1部 2話 化け物

 バイト終わりの帰り道。

拓郎は、いつもの通りクタクタとなり、疲れた様子で歩いていた。

「疲れた。帰って寝たい」


 高校生のバイトは10時までと、労働基準法により定められているため、平日の働く時間は土日の半分近く短いが、それでもたった3時間だけでも忙しいと疲れるものだ。


帰れば家族が料理を作ってくれている。とはいえど、食べずに寝たいと思う拓狼。

「あ、宿題がまだあるんだった」


普段はバイト前に終わらせているが、この日はバイト先に着くとすぐに仕事をしているのだから、課題がまだ残っていた。


「だ・・か、た・けて」

女性の声が微かに聞こえてきた。

それはとても弱々しく今にも消えてしまいそうな様子のようだ。


ただの聞き間違いかと思ったが、拓狼は念の為、声のする方へ向かって足を動かした。

商店街の路地裏、そこにうつ伏せで行き倒れになった少女の姿があった。


白い髪が腰の下まであるロングヘアーが、さらに不気味さを醸し出している。

 彼女の身に纏う洋服に血痕が至るところについている。


「なんだこれ」

 慌てて駆け寄る拓狼、仰向けに変えて彼女を見ると身体中ボロボロで所々に、汚れも目立っていた。


 至るところが擦り傷だらけであり、血痕だけでなく泥汚れも所々に付いていて、変な悪臭が鼻を挿した。


「た、助けて」

 今回は助けてと拓狼の耳にしっかり入った。

「何があったんだ?」


彼女に駆けつけた時、拓狼に頭痛が走る。

それが何なのか分からなかったが、頭痛はすぐに収まった。


 拓狼に気付いた様子の彼女は、体を身震いさせて脅えていた。

「いや、触らないで。化け物」

「おい待て、落ち着けって」


「落ち着けって何よ、化け物に囲まれて落ち付けるわけないじゃない、って、人間。人間なの?」

 怯えた仕草で聞いてくる質問は訳の分からないものだった。


「なんだその質問は、俺が宇宙人か何かに見えるのかよ」

 やれやれと呆れた様子で答える拓狼。

 それを見て彼女は勢いよく抱きついた。


「おい。なんだよいきなり」

 至近距離で悪臭が漂うが、目の前にいるのは女の子だ。

 臭いと言いたくなる拓狼は必死に我慢して耐えていると、彼女は全身を震わせながら口を動かした。


「お願い、助けて。私追われて、命を狙われているの」

「え、どういうこと?」

 話の主旨が分からないからこそ戸惑う拓狼。


 当然だろう。いきなり命を狙われているなんて言われて、そうか分かった。何てすぐに順応出きる人間はいない。

「何で追われているんだ」


「私、異能力者なの」

 そう言って彼女は拓狼のいる反対の手を上げた。

その正面で、驚きの光景を見せるのだ。


「え、路面が凍結している」

 住宅の窓には霜が発生していて、路面はコンクリートも氷が微かに張っていて凍結していることは見てわかる。


 そして彼女の手から夏の夜とは思えないほどの冷気を感じるのだ。


「これで信じてくれるかしら、テレビ見る暇は、なかったけど、多分ここ最近のニュースで夏場にあり得ない異常事態の内容があげられているんじゃないのかしら、あれ全て私の仕業なの」

 

 毎日起こっている異常事態の原因は彼女の不思議な力だったのだ。

「君は一体?」

「私は増田雪子」

これが雪子と拓狼の初めての会話だった。


「私は異能力があって、辺りを冷やしたり、氷を生成させる力があるの」

 そう言って雪子は拓狼の前で氷を生成させた。

「この氷は私の意思で作ったもの、小さいものなら多少質量を変えることも出来るわ。普通の氷より重くしたり軽くすることがね。そしてこの氷は普通の氷と違って溶けにくい」


 雪子は氷を握りつぶした。

「それで何で追われているんだ?」

「詳しい事情は、悪いけど言えない」

「どういうことだそれ」

 助けを求めているのに自分の事情を話さない雪子に拓狼は、少し怒っている。


「普通は何が起きたか話すべきじゃないのか」

「ごめんなさい。恐らく話しても信じてもらえないと思うから」

 その様子に再びイラつく拓狼だったが、それ以上は、聞かないことにした。


 人には1つや2つ、他人に話せないことくらい誰にだってあるのだから。

 しかも初対面の相手、そうなると隠し事を打ち明ける方が難しい事だってある。


「人間に助けを求めるなんて、どうしようもないなお前」

 突然、誰かの言葉が左方から聞こえてきた。

 まるで幼い少年のような声だが、感情がこもっておらず、それが逆におぞましく感じた。


「人間を仲間に加えたところで俺たちに対抗出来るわけないのに」

 声の方向に顔を向けると、この世の者とは思えない気持ち悪い外見をした、化け物がいた。

「なんだコイツは」


 全身が真っ黒でロールプレイングゲームにで出てくる茶色いゴブリンのような容姿をしている。

「人間よ。特別に話してやろう。この女は俺たち妖怪から逃げているんだ」


徐々に近づく、拓狼にとっての未確認の生物体でる化け物。

拓狼は恐怖で雪子を抱えながら、その場に立ち上がり、1歩後ずさる。

「鬼ごっこはもうおしまいか。つまらないな」


 その化け物を視界に入れた拓狼は身震いが起こり止まらなくなった。

 こんな気持ち悪くて怖い生物を始めてみたのだから当然だろう。


 化け物は拓狼に対しては眼中にない様子。

 拓狼はここで2つの思考が激突した。


 1つめはこの場で狙われているのはこの少女であり、関係ない自分は背を向けて、一目散に逃げるという考え。


 もう1つは少女を守るために自分の命を懸けて守りに出るか。

 

 後者は愚の骨頂だ。

 何故なら、助けたところで見返りがあるとは思えないし、己の身を捨てたところで少女が助かるとは限らない。


 あっという間に殺されたら、すぐに雪子へ殺意が向くだろう。

そうなれば、自分は無駄死にをすることになる。

 だけと拓狼は見捨てる選択をしなかった。


雪子を下ろすと、まるで彼女を守るように前に出て庇うような仕草を取ったのだ。


「馬鹿かコイツは。普通の人間が妖怪に敵うわけないのに」

 妖怪は簡単には死なない、助けようとしているのは己の存在を明かさない怪しい少女。


 助ける道理はないだろう。

 拓狼は人間、まともに戦う術のない人が妖怪と対当すれば間違いなく、背を向けて逃げるに決まっている。

 生き物は自分の命を真っ先に考えるのが、生命活動として必要な本能的な事なのだから。


 だけど今、初対面の雪子を命を懸けて助けようとしている。

 普通に考えれば誰もが馬鹿だと思われる行動かもしれない。

「ダメよ。私から助けを求めたけどね、普通の人間が妖怪に勝てるわけないわ」


 雪子は、誰かの助けの手を借りたい、だけど自分のせいで無関係の人間を殺してしまうことを恐れている。


そんな考えである。

 無理もない、自分のせいで人の命を奪ってしまう事なんてしたくないはずだ。

拓狼だって同じ考え方の人間だ


「私は無関係なあなたを殺してしまうような事をしたくない。だから逃げて」

 体が生まれたての小鹿のように震えてしまいそうになるが、それを耐えて虚勢を張りながら言葉を投げた。


「確かに普通の人間なら、何も出来ないだろう。普通の人間ならな。だけど」

 ここからはぶっつけ本番だった。

拓狼は普通の人間とは少しだけ違う、戦う術がない訳では無い。


 通学用の鞄の中から何枚かの紙を取り出した。

「天よ、我の前の邪悪なる化身に怒りの雷鳴を降らせよ。投雷(とうらい)」


 持っている紙は御札だった。

それは、長い歴史を懸けて作り上げてた術式が書いてある霊札。

 拓郎の先祖は妖怪を退治を生業として生涯を尽くした霊術使いの家庭の内の1つである。


「な、何よそれ」

「霊術、霊媒師かこいつ」

 雪子も目の前の妖怪も驚いていた。


 それも当然だ。霊媒師なんてなかなかいない、数の少ない職業なのだから。

拓狼の霊術は雷を宿し、妖怪の真ん前の地面に落雷した。


「ち、外したか」

 妖怪退治を1度もしたことがないから、攻撃を当てられなかった。

 子供の頃に万が一のため母から教えてもらった術で、練習の時は狙った的に絶対当たっていたのだが実際に使うのは難しい事である。


「霊媒師と遭遇するとは、全くめんどくさい事になったな」

 化け物の後ろから別の声が聞こえてきた。

 その声の主は一見すると人間のような容姿をしていた。

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