1部 8話 妖怪覚醒

山浪鬼が能力を使って拓狼の体を拘束する。

 3日前に使った妖術と同じ、土塊を拓狼の下半身に集めて膠着させた。

「これで動くことが出来ないだろ。それじゃあ再びミンチタイム」


 再び身動きのとれない状況になってしまった。

 だけど、拓狼は現状で同様する様子ではない。

 クスッと笑っている。

「何が可笑しい」


 拓狼の持っていた黒いお札が不気味な紫の光を放つ。

 下半身を囲っていた土塊は、柔らかくなり一瞬で崩壊した。

「う、嘘だろ」


「2回も同じ手が通用するわけないだろ」

 怪しく光るお札を見て、今度は妖怪達が恐怖で一歩後退る。

「何のこの人」

 雪子も内股で座り込み、目の前の状況に驚いている。

 

 拓狼は、詠唱を始めた。

「我に宿る邪悪な根元よ、限りなき混沌よ。我はその力を欲する。我が体に再び甦れ。呪われし力を解放する」


 その言葉を唱えた瞬間、体にとてつもない妖気が放たれた。

「おい、マジかこの人間」

「そこにいる雪女と同じ半妖なのか」


 拓狼の妖気を身に受けた妖怪達は恐怖を感じる。

「ウワァアアアオォォオン」

 上着を全て脱ぎ、激しい雄叫びをあげる拓狼。


 それはまるで、ホラー映画で夜に吠える、狼のような奇声だった。

「え、どうなってるの」


 その場にいた雪子も含めて絶句しまう。

 拓狼の容姿が化け物のように変貌していくのだから。


 髪の毛が真っ白になり、腰までかかるロングヘアー。

 頭には大きな耳が2本、背中の少し下、腰辺りの位置に白くて太くて長い尻尾が生える。

 瞳は真赤で、キリッとなり、体付きは筋肉質で所々毛深く、とても人間とは思えない姿だった。


 まるで妖怪にでもなったかのような容姿。

「おい、この妖力と容姿ってあれだよな」

「まさかコイツは、霊媒師の人間と狼男のハーフなのか」


 雪子は今までの光景を見て立ち上がれなくなっていた。

「あなた。もしかして私と同じ半妖だったの」

「あぁ、まあ俺自信も知らなくて、ついさっき母親から告げられたんだけどな」


 母親から病院で告げられた事は、己が人間と狼男のハーフということ。

 そして人間として生きていくために、赤子だった拓狼に封印を施した事だ。


 その封印を解くのが今、持っている黒いお札の訳だが、拓狼は半妖化したことがない。

 それも当然だ。今まで人間として生きていて、妖力を使用したことがないのだから。


「おい、狼男って最上級妖怪じゃ」

「それじゃあ、俺たちが束になって勝てる相手じゃない」

 今度は妖怪達が怯え始めた。

 無理もないだろう。


 何故なら、この場にいる殆どの妖怪が下級妖怪で、狼男の足元にも及ばないのだから。

 中級妖怪でも下級妖怪10体を束にしてようやく渡り合えるレベルである。


 上級妖怪ともなれば100体以上連れてこなければ話にならない。

 それほどまでの戦力差があるということだ。


 だけど、そんな中で山浪鬼は目の前の状況に落ち着いている。

「は、馬鹿だなお前ら。狼男と言ってもコイツは半妖だろうが、純血の狼男を相手にする訳じゃない。俺達全員でかかれば勝てる」


 そういって、山浪鬼は拓狼に向かって突進してきた。

「強力な血をもっいても所詮は半端者。俺達のような本当の妖怪が負けるわけが・・・・・」

 

 拓狼は目と鼻の先まで来た山浪鬼の肉体を1蹴りで引き裂いた。

「う、嘘だろ」

 胴体を真っ二つにされた山浪鬼。

 すかさず今度は足を振り下ろし、縦真っ二つに引き裂く。


 体を引き裂かれた山浪鬼は姿を保てなくなり、灰になりその場から消滅した。

その時直径1センチの、紫色の玉が落ちて転がった。

「ヤバい。こんなの勝てるわけがない」

「に、逃げないと」

 妖怪集団は拓狼に恐怖を覚えその場から逃げようと走り出した。


 だけどこの時の拓狼に情けという言葉がないようで、逃走する妖怪達との間合いを詰めては武術で体を引き裂き殺していく。

「な、何で俺達がこんな目に」

「ま、まだ死にたくないないのに」


「逃げることも許されないなんて」

 気が付けば集団は死滅し、今ここに拓狼と雪子、そして鬼童丸の3体だけがその場に残った。

死んだ妖怪の数と同じ個数の玉が地面に落ちる。

「後は、あんただけだな」


 圧倒的な力の差を見せつけた拓狼。

 だけど、鬼童丸は怯えた様子はなくどこか余裕のある表情。

「強いな。半妖とはいえ最上級妖怪の血を引き継いでいるだけはある、だけど」


 鬼童丸は剣を握り、構えた。

「真っ先に俺を倒しに来なかったのは失敗だったようだな」

「どういうことだそれ」


「なに、戦ってみれば分かることだ」

 剣を上げて走りだし、拓狼の頭上に向けて振り下ろしてきた。

『は、早い』

 とっさの反応で、拓狼は頭部を庇うように腕を出した。


 それを見た鬼童丸はニヤッとする。

 拓狼も、いや普通に考えれば小学生でも分かることだ。

 刀を腕一本で抑えられる訳がない。


 簡単に切断されてしまうだろう。

 だけど、拓狼はそれを防ぐ事ができると思ったから腕を出す。

 むしろ、逆に避けた方が腹部に追撃が来て危ないと判断した。


「強化」

 拓狼が、そう言うと腕が人間の物から毛深い化け物の腕へと変化する。


 その形は純血の狼男の腕だ。

「よく咄嗟に狼男の腕にして身を守れたな。妖怪化になったばかりだろうに」

 ギリギリだった。


 今回は何とか防げたが、いつまでもつか分からない。

「ヤバいな」

 今までの下級妖怪と比べて、目の前にいる鬼童丸は一体で皆殺しに出きるほどの、圧倒的な強さがあった。


「俺は中級妖怪で、半妖とはいえど本来ならば狼男の血をもつお前に勝てる妖怪ではない」

 狼男の妖力は、途方もない強さを誇っている。

 だから、鬼童丸は狼男には、到底及ばない妖怪なのだ。


 だけどそれは、狼男の力を拓狼が使いこなせていればの話。

「狼男の力を解放したばかりのお前なら俺一人でも充分倒せる」

 攻撃してくる鬼童丸の刀を、妖力で丈夫にした腕で受け止め続ける拓狼。

 

「さて、何時までもつか」

 攻撃を受けるために妖怪化している拓狼。

 一見互角に戦えているように見えるが、それは大きな間違いだ。


 何故なら、拓狼にとって初めての半妖化で、狼男の力を使いこなせていないから。 

『まずい、妖力がどんどん弱くなっている』

 端から見ている雪子も、拓狼が危険な事はわかる。


 徐々に鬼童丸が押し初めていた。

「まずい。このままだと殺られる」

 明らかな経験不足がものをいう。

 妖怪化どころか、戦闘経験もない。

 

 拓狼が鬼童丸に勝つのは無理なことだ。

「逃げろ」

 勝てない拓狼は雪子へこの場から離れることを告げる。


「え、でも」

「いいから早く」

 守りきれないと判断したのだ。

 もしこのまま、この場にいたら拓狼が殺された後に雪子が狙われる。


 そうなると拓狼は無駄死にすることになってしまう。

 その意図を悟ったのか雪子は立ち上がった。

「待ってて。助けを呼びに行ってくるから」

 拓狼にそう告げると、走ってその場を離れた。


 ここで死ぬわけにはいかない。

 そう思うとひたすら木の間を走り続ける雪子。

「これでいい」

 

「女を守るために自分が犠牲になるとは。男としては立派だなお前」

 鬼童丸は拓狼の言葉に感心していた。

 拓狼は、心の中で母親に謝罪した。

『悪い母さん。生きて帰れそうにないや』


 だけど、死ぬことに怯えず、拓狼は覚悟を決めて拳を握り。鬼童丸に立ち向かう姿勢を見せた。

「さて、彼女が逃げ切れる距離に行くまで時間稼ぎをさせてもらうぞ」

 何分時間を稼げばいいか分からない。

 それでも拓狼は例えどんなに苦しい思いをしても雪子を守ると内心で誓うのだった。

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