隣の死体は赤く視える
夜に部品を探すのは俺の眼に優しいからという単純明快な理由がある。闇雲に探して見つかるなら苦労しない。昼は幾ら田舎でも人の通りが多くて、俺は自分の眼を潰したくなるほどの衝動に駆られてしまう。
夜は空を仰がなければまあ負担は減る。マキナを見ているのも糸が存在しないからだ。それ以上に見惚れているかもしれないが、底には明確な理由がある。
―――その辺に落ちててくれる可能性が否定できない限り続くよなー。
既に全部拾われているという事が分かればこんな無駄な事をする必要もないのだが、マキナにそれを感知する機能は搭載されていないようだ。キカイだからと何でもかんでも当てにしないで欲しい、なんて言われた時は呆然としてしまった。何でもは出来ないだけで、殆ど出来てしまうなら当てにするだろう。
「それに、拾った部品の力を試すつもりなら夜は都合が良い筈よ。人通りも少なくなって、目立たなくなるし!」
「心を読むな」
「疑問に答えてあげただけなのに!」
という訳で夜を歩くのはやめられない。部品を拾う感覚とやらはいまいち把握していないが、手に入れるだけで何もかも把握出来る訳ではないようだ。すると結々芽も、手に入れた時はまず試したりしたのだろうか。
「…………結々芽もさ、先に部品を手に入れられたら生きてたって可能性はあるか?」
「十分考えられるけど、あの状況だとそんな悠長に構えてたらあなたが死んでるわ。私にはまず取らない選択肢ね」
「…………」
「そんなに気にするなんておかしなヒト。貴方は死んでないからいいじゃない」
「違う。確かにちょっとはまあ、その。心配しちゃってるけど。今は……心読めよ馬鹿!」
口にしにくい言葉も、心の中なら淀みなく言える。それが相手に届くなら本来口に出す事も怠くなるべきだ。今までの俺なら、生き残った事で調子づいてアイツを憐れむなんて行為も正当化していただろう。
ただ今は、マキナに対する負い目という側面が強い。
彼女は何とも思っていなかろうと、俺は殺させてしまった。その事がずっと引っかかっている。読んでくれて結構、それを伝える為に彼女の瞳に視線を合わせて真っ向から月の瞳に魅了された。マキナは眉を顰めたかと思うと、途端に口角を上げて俺に抱きついた。
「もう……仕方のないヒト。そんなつまらない話で悩むなんて駄目よ。私は気にしてないんだから」
「駄目だ。俺は―――」
パートナーとして、相応しい存在でありたい。足を引っ張るとか引っ張らないとかではなく、負い目を感じないような奴でいたかった。
「良く分からないんだけど、負い目なんて必要ないのよ。私はニンゲンじゃない。貴方達が気にする様な事に一々メモリを割くなんてあり得ない。相応しさって誰が決めるのかしら? 私が決めるなら、貴方はもう十分私に相応しいわよ!」
互いに絡めて繋いだ手を縦にして、掌同士を密着させる。ぎょっとして顔を遠ざけようとする俺の頭を抑えつけて、マキナは頬にキスをした。
「…………ニンゲンって、こんな愛情表現もするのよね。有珠希、もっと自信もって! 貴方は世界で一番私に優しくしてくれる、私の方がずっと強いのに大切に思ってくれる、弱いのに護ろうとしてくれる凄い人よ! だから……そんな余計な事考えないで、もっと私と楽しみましょう!」
白く煌めく月の瞳に魅入られて、気づけばマキナを皿に人気のない裏路地まで連れて壁に追いやっていた。意識しても呼吸が荒くなる。治らない。胸のドキドキは加速していくようで、衝動が収まらない。
ロングコートの中に手を滑り込ませると、部屋で着ていたノースリーブの服に辿り着く。脇から躊躇いなく手を入れると、術らかな肌に指が張り付いた。
「はぁ…………ま、マキナ。お、お前そういうのは……なあ」
「……?」
無意識で下着のホックを探す手がある。だが幾ら探せどそんな物はない。下着を着る概念が身についてないので当たり前だ。背中を撫で回されてくすぐったいのか、マキナは頬に朱を差したまま無邪気に笑っていた。
「くすぐったいわ……! 何がしたいの?」
「キスなんてするもんじゃ…………ない!」
戻った理性が手を引っ込める―――或いはその直前で、マキナの手が引き留めた。
「抱きしめて」
「えっ―――いや、俺は」
「貴方の心の音、もっと聞かせて欲しいな♪」
今度はコートの上から健全に抱きしめる。だがその感触は全く以て理性に悪かった。身体に押し付けられる豊満で柔らかく、またこんな寒い夜には代えがたい暖かさ、滑らかな肌は陶器とも言われるが、そこに付随される冷たさもなく、心臓は俺を遥かに超えて脈動している。
それは元々シキミヤウズキの物なのに。自分自身を嫌いになる心臓などないかのようではないか。
「ね、有珠希」
「…………」
耳元で、悪魔か女神か、またまた機神か。甘く誘うような惑いが囁かれる。
「今日は収穫が無くても、もうちょっとだけ私と一緒に居ない? 帰さないなんて我儘は言わないからッ」
「…………それは。その」
「何もしなくていいわ。部品集めじゃなくて、私の為に。五分だけ……十分? もしかしてニ十分でも……いいえ三十分!」
「ぎゃ、逆だろ馬鹿! そういう譲歩はどんどん時間を減らしてくもんだ! 俺にだって人間の生活ってもんがあるん…………………」
顔を離して正気を取り戻したつもりが、既にそれが決まっている事を確信しているかの様にワクワクする彼女の顔を見たら何も言えなくなった。
「…………分かったよ。でも、ちゃんと帰るからな」
「うん! 有珠希、有難う!」
衝動的な間違いを利用され、何やら妙な約束を取り付けられた気がする。こういう場面でもマキナには敵わないな、なんて考えながら因果から部品を探る時間は再会された。
長い間見つめ合っていたせいか、ストレスは緩和されている。
「でも収穫があるのが一番いいよな。お互いに」
「お互い?」
「お前の力が戻ったら、あの未礼紗那って奴にも勝てるんじゃないか?」
「それは……まあ」
平静を装って他愛もない話を続けているが、直前の行動はマキナ以外の女性ともう少しまともな交流があれば抑えられただろう。俺が他の女性に見惚れないのは糸のせいであって、そこを一時的にでも考慮しないケースは牧寧のように好意的であるかが条件だ。
現状、妹を除けば『楠絵マキナ』しか好意的でいてくれる女性が居ない。だからこんな風に行動がおかしくなる。
足元の死体を避けて大通りに出る。交通事故の影響か、ここには犬や猫の死体の他、転落死にも似た死体がごろごろ転がっていた。ただ、それはハイスピードに突っ走った車と激突した結果生まれた死体だ。赤い糸を視れば何となく分かる。
「夜だからか昼に死んだのを放置されたか知らないけど、認識出来ないのって最悪だな。町はこんなにも死体だらけなのに」
「でも、見えないなら仕方ないわ。それは誰にも救えない。救いようがないなら無視をする。今はそれが正しい世界の在り方でしょ?」
大通りを抜けて、河原に沿った道へ移動する。こんな辺境には空を遮る程の大きな建物はない。月が視えるなら、ここは最高の見通しだろう。ただ、転がる死体が邪魔でしかない。また、たまにすれ違う人は例外なくマキナの美貌に視線を奪われて立ち尽くすのも滞在し辛い雰囲気だ。
「次行くぞ」
「……?」
見せびらかすようで気分が悪い。コイツの美しさは、俺だけが知っていればいいのだ。
今まで寄っていた公園とはまた違う公園……噴水のある茂上公園に立ち寄った。デートスポットとしてそれなりに有名だ。厳密にはデート中の憩いの場として。ただ、仮に俺に彼女が居てもここには近寄りたくないと思う理由がある。単に他のカップルと遭遇するのが気まずい。
「うっ……」
「有珠希?」
あまりのストレスに眩暈がする。公園に張り巡らされた無数の赤い糸の存在は、たとえ俺以外がみえなくても異常事態である事に変わりは無かろう。
「マキナ」
「何?」
「死体が多すぎる。この先、誰か居そうだ」
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