Ⅲrd cause 飽和したカイラク

類稀に続く永遠

『どう? 調子は? その子の信用は得られたかな?』

『難しい所ですね。昨夜もキカイと仲良さげに歩いてましたよ。出会い方を間違えましたか……本来なら学校で会っていた筈が、登校してこないなんて』

 私の作戦ミスだ。一度築かれた壁を取り除くには時間がかかる。もしかしたら一生かかっても無理かもしれない。幾らキカイと引きはがしたいからって乱暴だったか。救いをちらつかせるのが逆効果である限り、彼が私を信じてくれる事はないのかもしれない……


 ―――殺したくはないんですよ、私だって。

 

 ただの人間に過ぎない式宮有珠希を殺害する事は簡単だ。けれどそれは私の本意じゃない。何より手駒と化した彼を殺せばキカイの怒りに触れる。勝算が現状は不明である以上、リスクは避けたい。望むのは彼から、キカイがどんな状態であるかを聞き出す事。

 何らかの理由で失われた部品を探しているのは間違いないとして、幾つ残っているのか。何が残っているのか。それ次第。

『それは私もスコープから見てたけど。本当に仲良さそうだったね。君からは弱みを握られて仕方なくと聞いてたけど、彼が自分から手を貸してる可能性は本当にないの?』

『キカイに自分から手を貸すなんてあり得ませんよ。仲が良さそうに見えたのなら、それこそ規定の力。あれに人を魅了する力くらい備わってないのは不自然でしょう』

『なるほど、さしずめ愛の規定って所か』

『ただの人間がキカイに勝てる道理はありません。銃を使おうが核を使おうが結果は変わらないでしょう。そんな存在からの干渉に抗える道理もまた存在しない。引き続き監視します…………』

 そうだ、あり得ないんだ。

 キカイが、人間に純粋に愛されているなんてあり得ない。



 私が彼を助けないといけないんだ。
















 ごうごう。



 ごうごう。



 何度見たか、数えきれない程の美しい夢。主に記憶の整理を行うだけの場所。この日この時この場所に、確実に座っていた女性と一緒に。


「―――また会いましたね、スーおねえさん」 


 分かっている。何度でも理解してしまう。あの日出会った女性の美しさをどうやっても再現出来ない。この眼に映るスーおねえさんがどれだけ精緻な美しさを持っていても、片時もあの日の体験を忘れた事がなかったとしても。二度はない。過去は過去。二度とあの美しさに触れる事は出来ない。


「…………視界が治る日は、そう遠くないんですかね」


 あれから二週間とか三週間とか。目覚める所まで考慮するなら今日はハロウィン。一般的には世間全体がご機嫌になる日も、俺には関係ない。ああでも、牧寧が遊びたいというなら付き合ってもいいか。

 親が許すかどうかはともかくとして。


「マキナ。すっかり信用してます」


 非現実の権化、幻想の化身。キカイと呼ばれる謎の存在は、人間以上に華やかで、底抜けに明るく、異常でしかなかった俺を普通として扱ってくれる。絢爛豪華な金髪はこの世のどんな宝石よりも煌めき、どんな財宝よりも人を虜にする。銀の瞳と併せて、その顔はさながら月夜に浮かぶ宝島。

 滑らかな肌は無条件に情欲を煽り、豊満な乳房は女神の如き包容力を示しているかの様だ。または母体への回帰。愛される事に縁のなかった俺にはあまりに劇薬。


「……ちょっと、殺されるかもしれないと思うと怖いけど」


 天真爛漫な性格に振り回されている。しかしそれを嫌と思った事はない。キカイがどうとかそういう事情を抜きに、俺はアイツの笑顔が好きだ。ずっと見ていたい。例えばマキナが、俺の目の前でずっとダンスを踊ってくれるなら寝食を忘れていつまでも見ていられる。アイツにはそれだけの価値がある。


 具体的にどういう価値が、とかではなくて。もっと色々見たくなる。変に弄られたり弱みとされるのも嫌なので口には出さないが、一挙手一投足が気になって仕方ない。


「スーおねえさん。一人ぼっちって寂しいのかな」


 在りし日の憧れは、何も答えない。ただ見守るような笑顔で、こちらを見つめていた。


「………なんか、自分でも危うさを感じてるんだ。長い付き合いだし流石に分かるんだよ。糸を視る力が……肥大化してるって」


 白い糸なんて今までは見えなかった。マキナと出会ってからみえる様になった。文字通りそこには因果関係がある筈だ。十数年あまり赤い糸しか見えなかったのに、一月も立たない内に成長する理屈なんてそうとしか考えられない。


「……なんか、警告されたんだけどあ。俺はやっぱり嫌いになれない。ちゃんと約束は守ろうとしてるし、俺との取引で色々サービスもしてくれてる。誰が何と言おうと、もし善人ってのが居るならああいう奴なんだよ」


「―――アイツの役に立つんだとしたら、この視界もそう悪いもんじゃないって思う自分が居る。変な話でしょ? あんなに嫌ってたのに。本当に危ないのはこっちだ。このまま肥大化していけば、俺の視界はどうなるんだろうって不安もある」


 月どころではなく、あらゆる景色が映らなくなるかもしれない。糸の海に呑まれ、その景色に溺れながら暮らす事になるのかもしれない。




「………………そうはならないと思うけどな」




「……気休めでも、有難う。もう行くよ。またね、おねえさん」


 それでも構わないという気がしたが。

 今はまだ、知らないフリ。





 

 タイムラグなく、意識は夢から現実へ切り替わる。気づけば身体は起きていたが、体感ではそんな行動をしていない。

「………………はあ。自分のベッドに帰ってきちまったか」

 二週間の余韻が俺の身体を訛らせた。ベッドにケチをつけるつもりはないが、マキナの身体は実にふかふかだった。あそこまで抱き心地がいいとこの寝台は寝具を舐め腐っているとしか思えない。

「…………ん?」

 起き上がったつもりだが、俺の右手を抱きしめて離さない人物がいた。可愛い方の妹こと牧寧。驚く事じゃない。そもそも招き入れたのは俺だ。というのも―――いや、そう複雑な説明ではない。

 単に妹が甘えてくるようになっただけだ。両親を最強の免罪符で説得しているから問題も起きない。ここ二週間、マキナは音沙汰がないので俺も暇になった。断る道理もなく求められれば従うが道理。兄妹としてあるべき形に戻ったというべきだろう。

「いや、ほんと。自分のベッドで寝た方が気持ちいいだろうにな」

 ピンク色のチェックパジャマを着た妹は、全身で俺の右腕を握って離さない。枕も自分の部屋から持ってきた物だ。枕が変わると眠れないらしい。

 じゃあ自分のベッドで寝ろ。

「お前が冷静で穏やかな方とか今でも信じられん。寝言は寝て言えって感じだな」

 妹から伸びる赤い糸に触ってみる。白い糸を切れば起きるのだろうか。



 ――――――。



 赤い糸と白い糸。白いのは睡眠という行動を表している……筈。つまり起こす時はこの糸を切れば起きる…………試したいけど、それは酷だ。無理やり起こすに等しい。


「…………」


「…………………?」


 現実逃避をやめるべきだろうか。いや、まだだ。映像越しにも糸が視えるのは確認済み。適当に動画を開いて、誰か適当な人間を見つめてみる。


『俺を助けると思って、この口座にお金下さい! 最低百万円から!」


 始まって一分で不愉快になってきたので、動画を閉じた。

 幸か不幸か、アイツに会いに行く口実が生まれてしまったようだ。嬉しいやら悲しいやら。多分それ自体は嬉しいが、それ以外が全て悲しい。思い当たる原因もないのに何故こうなる?

 何を視ているのか分からないので触りたくない。用もなく会いに行くのは何だか恥ずかしいと思っていたのに、そんな場合ではなくなった。




 今度の因果は青い糸。




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