エクス⇔マキナもキミが好き

「デートと言っても、生憎の天気だけどね」

 外は珍しく曇天模様。雨男がおらずとも外に出れば今すぐにでも降り出しそうだ。

「あ、そう言えば学校……」

 時刻は午前九時。今から行っても遅刻は間違いない。仮にも学生である為にどうしても気にしてしまう。家についても妹が凄く心配しているとは思うのだが、あそこは可愛い方の妹こと牧寧を除いて俺を淘汰しようとする空気がある。だから総合的にそちらは気にしていない。

 また泣かせると思うと、非常に申し訳ないのだけど。

「学校、行きたいの?」

「……一応学生だから、気にするってだけだよ」

「ふふ。そう。マキナなら自分を選んでくれた事に喜んでいただろうけど、ボクはそうは思わないな。自分の気持ちに反するようだけど、人間らしさを捨てちゃいけないよ有珠希」

 振り返ると、エクスが白いエプロンを着て台所に食材を並べていた。大根や人参などの根菜が多く見える。奥の鍋は既に沸き立っていた。

「一先ず朝食を食べようか。少し時間がかかるけど、出来るだけ直ぐに作るよ。座っててくれる?」

「あ、ああ…………なんか、ごめんな。学校に行きたいって訳じゃないんだ。でも……その」

「どちらにせよ、朝食は食べてもらわないと困る。ニンゲンは栄養を確保しないと弱ってしまうんだ。せっかく身体を治したんだからまた壊されるとボクはいつまでもマキナと代われない」

「…………?」

「その辺も詳しく話すよ。とにかく座った座った」

 そうだ、エクスにはまだ聞きたい事がある筈だ。朝食を作ってくれるというなら是非もなく頂こう。家と違ってここには敵が一人もいない。何の躊躇いもなく油断出来る。

 席に座りつつエクスの調理風景を眺めていると目が合った。赤色の瞳が細まってにこっと笑いかけてくる。マキナとは違うと頭では分かっているのに、心がドキドキした。

「お前はマキナと違うって話だけど、やけにアイツの気持ちを教えてくれるよな。アイツも大概素直な方だと思うけど……知らない事ばかりだ。俺はいいんだけど、後で怒られないのか?」

「使い捨ての人格に怒るも何もないよ。ボクはただ正直なだけ。確かにボクはマキナじゃない。けれど心は同じだ。ボクもマキナも君の事は大好きで……君だけは、トクベツ」

「そ、そうか…………な、なんかそこまで率直に言われると照れるな。その、お前とマキナは同じ身体だけど、身体の造りは違うよな。キカイってのはそうなのか?」

「どいつもそうだね。生物と違って決まった形なんてモノはない。ヒトに紛れる為にヒトを模しているだけだ。だから君が望むなら舌が三つになってもいいし、背中から翼が生えても良い。尤も、マキナは君と出会った時の姿が一番雌として意識されやすいって事であのままだったけどね。ボクは知らないけど、ああいうのが好きなんだね?」

「……い、いやぁ」

「くびれた腰は君が掴んで抑えつけるのに最適だ、臀部は曲線と大きさを意識して、乳房は大きさと柔らかさと感度を、何より生物の本能を支配する分泌物を。君の視線が何処へ行くのか。仮想空間でその動きを追跡トラッキングしてまで彼女は気にしている。次は遠慮なく褒めてあげると、喜ぶかもね」

「な、なんだよ知った風な口ばかり聞いて! お、俺は別に…………悪いかよ! 好きで!」

「悪いなんてそんな。好きなら好きでいいんだ。これからもマキナはその姿で居てくれるよ………………ボクは決してマキナじゃないが、そんな風に夢中になってくれるならこんな嬉しい事はない……と、知りたいのはそんな事なのかな?」

「あ、いや。世間話でちょっと流れが欲しくて…………」

 欲を言えばマキナの興味関心を全て知りたいのだが、そうは言っていられない。俺にはもっと自分が生きる為に必要な情報が、知るべき事がある。エクスの言う人間らしさというのも、きっとそこに含まれる筈だ。



「俺の目――――――どうなってるんだ?」

 

 

 一応、包帯はつけたままだが、状況はまるでさっぱりだ。根菜を煮込んだ良い匂いがする。朝食は比較的胃に負担が少ないと嬉しかったりするが、その期待には応えてくれそうだ。

「…………デートの話だけど、雨なんて本当はどうでもいいんだ。ボクは気にしない。ただ君のその姿は注意を引くだろうと危惧してた。百聞は一見に如かずだ。包帯を取ってみればいいよ。それこそ視た方が早い」

 そう促されてすっかり身体に馴染んでいた包帯を取る。何時間も抑圧された瞼は開く事を忘れたみたいに硬かったが、開く事を自力で思い出すとゆっくり開いて―――その何もない視界を、捉えた。

「え」

 見えない。

 赤い糸も、青い糸も、白い糸も。

 いや、それどころか風景が。真っ黒い空間にエクスだけが切り抜かれたように映り込んで、果たして俺は現実を見ているのか、それともゲームの画面でも貼り付けられたのか。

 エクスに糸は繋がらないからこの部屋に居る限り俺の視界は正常な筈が、エクス以外の景色が一致しないでいる。

「無理に力を使い過ぎた結果だ。その左目はボクを除いて何も視えない。ねえ有珠希、あの時使う必要はなかった筈だ。どうして使ったの?」

「…………………お前の事が、知りたかったから」

「聞いてくれたら教えるのに」

「視なきゃ分からない事もある。だってキカイなんて……俺は一度も出会った事ないんだぞ! 聞く側にだって知識は必要だろ! そもそもキカイが何なのかとかさ!」

「―――その件もいつか話さないといけないね。とにかくもう左目は使っちゃ駄目だ。ボクやマキナを視る時はいいかもしれないけど、壊れたままの視界を運用すれば君の精神に異常を来す。悪い事は言わないから、ボクと一緒に居る時しか両眼は開いちゃ駄目だ。いい?」

「じゃ、じゃあ今はいいよな。その―――お前は両眼で見た方が、可愛いし」

 自分で言ってて恥ずかしくなっていると、お椀に盛り付ける所まで済ませたエクスが朝食を持ってきた。根菜を軸にそこはかとなく和風な朝食は人参を用いて色合いも鮮やかに、肉を混ぜる事で味にもバリエーションを持たせていた。

 俺が特に好きなのはこのカリッカリに揚げた豚肉を根菜サラダに混ぜた一品だ。凄くボリュームがあるのに味はしつこくなく、食べていて気分が良い。ご飯が一通り並ぶやがっついて食べる俺を、エクスが隣で手を口に当てながら嬉しそうに微笑んでいた。そのクスクス笑いはマキナのようで、また食べ方の美醜などお構いなしにかぶりつく俺に呆れる男友達の様でもあった。

「お腹が空いたらいつでもおいで。マキナもボクも喜んで作るから」

「……………はふっ、はぁ。はあ! ん……ん……」

「少し熱かった? だったらごめんね、ボクの身体が熱に強すぎるからどうしても大雑把になってしまった所があるかもしれない」

「い、いや。ご飯はこれくらい熱い方がいいよ。食べてるって感じする…………あ、そうだ! 波園さんは何処行ったんだ? 規定はもう回収したのか?」

「それか。デートに否定的だった理由でもあるんだ。実は……というか、回収するタイミングが無かった。マキナは君の身体を治すのに精一杯だったからね。だからまだ部品は彼女の中にあるよ」

「回収してないのに帰したのか?」

「まさか。せっかくだから僕の手足となって色々働いてもらってるよ。君の家には彼女から連絡した。今日一日くらいはここに居ても大丈夫だから。ただ学校は……行きたいと思うなら行くべきだよ。ボクも君を束縛するのは嫌だからさ」

「や、学校には未礼紗那も居るし、この片目をどう説明するかが思いつかない。救世主が沢山いるんだよ、恩着せがましい偽物がたくさん。だから行くのは……やだな。お前みたいな奴しか居ないんだったら行きたいけど」

「すると女子校かな…………伝えておくよ」

「は?」

 会話も程々に、あっという間に朝食は終わった。エクスは規定を使えないので手動で皿を洗っている。その手際は腐ってもキカイなので、完璧だ。

「手伝うか?」

「怪我人に手伝わせるつもりはないよ。それでこの空模様で本当にデートするのかい? だったら波園こゆるを呼び戻さないとならない。ふむ。そう言えば帰りが遅いな。ちょっとした伝言を任せただけなのに何処で道草を食っているのやら。彼女を迎えに行こうか」

「波園さん……ファンに捕まったんじゃ!?」

「レインコートを被っていった筈だからそんな事にはなっていないと思うんだけど……様子は見に行くべきかな。君は着替えてきなよ。僕は傘でも差して待ってるから」

「いや、玄関で待っててくれよ」

「一応外を警戒しないとね。この家がバレてないとも限らない、バレてたら今は君を守り切れないから」

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