1部 3話 駆け引き、逃走

「鬼童丸の慘哲(ざんてつ)」

「でも、こいつは今までこの霊媒師と一緒にいたわけじゃないだろ。小娘1人捕まえるためにいつまで時間かけているんだ」


「悪い。逃げ回っていて、簡単には捕まえられなかったんだ。」


 事情を知らない拓狼でもこの光景を見てればわかる。この慘哲という男の方が、立場的に上の妖怪だということが。

そしてオーラのような何かが見えて、強者としての威厳を醸し出していた。


「それで、河童の五琢(ごたく)はどうした」

「奴は三日前に若い女の霊媒師に殺された」

「じゃあ今は山浪鬼の朱犖(しゅらく)のお前しかいないのか」


 山浪鬼、それは伝承にのっていない、未知の妖怪でゴブリンの容姿をした化け物がその名前だった。


 身長1メートル50センチの小柄ながら人間の倍の力をもち、土塊(つちくれ)を自在に操る妖怪だ。


「このまま人間界に居座り続けるのは不味いぞ、霊媒師にいつ出くわすかわからない。早くこの女を殺して妖魔界に帰らないと、いずれこっちの命が刈られてしまう」


「たかが人間に怯えるな。首を切り落としてしまえば簡単に死ぬだろうが、お前らに任せた俺が馬鹿だった」

 そういって鬼童丸の慘哲は2人に刀を抜いて近づいてくる。


「俺がやれば一瞬で終わる」

「簡単には殺されないわ」

 雪子は手を前に振りかざし、縦5メートル、横幅一杯の氷の壁を生成した。

 その盾を壊そうと刀を降った鬼童丸。


 剣先は激しい金属音を響かせて氷を少しだけ欠けさせた。


「なるほど、思った以上に固い氷だ。これなら1ヶ月間もの間、捕まえられなかったのも納得がいく。この私の頑丈さが武器な刀でも、無理して切り裂こうとすれば間違いなく折れるだろう」


 氷の盾に気を取られている鬼童丸。

 先ほどは妖力の使いすぎを避けるために小さな壁を作ったのがいけなかった。

 氷の壁を避けて攻撃を受けてしまったが、今度は横道いっぱいに広がる壁。

 

 それならば追撃も簡単には出来ない。

 その隙をつくかのように雪子は拓狼の手を取り逆方向へと走り出そうとしていた。


「これで少しなら時間が稼げるわ。今のうちに逃げましょう」

「甘いな。俺だって馬鹿じゃない。いつも同じ手が通じる訳がないだろ」

 時間稼ぎになると思った氷が溶けてあっという間に壁がなくなった。


「う、嘘でしょ」

 氷を溶かしている正体は、妖怪に無知な雪子や拓狼でも知っている存在だ。

 オッサンの顔が中心に着いている、宙に浮いた車輪の妖怪の輪入道。


 輪入道の車輪には高熱の炎を宿している。

 そして季節は夏、故に氷は数十秒足らずで溶けてしまった。

 妖怪たちを塞ぐ、氷は全て溶けて大きな水溜まりと化していた。


「これじゃあもう逃げ切れない」

 氷を溶かしている間に逃げる手もあったが、すぐに追い付かれるだろう。

 雪子の様子が疲労しきっている。


 彼女は氷の壁を作るのに、相当の力が必要なのだから。

 そして輪入道も氷を溶かすために力を使っている様子であった。

「観念してこっちに来てもらうか」


 もう諦めるしかない、そう思った雪子。

 でも、拓狼は目の前の状況に、1つ不思議に思ったことがあった。


それは妖怪たちの足元にある氷が解けて、残った水だ。

 氷が溶けるのは一瞬のように早かったが、水はまだ蒸発しきっていない。


 雪子は、己の生成した氷を一瞬で溶かされてしまったからこそ、目の前の状況に絶望していた。


 だけどこの状況を1つだけ打破できるかもしれない方法を拓狼は思い付いたのだ。


「なあ、もう一回だけ氷を作ってくれないか、出来れば壁ではなく地面に分厚く」

「そんなことをしても意味ないわよ。やつら一瞬で溶かしちゃうんだから。しかも壁ではなく地面にって何を考えて」


「いや、ここは俺を信じてくれ、一か八かの賭けだけど助かる可能性は、まだあるかもしれない」

「そこまで言うなら」

 どうせこのまま何もしなければ、ただ無抵抗に殺されるだけだ。


 それなら彼の言うことを信じてみよう。

 そう思った雪子は、再び氷を拓狼の要望した通りに氷を生成した。

 

「今度は路面を凍らせて滑らせようって考えか、浅はかで意味の無いことを」

「さっき氷を一瞬で溶かしたところを見てなかったのか。馬鹿な人間だ」


 代々縦10メートル横壁一杯で幅30センチぐらいの氷を再び溶かしにかかる輪入道。

 ここで拓狼はその様子を見て心の中で笑った。

(よし、やっぱり俺たちを見くびっているからこいつら罠にかかった)


 何故ならこの賭けは氷を溶かそうとせずに、上を普通に歩いて来れば、全く意味がなかったのだから。

 輪入道も雪女と同様に氷を溶かすために力を使う。そのときは、自由に動くことが出来ない、と考えに至ったからだ。


 氷が半分くらい溶けたところで、拓狼は勝負に出るのだった。


「天にもたらし災害よ。我の前の大地に大いなる雷の道を作りたまへ」

 詠唱を唱え初めた拓狼を見て、自分達が罠にかかった事にようやく気付いた妖怪達。


「しまった。狙いは氷の上を歩かせることじゃなかったんだ」

 察した時には、もう三体とも水溜まりの上にいて、すぐに逃げ出す事は出来ない。


「気付いたか、だがもう遅い」


 詠唱を唱え終わり、目の前の妖怪達目掛けて呪文を言い放った。

「落雷」


 拓狼の霊術は溶かした路面の真上にいる輪入道に向かって落ちてきた。

 電気は輪入道から水に流れ込み、端にいる2匹の妖怪にも、強力な電流が流れ込んできた。


「「「ギャァアァア」」」

 100万ボルトの電流が全身に流れてくれば、妖怪だろうと数分の間は動けなくなる。

「す、凄い」

 感心し、その場に固まってしまう雪子。

 

 だけどこのまま移動しなければ、いずれまた追いかけてくる。

 電気を浴びて動けない、その逃げるチャンスを無駄にする訳にはいかない。

 拓狼はその隙をついて、雪子の手を取った。


「何、ボケッとしてるんだ。今の内に逃げるぞ」

「え、あ。うん」

 なんとかうまく行った。


 一か八かの賭けだったここまでうまく行くとは思ってもいなかった。


 拓狼の手を引っ張られて、精一杯逃げる2人。妖怪たちから見えなくなるところまで、必死に走るのだった。

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