絢爛冠りし天つ鋼の空虚実序
夢を見る事が出来れば、幸せに死ねた。
意識を手放す事が出来れば、安らかに死ねた。
諦める事が出来たなら、 に死ねた。
そのいずれも許されず、朦朧とした意識の中で、俺は金髪銀眼の女性をぼんやり見上げていた。
「………………ま、きナ?」
声を掛けたのに、俺が目覚めた事に気づいていないのだろうか。それとも胸の突っ張りで直ぐ下が見えづらい……いや、だとしてもキカイは視界に頼る必要がそもそもない筈だ。
「マキナ」
身体を起こして目を合わせると、光を失っていた瞳に眩いばかりの輝きが灯った。
「有珠希~!」
「うおッ……まって。身体が……!」
痛くない。
それどころか出血一つない。マキナは瞳に涙を滲ませながら押し倒すように抱き着いてきて、まるで尻尾でも振るみたいに身体をゆらゆら動かした。
「遅くなってごめんね? 今の私じゃニンゲンが死んでもどうにも出来ないから、あと少しで死なせちゃう所だったの! 本当は貴方を守るつもりだったのに、ごめんなさい……でも、勝手に死にかける貴方も悪いのよ。何でこんな事になっちゃったの?」
「…………何で、か」
何でこんな事になったかと言われたら、マキナが現れないのを良い事に一人でやろうとしたからだ。頼ればすぐに終わる様な仕事。けれど今までの流れからどうしても、任せきりにしたらこゆるさんは死んでしまう。
だからせめて、と思った。勿論これを建前とする感情もある。まるで子供みたいな話だが、彼女の手を借りずに部品を回収する事で認めてもらいたかった。そうすれば俺には、まだ居場所があるような気がして。
ここが何処かもわからないまま、二人でずっと見つめ合っている。滲んでいた涙は滴となって頬に零れ落ち、光輝となって虚空に消える。心を読むなら好きにしてくれ。全くの本心から、俺は動いたのだから。
「……馬鹿」
「な、何?」
「馬鹿よ貴方。そんな事しなくても、私はとっくに助けられてるのに。そんな理由で死なれたらむしろ絶対恨んでたんだから! 馬鹿! 有珠希の馬鹿! ばーか! ばーか!」
「…………ごめっ、ん!?」
抱きしめられる。マキナの震えた吐息が耳元で流れ、彼女をどれだけ不安にさせたかを思い知った。相手はキカイだからなんて、そんな無神経な事は言えない。キカイでも女の子だ。俺より圧倒的に強くても、それでも俺には女の子にしか見えない。守らないといけないなんてのは傲慢かもしれないが、不安にさせる事だけはしてはいけない筈だ。
「ごめん」
「……お願いだから、傍に居て。有珠希が居なくなったら私、こんな世界滅ぼしちゃうわ」
「それは……」
「こんな気持ち、初めてなの。有珠希が傍にいると凄く楽しいし、話しかけてくれると嬉しいの。そんなヒトを奪うような世界なんて要らない。有珠希に嫌われたって知らないんだから」
「…………そうならないように気を付けるよ。本当に無茶したって思ってる。助けてくれた有難うな。やっぱり俺には、お前が居ないと駄目みたいだ」
マキナは顔を上げると、涙を消去して穏やかに微笑んだ。
「―――なら、許してあげる! 二度目はないわよッ?」
「…………そっか。じゃあまあ、仲直りだな」
「あ、あの………………えっと。有珠希さん? その人は一体」
二人きりの世界に水を差した声はこゆるさんの物だ。マキナが離れてようやく意識が彼女以外の全てに向かう。ここは何処だろう。知らない家だ。
「……ここは何処だ? 誰の家だよ」
「そ、それが私も分からなくて……」
「私も知らないわ。安全になれる場所が欲しかったから適当に入ったの。中にニンゲンが居たけど構ってる暇なんかなかったから消しちゃった」
「消した!?」
「『存在』でね…………私の事、嫌いになっちゃった?」
「…………いや」
それだけ俺の命が危うかったと言う事だろう。マキナはニンゲンの事なんかどうとも思ってないのに、ただ俺の気分を害さない為だけに理由もなく誰かを殺害したりはしない。ただ今回はその余裕が無かったのだ。
「俺はお前に命を救われたんだ。今回に関しちゃ責める権利なんてない。むしろ周囲一帯を消さないでくれて良かったって思ってるくらいだ」
「それも考えたけど、今そんな事したらメサイアと全面戦争をするだろうから」
「負けるのか?」
「勝つのは簡単よ? 今でも三分あれば十分かしら。でも有珠希が死んじゃうから……やめたの」
褒めて欲しいのか知らないが、頭を差し出してきたので撫でてやると、マキナは身体をこすりつけるように俺に密着。息を穏やかに、安らいで身体を預けてくる。
「♪」
「あ、あの! だからその人は誰なんですか!?」
気づけばまた二人だけの世界に入っていた。こゆるさんの声が全く届いていない。俺が心を赦しきっている事に驚いている節さえある。
「えーと。何処から説明したもんかな。こいつはマキナって言って、キカイだ」
「き、機械?」
「……何となく勘違いしてそうなのは分かった。普通の人間じゃないって事だけ分かってくれればそれでいいよ。俺もそんな感じの理解度だし」
「それは……分かります。何もない所から急に現れたから」
『存在』の規定で限りなく消えていたのだろう。こゆるさんは怯えた様子だったが、じゃれてくるマキナを追い払う為にあちこち触っているのを見て安心したのだろう。近づいて、掌で彼女の乳房を押した。
「…………私より大きい。柔らかい」
「……だから、普通の人間じゃないって思ってくれればそれでいいんだって。それで、普通の人間じゃないから、君が困ってるその力を取り除けるんだ」
「え? あ、じゃあもしかして……」
「そ、これ以上貴方は苦しまなくて済むわ」
俺以外の人間に、マキナは極めて淡白な反応しか返さない。俺の身体から離れると、手を差し出して、手招きする。
「事情は全部隣で見てたから知ってるわ。盗人じゃないなら命までは取らないし、貴方が叫んでくれたから私も夢から抜けられたの。有珠希が死なないでくれればいいんだっけ? ええ、その言葉。私にびびっときちゃった。貴方の身体の何処も要らないわ、ただそれだけ返してくれれば、見逃してあげる」
「…………おお。波園さん! 俺もこんな事になるとは思ってなかった。良かったじゃないか」
またとない好条件に思わずソファから身を乗り出しそうになったのは俺の方だ。マキナがこんな事を言ってくれるなんて正直期待してなかった。妹の憧れが傷一つなくまた平穏な世界に戻れるならそれに越した事はない。
「………………」
しかし、こゆるさんは両手を胸の当たりで抱えたまま、言葉を詰まらせていた。「……波園さん?」
「…………あ、あの。これを渡したら、私は……有珠希さんと会えなくなるんじゃないかなって」
「まあ、君は国民的アイドルなんだし、パンピーの俺なんかと会う日は来ないだろうな。さっきも言ったけど、別に俺はファンじゃないから」
「…………!」
どうしてそんな、悲痛そうな顔をするのだろう。
ファンじゃないから、護った。
好きじゃないから、護った。
護るだけの理由があっただけで、こゆるさん本人には何の感情もない。
そうでなければ味方ではなかった事くらい、分かっているだろうに。
「わ、渡したくない、です」
「は?」
「ふーん。三回も聞いてあげないわよ。本当にそれでいいのね?」
「わ、私は! 渡したく―――!」
「やめろこの大馬鹿野郎!」
『傷病』で体が全快したのを良い事に、こゆるさんを地面に押し倒した。それ以上言わせない。彼女の為を想ってやった事が全部無駄になる。
「マキナは普通の人間じゃない……いや、そもそも生物ですらないんだ! アイツがお前に優しいのは俺への気遣いで! 人間の事なんかこれっぽっちも好きじゃないし何とも思ってない! 死にたいのかよ波園さん! アンタ、ここまで来たんだからさ! 正しい選択をしろよ!」
「正しいって何ですか!? 私は! 私はアイドルなんかより、有珠希さんの傍に居たいんです! だってあんなに守ってもらったのに、ここでお別れしたら、二度と恩すら返せない……会えないなんて、嫌!」
「俺は元々君の中にある力目当てで守ってたんだ! 恩なんか感じなくていい! 頼むから我儘はやめてくれ! 普通の人が死ぬのは視たくないんだ!」
「いや! いや! いや! だって……うぐぐぅうぅうう……! わら゙ひ! アイドルなのにぃ! 有珠希さんをぢっどもふぢむがぜられなくてぇ…………! ずじな゙のにぃ…………ぐやじいでずぅ…………!」
「…………???」
涙混じりで聞き取れない。何を言ってる?
「ねえ有珠希。こういう面倒を避ける為に貴方は一人でやろうとしたんじゃないの?」
「その筈なんだけど…………なんでこんな頑固かなあ。悪いマキナ。もうちょっとだけ時間をくれ。殺さないでって言っても止める力とかないからさ。頼むだけ頼んでる」
「私は良いけど、周りがもう駄目みたいよ」
マキナは壁越しに外を見て、頭を振った。
「何でか知らないけど、囲まれてるみたい」
「………………」
見知らぬ家の廊下へ飛び出すと、玄関を開けて外の状況を把握する。
「「「「「俺達の波園ちゃんを取り戻せ!!!!!」」」」」
成程間違いではない。多くはこゆるさんを追いかけて来たこゆらー達だが、中には見覚えのある顔も居て、その人は俺を見るなり直ぐに前へ出て来た。
「未礼紗那……」
「式宮有珠希君。非常に残念なお知らせです。貴方がそうやってキカイの味方をしているから、遂に上から処分命令が下されました」
「…………は?」
「『強度』で多少硬くした所で無意味ですよ」
傷一つなかった身体に、綺麗な太刀筋が縦に刻まれる。
「私の力は『生命』に干渉しますから。さようなら」
縦に両断された身体からありったけの血飛沫が吹き上がる。かと思えば逆再生のように引っ込んで元のままの健康体に。しかし身体は動かなくなった。
「………………ネ ヱ 」
顔の横に、マキナが佇んでいる。
マキナが。ま?ナが。?キ?が。???が。
「そのマま、うごカなイ豸ネ。有珠希。ワたしが、マ以アゲル」
世界が赤く染まっていく。
???を中心に三次元空間を無視して罅が入り、空虚が剥がれ落ちていく。暗黒の中から這い出て来たのは、銀河を纏う触手と。銀色の翼。それは???になじむようにくっついて、身体の一部となる。
段々。
段々。段々。
段々。段々。段々。
段々。段々。段々。段々。
世界から音は消え、色は吸収され、匂いは塗り潰されていく。過熱臭とも言うべきだろうか。ただ吸い込むだけで、身体が焼けるように熱い。それはあの未礼紗那とて例外ではなく。その場で血を吐いて倒れ込んでいた。
「ぐっ、ごれ………………ガハ…………!」
まるで世界全体が締め付けられるような音と共に、現実は塗り替えられていく。因果の糸は言う。このギギギという音は、この世界のどの場所からも発せられていない。
世界その物が屈服させられ、抑圧されている音だと。
その中でただ一人、無事なのは。
「⽲ノ 有珠希 亻つけたのは 犭刂かカカカ化かかか」
こんな時にも見惚れてしまうくらい絢爛な、銀色のキカイ。
「ユ 午 サ 『』」
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