Ⅳth cause死なずのエクスに逢為せる

エクスの相環

 永遠なんて苦しいだけだ。


 それは有限の命を持つ者の矜持。


 命には限りがあるからこそ美しい。


 それは定めを知る者の賛歌。


 特定の誰かから聞いたという事はなく、媒体を問わず誰かは言う。不老不死とは究極の苦痛であり、その先には破滅しかないとも。身体は死なねど心は老いる。魂の朽ちた身体に最早意味はないと。

 何の為に生まれて、何をすればいいか。人類史上最大にして最小の命題。生きてる意味を探し続ける事こそ生きる事とも、そんなトンチみたいなやり取りを何度も繰り返して、俺達人類は誇り高き生命であると正当化されてきた。 

 否……間違っていると誰も断定出来ないのなら、それはきっと正しいのだろう。何物も歴史の厚みには太刀打ち出来ない。世に残る歴史とは勝者の道であるのなら、人類がこれまで存続してきたその時点で、この種は勝者であり、生き永らえる事を赦されたのだ。

 

 所で、元々が永遠の命であるならば。


 或いはそもそも生きておらず、定めを知らず、死を支配する側であるのなら。


 それはどうしたらいいのだろう。

 















「おいおい、疲れたのはボクの方なんだぞ? どうして君がまだ先に眠っているんだい?」

 身体は重く、また腰のあたりが主に鉛でも引っかかってるみたいに動きそうもない。うっすらと目を開けたつもりが、片方の視界が真っ暗闇な事にも驚いてしまった。包帯を巻いてる事なんてすっかり忘れている。これだから寝起きは情けなくて自分でもみていられない。

 身体に布団を掛けられた。視界の外から温かみのあるため息が聞こえる。

「やれやれ。仕方ないな……無理には起こさないよ、ゆっくりお休み。視点が抜けていたよ、君とボクとでは身体の造りが違う。疲れたとしてもあり得ないとは言い切れない。ヒトは斯くも儚く弱いと弁えるべきだった」

 曖昧な視界に映るのは銀髪赤眼の存在。瞳の中には不思議な幾何学模様が広がっていて、瞬きの度に移り込む模様が変化している。片耳につけられた耳飾りは剣のようで、剣先が下になって身体の動きに合わせて揺れている。

「…………ぇ?」

「おやすみ、有珠希。君の夢が良いモノである事を願うよ」



 ―――だ、誰?



「ま、まった。まったまった。お、お前はだれだあ!?」

 マキナに似ているけど、喋り方から目の色から髪の色から全てが違う。何より俺の視線を掴んで離さなかったそのグラマラスなスタイルがスカスカだ。何の膨らみもない。服装は昨日と変わらないのに。

 グラビアアイドルよりもスタイルが良いとされるこゆるさんの比ではなかったその肢体、曲線美を見間違えるなんてあり得ない。失明していたとしてもだ。思わずベッドから飛び起きると、マキナに似た誰かは少し考えた様子で、首を捻った。

「そうか。彼女は説明しないまま入れ替わったのか。それは悪い事をしたね」

「は、はあ……?」

「詳しい話はリビングで説明しよう。準備が出来たらベッドから上がってきて。心の準備はいつまでも待つからさ」

 心の準備と言われても、気になる事は直ぐに知りたい。それをせっかちと言われてもいい。家にも帰らずいよいよマキナの家でぐっすり眠っていた俺だが、起きたらそのマキナが居なくなっていたというのは安全面から見てもよろしくない光景だ。

 リビングに向かうと、マキナに似た謎の存在がちょこんと椅子に座って俺を待っていた。俺が視界に入るまで瞳に光が入らなければ瞬きも一切していなかったが、入った途端にその機能は生体らしさを取り戻した。

「来たね。意外と早かった」

「まず……なんて呼べばいい? お前ってのも変だろ。マキナに顔は似てるけど、マキナじゃない……んだよな?」

「何処から説明すればいいかな…………まず呼び方だけど、その前にボクは誰なのかを説明しないといけないか……こほん。ボクは集中修理に入ったマキナに生み出された別の人格だ。便宜上彼女、と言っているけれど身体は同じだよ」

「修理?」

 対面の椅子に座ってソレと向き合う。身体が同じなら彼女と言うべきなのだが、どうにも今のキカイからは性別を感じない。

「君の『生命』を埋め合わせるのに自分のエネルギーをこんな身体で使い果たしかけたんだから無理もない。本来人格は使い捨てだから壊れても気にしないのだけど、彼女は君との思い出を大切にしたいらしい。身体が壊れない程度に修理をする事に決めて、その間はボクに代理を任せたんだ。簡単に言うと、捨てたくない人格の為に使い捨て人格を新たに生み出して、それがボクって訳だね」

 人格を使い捨てるというワードには剣呑な雰囲気こそあるが、キカイに悪意はない。そういう物なのだと納得した。割り切りの良さがないとアイツとは付き合えない。

 一例を挙げると、アイツに催眠術は通用しない。これもあの時に分かった事だが、マキナはそもそも生物でない為。意識に働きかける催眠に耐性があるらしい。これもキカイについて詳しくないので分からないが人間における『脳』は頭部ではなく全く関係ない場所にあるから、催眠―――意識へのハッキングをしようものなら逆に道を繋がれて意識を乗っ取られるとか。

「ボクの名前はエクス。マキナが急ごしらえで用意した手抜きの人格だから、本来通りマキナと呼んでくれてもいいよ。本当に時間がなかったから、性別すら設定されていない。まあ、それがボク達キカイの本当の性別とも言えるけどね」

「…………それは、食い違ってるとかじゃなくてか?」

「有珠希。君は信号機や道路に一々性別を見出すのか? ボク達は生物じゃない。君がその辺のビルに『あのビルは女性』、近くの梯子に『この梯子は男性』と一々定義したがるようなもの好きでないなら分かる筈だ。モノに性別なんてないんだよ。スキかキライかさえヒトの模倣だ。所がマキナはどういう原因か模倣を超えて自発的に君の事ばかり考えている」

「え? え? 具体的には……どんな?」

「感情値が常にオーバーフローしていて計測出来ていない。君と何処かが触れ合う度に身体のあちこちが壊れてしまう。急造の人格に分かる事は少ないがね、彼女は君にヒトのメスとして認識されてる事を何より喜んでいて、いつもお腹をむずむずさせている事は言えるよ」


 それは…………?


 まあ、教えてくれるのは嬉しいが、いいのだろうか。仮にも同じ身体ならマキナの事を教えるのはなんだか奇妙で、不思議で、仮にも創造主とは違う行動をとっているというか。

「―――まあ、何だ。ボクみたいな奴が突然出てきて驚いただろうけど一日限りだよ。明日になればボクは消える。同じ感情を抱いていても本物は一人だけ。ボクは容量削減の為に体型もデフォルトのまま、『規定』も全て封じられている。嫌かもしれないけど、我慢してくれると嬉しいな」

「我慢…………我慢って。別に俺はそんな嫌がってる訳じゃ」

 無理はしなくていいんだよ、とエクスは朗らかに微笑んだ。性別は設定されていないと彼は言ったが、その笑顔に籠る母性は紛れもなく彼女の名残であり、俺が本来の母親に求めたとて、得られない温かみだった。

「…………一つ聞きたいんだけどさ。マキナは中でこの会話とか全部聞いてるのか?」

「本人にその気があるなら聞いているとは思うよ。残念だけど今ここで切り替わる事は出来ない。それが出来るならボクも生まれてないからね。何か伝えたい事でも?」

「……本人がもし聞いてるなら。力も全然使えないんだろ。エクスは弱体化状態って訳だ。だから今なら普通にその―――」







「人間のデート、出来るんじゃないかなって」

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