達の仲間になって人間を殺すのを協力するなんて。だったら死んだ方がマシよ」

 だけど、雪子はその話を拒んだ。

「そうか。だったら死ぬしかないが」

「元々殺すつもりだったんでしょ。なら殺しなさいよ」


 強気で答える雪子の信念が、曲がることはない。

 そう感じた鬼童丸は呆れた様子で背中を向けた。


「2日後の満月の夜に処刑する。特別に生まれ育った人間界で行ってやろう」

 それは鬼童丸の慈悲だろう。

 2日後、雪子の処刑が行われることになる。

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