寵愛の苗床
〈17 14 22 14 55 12〉
夢の中で、何事か妙な声を聴いて、俺の意識は覚醒した。
ここが夢の中なのは分かるが、今度は何処だ。自分の身体が覆い包まれている。四肢を封じ込められている。肉の繭に身体を吸いつけられ、身動きが取れない状態だ。
〈10 12 19 15 21 15〉
現実で失った左目は健在。だが糸は視えず、夢の中に限っては健常な視界が手に入っている。鋼鉄の通路と、気まぐれに切断されては機能を与えられて動き回る壁。そして時々俺の様子を見に来る謎の触手。触手とは言うがもう少し小さければ配線と言っていたかもしれない。大きな大きな基盤の中に俺は囚われているようだ。
〈15 93 11 21 23 44 21 39〉
良く分からないが、出た方がいいのか。
夢の中なんて大抵力が出ないが、今はまるで現実のように力が入る。あと少しだ。もう少し身体に力を入れれば肉の繭を切り裂いてこの身体は自由になれる。身体が少し出て、己が一糸纏わぬ姿である事に気づいたがここは夢の中だ。恥じらいはない。
目の前にマキナが、現れなければ。
「え。マキナ…………?」
金髪銀眼のキカイは、夢の中でも理外の美貌を輝かせて俺を見つめている。この異世界において白いスウェットに白いロングスカートは、庶民的であるにも拘らず、実験体のように浮いていた。
彼女は喋らず、肉の繭に手を触れる。来る者拒まずと言わんばかりに数多もの肉の蔓がマキナの身体を縛り上げて繭の中へと歓迎した。首の直ぐ下まで肉で埋まっても彼女は意に介さず俺に近づいてくる。
身体が密着してようやく。マキナは服だけを溶かされていて、俺達は生まれたままの姿で触れ合ったのだと悟った。
「え、ちょ!」
雄としての生物的な興奮反応が直に伝わっている。だけれどマキナは気にしない。繭の中で俺の指を捕まえて、身体を捕まえて、唇を重ねてきた。乗せられた体重に姿勢を崩され、身体が繭の中へと沈み込んでいく。
〈私と一つになってくれる?〉
無機質な信号とは違って、暖かいマキナの声。互いの身体で胸が潰れて、惜しみなくその弾力を俺に伝えてくる。コリコリする。
―――夢。夢。夢?
果たしてこれは夢なのか。自分の身体の細胞の一つ一つが解れていく感覚。何となく、それは人間的な生存本能として。マキナに触れている間だけ、身体は人から離れていく事が分かった。
この手を離せば。
唇を拒絶すれば。
俺は人間で居られる。自己保存として脊髄反射でそれを行おうとして、身体が止まった。
あのマキナが、泣いているのだ。
〈お願い〉〈離れないで〉〈貴方に愛されて〉〈嬉しいの〉
〈私をまた〉〈守ってくれた〉〈ずっと弱いのに〉〈セカイで一番不思議なヒト〉
「…………」
身体は崩壊を続ける。そして本能が警鐘を鳴らしている。これ以上関わるべきではないと。文字通り住む世界が違うのだと。
「泣くなよ、マキナ」
住む世界が違ったとしても、心は一つ。俺はコイツが好きだ。離れたくない。
「どんなに強くても、理不尽でも。やっぱりお前は女の子だよ。口だけの姿勢になるけど、守りたくなる」
〈有珠希…………〉
「〈大好き〉(大好き)【大好き】「大好き!」『大好き!!』≪大好き≫〔大好き〕《大好き》[大好き]<大好き>{大好き}«大好き»‹大好き›⁅大好き⁆⁽大好き⁾₍大好き₎〖大好き〗大大大大大大大大大スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ螟ァ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ繧ケ繧ュ!」
〈54 31 44 21 62 21 64〉
「………………?」
目が覚めると、視界が暗い。でも柔らかくて暖かくて、良い匂いがする。良く分からないけどずっと居たい。心から安心している。それでも状況は把握しなければと身体を動かそうとして、ぐいと布のような感触が頭を戻した。
「……………む、むぐ!」
そもそも赤子のように全身を使って抱きしめている事がまずおかしいと思ったが、自分の居場所がようやく判明した。ここはマキナの谷間の中で、俺は下から顔を突っ込んでいる。
「な。なにやってんだあ! 俺はあ!」
顔を引っこ抜いて何故か自分自身を責めている。かなりの大声だったが部屋の中は静かで―――
「え?」
マキナの部屋に帰ってきている。
夢の中とは違って左目は失明したままだ。手を当てると、包帯が巻きつけてあった。誰が処置したのだろう。マキナには『傷病』があるのでわざわざこんな処置を下とは思えない。
「あ、有珠希さん! 目覚めたんですね…………!」
大声に反応してくれた唯一の人物はこゆるさんだった。元気な様子の俺を見た途端その場に崩れ落ちてわんわん泣いている。状況が理解出来ないけど泣かせた俺が悪いと思って近づき、助け起こした。
立ち上がった瞬間、抱き着いてくる。痛みも不便も今の所ないが、失明状態は傍目から見れば重傷か。
「波園さん……もしかして君が?」
「ううううううう! うえええぇぇぇえええええん!」
「………………まあ、いいか。アイツに聞けば。妙な力は取り除いてもらったか?」
鼻を啜りながら彼女は否定した。首を振る音というか感触が伝わってくる。そんな場合じゃなかったと言われたらそこまでだが、アイツが起きたらすぐに取り除いてもらわないと。
「……あの場をどうやって逃げ出せたかは聞かないでおく。だけど逃げ出せたならいよいよ俺に仕事はないな。アイツが起きるまで二度寝するよ。波園さんはどうする? どうせアイツが起きるまで何も出来ないんだから一緒に寝ないか?」
「え、あ…………はい!」
アイドルの手を引いて寝室に戻る。不思議な力が働いて扉が閉まり、ここは密室。マキナの許可なくて出る事はかなわなくなった。真ん中に寝転がるとマキナと挟むように隣にこゆるさんが入って、手を握ってきた。仰向けだと失明した側に彼女が居るので、糸は視えない。マキナに糸は繋がらないので―――天井を仰いでいるこの瞬間、俺の視界は健常だ。
「有珠希さんは……どうしてその人と一緒に行動してるんですか?」
「…………どうしてって、俺の視界について最初に理解してくれた奴だからだよ。治そうとしてくれてる。変な目で見てきて、何かと恩を着せようとする奴らとは大違いだ。だからまあ……好き。なんだけど」
「………………そう、なんですか」
片目が消えうせると、何だかその分目を瞑っているみたいで眠くなってきた。寝た直後にまた寝るなんてあり得ないと思っていたのに。身体の力が抜けて、また夢の続きを………………。
「おい、てめえ。ミシャーナ。やってくれたじゃねえかどういうつもりだコラ」
「…………後一歩だったのに」
「後一歩!? 俺ぁ言った筈だぜ! キカイとバトんなってよ! この被害は流石にウチも許容出来ねえし直しようもねえ。どうしろって言うんだよ!」
波園こゆるの力に魅了された一般人がおよそ三〇〇。
キカイ討伐の為にミシャーナが頼み込んで出動させたメサイア・システムの人員が四〇〇。
きっちりかっちり跡形もなく消し飛ばされ、周辺一帯は大地すら削られて深い大穴が出来てしまった。無事だった家屋はキカイが入れ込んでるとされる人間が居た家が一軒のみ。最早そこも孤立して、仮に家主が居たとしても間違いなく手放すであろう事は想像に難くない。
余波による被害は一切なく、メサイア・システムと波園こゆるのファンが居た最大範囲までが消えた事だけが不幸中の幸いだ。死体は一つ残らずシミになった。数える必要もなければ埋葬する必要もない。そこらに死体が転がってる現状すら解決出来てないのなら、いっそこの方が楽で手間が省けるというもの。
「…………お前を外す権力は俺にはねえよ。だがな。幾らでも手は回せるんだぞ。暫く大人しくしてろ。キカイとは戦うな。あれは自然災害だ。宗教上の問題なら神様って言ってもいい。事を穏便に済ますならそのキカイが入れ込んでる人間を手籠めにしちまった方がいいだろ。金でも身体でも使ってよ」
「私は嫌われていますから」
「ミシャーナも歩め寄ろうとはしていないよねえ。私には分かるよ」
茶々を入れるゴスロリ服の女性に、未礼紗那は頬を引き攣らせて反論した。
「貴方は何もしていないじゃないですか。外からなら幾らでも言えますよ」
「お前は何もかもやりすぎな…………しゃーねえ。俺が動くか。その入れ込んでる奴の情報を全部寄越せ。何とかしてみてやる」
「しかしそれでは」
「頼むぜなあ! そいつの言う事を聞くってんなら無力化したも同然だろうが。組織に所属してるなら上司の言う事もちったあ聞けよ。どうせてめえが本気で暴れたら誰にも止められねえんだからよ」
「…………分かりました」
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