1部 1話 少年
化け物から、必死に逃げる毎日を送る雪子。
逃げているうちに雪女の能力である、氷を生成する力が己の意思で発生と操作が可能になり、その力で何度も追手を巻くことが出来た。
追っ手が来れば氷の壁をつくって逃げる。
そんなことを繰り返しているうちに、気が付けば1ヶ月はたった頃だろうか。
町中にある鏡、そこに写る自分の姿は変わり果てていた。
着ている服はボロボロになり、身体中が泥や垢だらけで、みすぼらしい姿。
肌も瞳も、髪の毛でさえ全て真っ白になっている。
まるで認知している自分が消えて、別の人間がそこにいるかのような、そんな錯覚を覚えるほどに酷かった。
「お腹が減った、お風呂に入りたい」
毎日まともな食事にありつけないし、お風呂なんて入ることが出来ない。
たまにはゆっくり過ごし、身を洗うお風呂に入って、お腹いっぱいご飯を、特にステーキを食べたいと思うこの頃である。
だけど今は妖怪達に命を狙われる日々、そんな悠長な事はしていられない。
昼間は周りの人間に見当たらないように隠れて、睡眠を取り、夜になったら追手から逃げるために居場所を離れる。
1ヶ所に留まると、妖気がその場に残ってしまうため、見つかってしまうからだ。
食べ物は、畑によるか、コンビニとかのゴミ箱をあさって、食べられるものがあれば、誰も見ていないのを確認した後に、盗み食いをするかその辺に生えている食べられそうな雑草を口に入れるかだ。
盗み食いをする事は悪いことだと、知ってはいるが雪子も半分は人間だ。
死の危機に貧したとき、正義感で生きていけるほど強くないのだ。お腹が減ったら畑の人に申し訳ないと思いながら野菜を食べる。
とても華の女子高生が送る日々とは思えないほどに過酷な毎日だった。
金がないのだから当然風呂屋なんて入れる余裕なんてない。
身をきれいにしようと、たまにきれいな川で、誰もいないことを確認した後に、全裸になり体と身に付けている服を洗い流す程度。
だけど川の水は苔(こけ)や魚に付着している滑りも一緒に流れてくるため、家に流れて来るような、完全な浄水とはいえない。
それでも無いよりもはマシだった。
体を拭くものは、その辺の家に干してあるバスタオルを拝借して体に巻き付け、服が乾いたら借りた家に返している。
今の雪子にお金を稼ぐ暇なんてない。
ただただ、今を生き残るためには必死な事なのだから。
このまま自分は殺されるしかない、そう思いながら、いつも通り移動し、川沿いを歩いていたとき、雪子と同い年の少年少女が、橋の上を歩いていた。
それを見た雪子は、自分のこの姿を見られるのが恥ずかしくなり、橋下の周りに、氷の壁を作るのだった。
夏休みが終わって1週間たった9月の初め、彼らは学校へ向かう途中なのだろう。
学生服を来て歩いている。
それを見た雪子は夏休みが終わったことを実感したのだった。
少年の名は青龍寺拓狼(しょうりゅうじたくろう)、隣にいる同い年の女の子の田中真凜(たなかまり)と一緒に学校へ登校する途中だった。
「最近、日本の南中部中心で謎の異常事態が発生しているって知ってる」
「知ってるよ、毎日のニュースで話題になっているからな」
話題に上がっている異常事態は、夏真っ只中で熱い時期が続いているのに、町中で凍りついた場所が発生している。
しかも冬でも雪原地域じゃないこの土地でだ。
妖怪の事を知らない高校生はこの出来事は異常でしかないだろう。
この異常事態の始まりは、1ヶ月前の夏休み前日まで遡る。
隣県の2階建てのアパートの最上階の一室で事件が起こり、日本中の話題となった。
事件が起きたマンションの真下の住人が、真上の住人の水漏れが激しい、天井の至るところから滝のように水漏れがしている。
その中に、まるで血の入り交じったような水も垂れているから見てほしい、という事だ。
ただの水漏れなら、上の住人にクレームを入れるだけだっただろうが、血という言葉に、急遽マンションの大家と警察が駆けつけて状況の確認を行った。
それを把握した上で、玄関を空けると夏の熱い時期なのに、部屋は真冬のような冷気が吹いたのだ。
室内に入ると部屋全体が濡れていて、凍りついた家具がいくつもあり、地面には全身バラバラになった男の死体が転がっていた。
これが事件の始まりである。
そして夏休みの間、道路が凍結。それにより車がスリップ事故が起こったり、公園の凍りついた遊具に触った子供が、凍傷するなどなど。
こんなニュースが1ヶ月の間毎日報道されているのだ。
「昨日夜は川が凍結していて、川魚が200匹ほど凍死したらしいわね」
毎日起こる異常事態は夜に起こっていて、ネットで地球は突然寒冷化した、とか宇宙人が地球の生命体を凍らせて滅亡させようとしている。など色々なデマが流れている。
「こんな夏で氷の発生って怪しいよな。何か人間じゃ無いものが絡んでいるような気がするが、あれ」
すると二人は橋の下のある異変に気付く。
「おい、あそこ凍ってるぞ」
「あ、本当ね。ということはこの近くにこの事件の根元がいるかもしれない」
真凜が話している途中だったが、拓狼はある事に気づいたかのように橋の下へ降りた。
「拓狼、どうしたの」
「いや、9月と言ってもまだ暑いじゃん。教室の中はエアコンが無いから蒸し暑いし。だからさ、ここにある氷を少し砕いて少々頂戴ていこうかなって」
「やめなさいよ。そんなことしたら何が起きるかわからないわよ」
「ただの氷だろ。なにも心配することはないない」
雪子はそんな話を聞いているときに少しビクってなったが、彼の様子を見て、氷を落ちている大きな石で砕き、立ち去った様子を見て、自分の姿が見つからなかったと思い安心し、疲れで眠りにつくのだった。
「あれ、今あそこに誰かいたような」
「拓狼、遅刻するわよ」
「待って真凜、すぐ行くから」
拓狼と真凛は急いで学校に向かうのだった。
二人が学校に着くとクラス中の生徒も夏場の氷発生の、異常事態の話をしていた。
そんな話を聞く耳立てながら15分後、8:30分のチャイムがなる。
チャイムと同時に担任教師が教室へ入ってきた。
「席に着け、ホームルーム初めるぞ」
大柄で強面の男教師がやかましかった教室を静寂にさせた。
学生あるある、新任教師は沈めようとしてもなかなか静かにならないが、熟年の怖い先生だとクラス全員一瞬で黙ってしまう。
静かになった教室を見て、男教師はホームルームを始めた。
それからは通常通り授業を受け、持ってきたお弁当を食べて、再び授業をして過ごす。
何処からどう見ても普通の高校生の日常である。
この時の拓狼はこんな当たり前の日が一変するなんてこの時思ってもいなかった。
放課後になると、部活に行く生徒、帰宅する生徒の2つに別れる。
「拓狼、今日もバイト行くの」
真凜はこれから部活だが、その前に拓狼に駆け寄り、話しかけてきた。
「あぁ、ここ最近はほぼ毎日シフトを入れているからな。お前は今から部活だろ」
「うん、夏の大会で3年生が引退したからね、1年生も、今日からやっと、本格的に練習が出来るようになるのよ。雑用の日々にさようならね」
「そうか、まあとにかく頑張れよ。じゃあ俺はバイトに行くわ」
「じゃあね」
足を組み片手は後に回して、もう一方の手で拓狼にバイバイと左右に振る真凜だったが彼はその姿を見ることなく、振り返らずに教室を出た。
拓狼は中学時代バスケをしていて、中学2年でレギュラーを勝ち取り、3年の夏の大会ではポイントゲーターになり、部長では無いもののエースだった。
3年生になるとインターハイにも出場して一躍中学バスケの有名人にまでなった。
高校もバスケをやるつもりだったが、父親が事故死し、部活が出きる状況ではなくなり、高校では放課後に部活をせず、ファミリーレストランのバイトをしている。
自宅と学校の通路の途中にあるバイト先は町中にあるため平日でも客はたくさん来ているのだ。
「こんにちは」
「お、来たか拓狼君。早速で悪いけど2人休みが出てしまってね早くホールに入ってくれ」
バイトは18:00~22:00の間で、17:20分に到着したら40分の間で宿題をし、それからシフトにはいるのだが、人がいないときは到着早々、働きに入る日もたまにあるのだ。
「分かりました。着替えてきます」
客は5組程度だが、ホールを店長も含めて2人回しているため人がいないのが見てとれる。
しかもキッチンといったり来たりのため調理
帽子が付けっぱである姿を見て忙しいのは一目瞭然だ。
拓狼は着替えてホールに入った。
それからは客が夕食を食べに来るため、平日でも忙しくて手を回すのが精一杯となった。
そんな普通の学生生活を送る拓狼達の裏で、雪子がようやく目を覚ました。
日が沈み、真っ暗になる時間帯、バリケードの氷は全て溶けてしまい、目の先には追っ手の妖怪達がいた。
「う、嘘でしょ」
いつもは5時過ぎに起きるのだが、深く寝入ってしまったため、見つかってしまったのだ。
「気持ちよく寝ていたな」
「捕まるわけにいかない」
雪子は体を立ち上がらせて、急遽反対方向へ走り出す。
「おっと、こっちだってこれ以上の鬼ごっこに付き合う気はない」
だけど妖怪は何かの力を使って、真っ黒の玉を生成し、雪子に攻撃をしかけた。
「そんな攻撃食らうか」
後ろから来る攻撃に雪子は気付き、後ろに2メートルの正方体の氷の壁を作る。
「何度も同じ守りが通じるとは思うな」
その攻撃は妖怪のコントロール化にあった。
雪子の氷の壁、その横を回り込み、彼女の右腹部に直撃させた。
「う、嘘でしょ」
攻撃を受けて、上空に投げ出された。
数十メートル先に飛ばされて、落下の衝撃で体を強く打ち、しばらく動けなくなってしまうのだ。
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