ひとりじめたい金銀財宝

 この町には誰からも見えないという理由だけで―――失礼。誰にも救えないという理由で数多の死体が放置されているが、局所的に多いのは話が変わってくる。ここはデートスポットもしくは憩いの場として有名なのであって、決して自殺に向いている場所ではない。『今、貴方に教えられる最恐自殺スポット七選』でもない。

「ほんとだ、多いわね」

 決して誰も気づいたりしないが、多すぎて足の踏み場に困る。たった今目の前を横切ったカップルも、単に夜の散歩でもしてそうな親子も、マキナにカメラを向ける不審者も、平気な顔で死体を踏んづけている。いや、そうせざるを得ない。良心とやらで踏みつけないなら、わざわざ蹴って死体をどかさないと事実上の通行止めだ。

「腐ってないから、死んで間もない感じね」

「臭いが凄いな……これも気付かないもんか、やっぱり」

「ちょっと掃除しましょうか。有珠希、ちょっと感覚貸してくれる?」

「は? 何言ってんだお前」

 質問には答えず、ただ掌が突き出される。良く分からないので同じ様に掌を突き合わせると、マキナが声を荒げた。

「違う! 鼻をつけるの!」

「え、お前にアイアンクローされろって事か? ……痛くないように頼む」

 プロレスの知識まではないのか首を傾げられてしまったが、ともかく鼻を貸してほしなどと訳の分からない要求には一旦従う。恐らくキカイとしてのパーツが少ないから機能が制限されているのだろう。代替品と言っても所詮は俺の身体。特別強くもないし、弱くもない。ただ本来のパーツに比べて馬力が無いのだろうとは、容易に想像がつく仮定だ。

「…………ん。理解した。じゃあ消すわね」

 マキナがその場を踏みつけた瞬間、足の踏み場もなく溜まっていた死体が一斉に流されていった。無に塗り潰されていく様子を生で見た人間は俺が最初で最後だろう。いまいち何が起きたのか把握出来なくて、立ち尽くす。

「…………何した?」

「『清浄と汚染』の規定で周りを弄っただけよ。ただ基準が良く分からなかったから貴方が嗅覚を使わせてもらったわ。不愉快に感じる臭いを発する物体は全部消して、綺麗サッパリ! これでもう安心でしょ?」

「…………凄いなお前。こんな事も出来るんだな。基準の作り方が大分おかしい気もするけど」

「大小長短濃薄は基準としては平凡よ。それに、今回のやり方は貴方の身体のパーツがあるから出来るだけ。ねえ有珠希。視界までは把握できないんだけど、ちゃんと糸は消えたかしら」

「……ああ、周りの人の分しかないよ」

 赤い糸とは運命と呼ばれる因果の流れ。生きてから死ぬまでの行動表。生きている人についているのは当然ながら、何故か死体にもまだそれは繋がっている。そしてそれが俺の視界を囲っている。

 五〇を超える死体が織りなす糸の障壁は気分を害し嘔吐に繋げるまでそう時間のかかるものじゃない。跡形もなく消え去った今は相対的にすっきりしている。一番気分を害さない方法は、やっぱり彼女を見つめる事だが。

「お前は臭くなかったのか?」

「有珠希の方が臭いから」

「え!」

 たまらず自分の臭いを嗅いでしまったが、どうしよう。自分の臭いだから不愉快にならない。臭いという気もしてこないのはいよいよ手遅れか。マキナからも離れようとしたが、手を掴まれたので無理になった。

「どうして逃げるの?」

「いや、臭いって言われたら距離取るだろ普通。悪い、そんな困らせてたなんて」

「? 臭いって言っても、だからって別に嫌いって意味じゃないわよ。有珠希のニオイ、好きだもの」

「褒められてる気がしねえ……今、そんな文脈じゃなかったし。死体と引き合いに出すのはどう考えてもおかしいだろ」

「私にとってクサイって夢中になれるニオイの事。ニンゲンには興味ないって言わなかった? 死体と貴方だったら貴方のニオイが好きって言いたかっただけよッ」

 ニコっと笑いかけて、証明するように抱き寄せられるマキナ。胸の中ですんすんとニオイを嗅いで、満足そうにスリスリしている。目の前に突如突き付けられた煌めく金髪に息を呑み、俺も鼻を近づけてしまう。


 ―――クラクラするな。


 リッチな匂いと言われてもピンと来ないだろうが、目を閉じてこの匂いを吸い込んでいるとそれだけでとても得をした気分になれる。不自然な死体の山を調べないといけないのに、二人で互いのニオイを確かめる時間が続く。

「……髪、触ってもいいか?」

「―――ええ。いいわよ」

 梳くように髪を撫でる。宝石を撫でる感覚。今なら宝石マニアの気持ちが分かる。俺はきっと、この世の栄華を凝縮した物体に手を伸ばしているのだ。

「ん……んぅっ」

 くすぐったそうに頭を振るマキナに驚いて視線が少し逸れると、赤い糸に繋がった『無』が俺達に近づいてきていた。

「…………はっ?」

 臭いもない、身体もない。だが赤い糸は確実に繋がっている。糸の繋がり方からして人型。正面から堂々と接近。他の人間は誰も気づいておらず、マキナでさえ背中を向けているから気付かない。

 それこそ俺も、視えているだけで何が視えているのか全く分からないが、そいつはバレていないと思っているのだろうか。マキナの背後まで近づくと、脇の下から手を入れてその胸を触ろうとした―――


「おい!」


 ぴくっと『手』が止まる。そんなもの見えないが、『糸』にはそう書かれている。暫く黙って様子を見ているとまた手を伸ばそうとしてきたので、今度はマキナを反対側に抱きかかえて身体を逃がした。

「きゃっ!」

「お前に言ってんだよ、変態。見えてないと思ってんなら大間違いだぞ」

「有珠希……?」

 ポケットからナイフを取り出すと、何もない場所に向かって『手』を掴み、白い糸を切断。そこには確かに何もないが、俺の視界にとって糸以上に信用出来る情報はない。

 渾身の右ストレートを叩き込み、透明人間をその場に打ち倒す。

「俺のマキナに触るな。お前みたいな奴が触れていい女じゃねえんだよ、視えてないと思ったか?」

「         」

 アア、イタイ。

 見えない物を見ようとして。この眼は直ちに焼け付きそうだ。それでも、良く分からない奴にマキナを触らせるのだけは不愉快だった。今すぐにでも殺したくなる。常識的な感性など忘れて、ただ衝動のままに怒りたくなる。

「そうか、お前か。やけに死体が多いなと思えば、ここでカップルの男の方を殺して女を強姦してた訳か。で、今度は何でアイツから狙ったんだ? 俺の方から狙わなかった理由は?」

 『胸ぐら」を掴んで、頭突きをかます。傍から見れば虚空に向かって奇行を行う変人でも、俺は至って真剣だ。ストレスがかかるなんて我儘は言わない。ちゃんとお前の『全て』を読んでやる。

「あんな美人な女性は見た事なかったから? いい眼だな。でもその眼で気づかなかったのか? 俺が視える奴だって!」



「―――有珠希。そいつ、私の部品持ってるわ。『存在』の規定ね」



「……お前も見えるんだな」

 マキナは俺の背後から透明人間を見下ろして溜息を吐いた。とことん他のニンゲンに興味関心はないと言わんばかり。とても、つまらなそうだ。

「視えるわよ。でもその話は後。向こうから来てくれるなんてね。ちょっと場所を変えましょうか」

「何するんだ?」

「そりゃ、入手経路よ。今の私はすごーく機嫌が良いから…………たっぷり時間をかけてあげる♪」

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