1部 4話 悲鳴
妖怪たちから逃走した雪子達。
隠れるために近くの廃墟工場に忍び込んだ。
「とりあえずここでしばらく身を潜めよう」
拓狼の家だと夜遅くに少女を連れ込んだとかで母と妹に何言われるか不安だった。
そして、追手が来たとき家を壊される可能性もある。
廃工場なら、色々と危険な化学薬品があるため、新たに巻くために対策の取れやすい場所と考えた。
妖怪は日が出ているときは活動しない、朝まで逃げ切れば、助けを求めるなど新たな対策をたてられる。
「私に付き合わせてしまってごめんなさい」
「気にするな。それより何で追われてしまったのか、事情を教えてもらいたい」
拓狼の質問に雪子は首を横に降った。
「分からない」
様子を見て本当に分からなそうだった。
「隠している訳では無さそうだな。まあ自分の正体が妖怪の雪女であれば、まあ隠したくなるのも当然か」
「え、なんでそう思ったの?」
「むしろ、雪女じゃなければ何なんだよ」
追っ手が妖怪であり、追われている少女は氷を操ることができる。
そう考えれば、雪女以外にあり得ないだろう。
「それで雪女何だろ」
「そうよ。でもひとつだけ訂正しておくわ。私は純粋な雪女じゃない。半分は人間よ」
雪子は半分妖怪の血を引く少女なのだ。
それが関係していると拓狼は考えた。
「なるほど。半妖か、それで今までずっと逃亡生活をしていたのか?」
「そうよ。でも妖怪は昼間の行動ができないから四六時中じゃなく夜だけ」
「じゃあ、昼に睡眠をとったりしているわけか」
「1か月前までは、父がいて普通の家庭だったわ。思春期だったからお父さんには毎日のように反発して困らせていたけど、それなのに突き放さず毎日優しくしてくれて、だけど」
雪子の語り、これは父親がもうこの世にいないということを拓狼は悟った。
「そうか、俺も半年前に親父を事故で無くして、君の辛さは何となく分かる」
拓狼の方は、まだ片親は生きているけど、父親を失った。だけでも生活に出る影響はかなり大きかった。
雪子は母親もいないためこの1ヶ月の間そうとう苦しかったのだ。
普通の生活もままならない上に命を狙われているのだから。
「1ヶ月間逃げるのに食事とかはどうしていたんだ。高校生が持てる金には限度があると思うが」
「逃げるのに必死で、河川敷の橋下とか、工場の土管に隠れながら生活をしていたわ。お金を持っていなかったからコンビニとかの廃棄弁当や飲食店の食べ残し、それがない時は畑の作物や道端の雑草を食べて生活していたわ」
それじゃあ長くは持たない。
このままだと雪子はその内植えて死ぬだろう。
それに、妖怪達に追われているから、明日の命だって危ういだろう。
「失って初めて父親のありがたみを感じたわ」
「そういえば、君は妖怪の血を引いているんだよな。他の妖怪たちは昼間活動が出来ないと言っていたが君は出来るのか?」
「私は半妖だから、普通の妖怪よりも昼間の活動に体の負担がかからないらしいのよ。太陽の光を浴びても普通に動けるわ」
それは、半妖と普通の妖怪の違いである。
夜を好む妖怪は全てではないが、昼間に動いて死ぬ種族も中にはいる。
「私、やっぱり1人で逃げるわ。何時までもあなたの手を煩わせる訳にもいかないし」
少女は隠れることをやめて外に出た。
「おい待てよ。1人でこのまま行動したら必ず捕まるぞ。仲間を増やしたりして対策を練った方が」
「仲間ってどうやって集めるの?」
「それは昼間に助けてくれる人を探すとか」
「妖怪が妖怪に襲われているので誰か手を貸してください。そう言って助けようと思う人がいるのかしら」
雪子の言い方は、冷徹な雰囲気を醸し出していた。
「言い方が辛辣だったわね。ごめんなさい。助けようとしてくれているのは、正直感謝しているわ。だけど普通の人間に説明しようとするならどうしてもこうなってしまうのよ。妖怪なんて存在そのものを否定している人も多いしね」
拓狼は確かにその通りだと思う。妖怪なんて世界の約8割近くの人間が空想上の産物としてしか認識してない。
警察に、妖怪に襲われているので匿ってください。と言ったら麻薬を投与していると思われて捕まる可能性だってあるかもしれないのだから。
「私だって数か月前までは妖怪の存在を否定していた立場だったんだから、そう簡単に信じないと思うわ」
「だけど信じる人間も少なからずいる。俺のように霊気を扱う人間とか」
「相手は妖怪で私も妖怪。半妖でも端から見たら化け物同士の争いよ。助けようとしない。仮に奴らを退治する人間が現れても、その場合は私も含めて退治するに違いない。半妖とはいえ奴らとグルになっている可能性もあると考えるから」
雪子の言葉を聞いて、改めて考え直させられた拓郎。
考えは甘かったようだ。
確かに普通の人間は、まずその思考に頭が働くだろう。
「これ以上付き合わせたら、あなたまで命を狙われるわよ。私は半妖だから例え手を足を切られても氷があれば戻るけど、あなたはそうじゃない。1度腕を切られたら元には戻らないんだから」
「その通りだ。お前はその女に惚れたのか知らんが、妖怪同士の揉め事に、人間が口を挟むんじゃない」
その声は突然耳に聞こえてきた。
聞き覚えがあるさっき聞いた気持ち悪い声。
「な、なんだこれは」
拓郎が背にもたれていた壁。
その壁に下半身を吸い込まれてしまったのだ。
「それは山浪鬼の能力、壁や床を溶かして人間を吸い込ませて動けなくする技」
自由が効かなくなり、拘束を解こうとしたが、体はどこも動かすことが出来ない。
「こんなの妖怪なら簡単に対処ができる。あの女だって氷になって自分の体を切り落とし、抜け出せるがお前は違う。人間だからな」
「何をする」
「こうでもしないとまた逃げられるからな」
妖怪だって馬鹿じゃない。
賢い奴もいる。
これでは身動き1つ取れやしない、拓狼はさせるがままになってしまう。
「今助けるわ」
そういって雪子は拓狼に近づいてこようとしたが屋根上から現れた鬼童丸によって、手を背中の後ろで拘束されてしまった。
「は、離しなさいよ」
「やれやれ、やっとこれで終わる。たく、こんなに手間がかかるんだったら最初から俺が動けばよかったじゃねぇか」
拘束された雪子は、妖術で氷を出そうとしたが何度も途中で途切れる。
「な、何で」
「無理もない、町中に張る氷を2回も連続で発生させたんだからな。妖力が尽きるのも、当然だろう」
「く、こんなことになるなんて」
もう完全に逃げることができない。
「さて、お前には輪入道のかりを返させてもらうか。あいつはお前のせいで大ケガを負ったんだからな」
拓狼はそのまま山浪鬼に殴られた。
「どうだ。助けようとした女の足手まといになる気分は。お前がいなければこいつはもうちょっと長く逃亡生活をする事ができただろう。まあそれも風前の灯火だけどな」
拳は頭や顔、体全体に拳が当たり全身に激痛が走る。
「おいおい、輪入道の怪我なんて1日で治るだろうが、あんなに殴らなくてもいいのによっぽど鬱憤が貯まっているな」
もう何発殴られただろうか、拓狼はたんこぶで視界が悪くなり目の前の光景をしっかり捕えられなくなる。
「ついでに骨も折っとくか」
山浪鬼は拓狼の腕を掴み、間接の逆に捻る。
「ギャアァア」
腕の骨が折れるような音がした。
「止めて、もう止めて」
雪子の弱々しい声が微かに拓狼の耳に聞こえてきた。
「痛いか。苦しいか、なぁ」
気晴らしでもするように山浪鬼は拓狼の身体の有りとあらゆる骨を折っている。
「止めて。お願い」
「ギャアハハハ。気分がいい」
死なない程度に骨を折ると再び全身を連打、拳が拓狼の体は限界に来ていた。
「お願い、もう止めてよ」
「もっと苦しめ。生きることが嫌になるほどに」
「止めてってば」
楽しそうな山浪鬼の声と雪子の泣きそうな声が交互に響いてくる。
拓狼は激しい吐き気を催し、口から何かを吐き出した。
それは金属のような味がし、出たものは真っ赤な液体。
吐血をしたのだ。
「もう止めてよ。死んじゃう。もう逃げないから。だから止めて。これ以上その人を傷つけるのは止めて」
微かな視界にだが、泣き崩れる雪子の姿ははっきりと視界に捉えた拓狼。
「その人は関係ない。私を助けようとしただけなのに。こんなの酷すぎる」
「おい、やりすぎだ。輪入道は殺されたわけじゃないんだしこの辺にしておけ。俺たちの目的は女を捉えることでこの人間を殺すことじゃないんだからな」
「確かに死んではないが、コイツのせいで死にかけているんだぞ」
「死んでないならそれでいい。妖怪なんだから時間が経てば自然と治る。だからその少年にもう関わるな」
「ち、そこまで言うなら分かったよ。コイツはこの程度で解放してやろう」
地べたに転がり拘束が解かれたが、体を動かせないのは一緒だった。
手足を動かすどころか呼吸をするだけで痛みが襲う。
「い・・ちゃあ・・・ダメ・・だ。殺・・される・・・ぞ」
途切れ途切れだが必死に答えた拓狼の言葉に、彼女は振り返り泣きながら、悲しそうに言葉を発した。
「ごめんなさい。私のせいで、あなたを辛い目にあわせて。さようなら」
それが拓狼にとって悔しく、そして情けなく感じた。
それから数秒も経たずに拓狼の気は失った。
雪子は逃げることを諦めて、妖怪達に拘束されながら妖魔界に連れていかれるのだった。
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