機密の愛
「それじゃあ改めて、説明しましょう! ホワイトボードも買ってきたから、出来る限り分かりやすく伝えたり伝えなかったり!」
「ハッキリしろよ」
「ニンゲンに興味はないって言ったでしょ? 知ってるのは飽くまで表面的な情報。でも貴方はそれすら知らないみたいだから。本当に生きてた? 私を散々馬鹿にする有珠希が何も知らないなんて」
「うるさいなあ。知らないもんは知らないんだよ。そんな訳で頼むよマキナ先生。俺にどんと教えてくれや」
実を言えば未紗那先輩からある程度は聞いたのだけど、立場の違いからくる説明の相違を理解したい。
―――出来れば心を読まないで欲しいな。
恐らく任意だと考えている。心を読まれると凄く都合が悪いのでお願いするしかない。考えないようにするのは無理だ。この事を話題にするとどうしても心には過る。
マキナは『先生』と呼ばれた事が嬉しかったのか、博士帽と眼鏡をつけてホワイトボードに図を作成した。気づいてなさそう
「まず私の事だけど……キカイね。自分でも自分の事は良く分かってないけど……まあ、ニンゲンを取って食ったりはしないから安心して?」
「それは大体分かる。じゃなきゃ俺はもう死んでるもんな。その……」
悩む。来た目的を聞くべきかどうか。マキナがここに来た目的と俺の視界を治す事は一切関係のない事だ。そこで尋ねるというのは、もうメサイア・システムに干渉されたと白状する様なものだ。
「キカイって、結局生きてるのか生きてないのか?」
「分かりやすく言うと、データの塊って所かしら。今の私は人間を模倣した物よ。ただ、模倣しただけで何から何まで機能が一緒って訳じゃないわよ。飽くまで目立たない為にそれっぽく取り繕おうとした結果よ」
「目立たない為…………?」
うっそだあ。
こんな美人は居ないし、そもそも金髪は目立つし、銀眼なんてもっと目立つし、普通の人間はこんなに胸が大きくない。FとかGとかでは済んでないぞ。諸々含めて目立たない為というのはどうも価値観がおかしい。これで目立たないと思うなら今すぐに眼科でも受診した方が世の為人の為というものだ。
「だから生きてはいないわ。今は有珠希の身体を使ってるから生物の割合が強いけどね。それに、部品の力は頑丈じゃないと耐えられないわ。貴方も薄々分かってると思うけど、あれは世界のルールを改定する力。よっぽど強靭な人じゃないと、心も体もおかしくなっちゃう。過ぎた力は身を亡ぼすって奴?」
「そんなもんか……」
「『傷病』の規定を持ってた奴もおかしくなってた筈よ。あんな悪辣な事考えるんだもの」
質問は終わった。核心は突いていないが、マキナの事を知られただけ良いと思う。好きな奴の事を何でも知りたいと思うのは自然な流れだと思うから。
「話を続けるわね。メサイア・システムはこの善人だらけの世界の筆頭ね。人を助ける事を最善とする集団。私みたいなキカイを目の敵にしてるっぽいけど、別に何もしてないし……良く分からないわ」
「ざっくりしすぎるな」
「興味がないから仕方ないじゃない。でも鬱陶しい羽虫くらいには思ってるかしら。有珠希にこれ以上手を出すつもりなら……駆除しようかな♪」
「おい」
「あの女に接触されたでしょ?」
声を失った。
いや、驚いているとかではなくて、純粋に声が出せない。何かとてつもない力が喉にフィルターをかけて音を消している。
「いいわよ、別に。有珠希は私を信じてここに来てくれたんでしょ? だったら許すけど……あんまり干渉しないで欲しいのよね。邪魔だから」
「…………」
「あ、ごめん。もう出していいわよ」
「邪魔って言われてもなあ! 俺から会いに行ってる訳じゃないんだぞ! あっちから接触してるのにどうやってやめろって言うんだよ! だってアイツ学校に居るんだぞ!」
俺は悪くない、と全面的な抗議の姿勢を見せる。会うつもりもなかったのに追い詰められた。マキナが近くに居ない状況では圧倒的に分が悪い。キカイをつけ狙う人間は、たとえ糸が視えなくても俺を殺すには十分すぎる力を持っているだろうから。
「ん~そっか。普段なら建物ごと破壊するんだけど、貴方の生活を邪魔するつもりはないのよね。そっかそっか。ふーん。へー」
マキナは露骨に機嫌を悪くして頭の上で電撃を散らしている。こういう超常現象を見るだけでもニンゲンじゃないのは分かっているつもりだ。それでも異性として見てしまうのは、底抜けの明るさと俺に向けてくれる無上の優しさ、何より女神の如き美貌と病みつきになりそうな肉体。そして糸がついていない。
だから、一日中見ていても楽しい。
「分かった。こっちで対策してみるから、有珠希は気にしないで? それで、メサイア・システムの説明はもうないのよね。強いて言うなら構成員が多いくらいかしら。あの女みたいに強い奴ばかりでもないから、そこは安心していいわよ」
それは安心していいのだろうか。
数は力だ。別に弱くたって人間には脅威。マキナには関係ないのかもしれないが。
「質問、あるかしら」
「あーえっと………………いや、今はないかな」
聞くのが怖い。
下手したら命を失うかもしれない恐怖もあるが、何よりマキナがここに来た目的を知ってしまったら……脳が勝手に別れの時を逆算してしまうかも。
俺は怖い。
何よりも、今は恐ろしい。
マキナが離れて行ってしまう事が。
部屋での雑な説明会も程々に、夜の部品探しは今夜も決行された。
と言っても当てがないのでただ歩いているだけだ。俺の視界がマキナにとっては頼りになる。因果の糸は建物に阻まれようとも上を視れば生物の存在を明らかにする。また、それがただならぬ挙動をしていればそいつが拾得者という事になる。
『強度』の時みたいにマキナと糸が繋がればそれも良し。
「夜は寒いな……」
息も白む今日この頃。クリスマスも近いなら仕方ない気持ちになる反面、寒いものは寒い。厚着はしてきたが、顔は晒したままだ。ポケットに手を入れて寒さを誤魔化しているが、気休めにもならない。
「たまたま道端に落ちてたりしたらそれがいいんだけどな」
「私も最初はそう思ってたけど。案外拾われちゃってるのかしら。欲が深いのね」
一つくらいそういう事が起きてもいいだろう。俺はこんなにも苦労しているんだから。マキナは手袋をしているが、これは別に寒いという事ではないらしい。お洒落のつもりだとか何とか。
「なあマキナ。つまらない事聞くんだけどさ」
「何?」
金色の髪が視界に割り込んでくる。マキナは後ろ手を組んで上目づかいに俺の質問を待っている様子。心なしかワクワクしていた。
「お前と俺は……パートナーだけどさ。やっぱりニンゲンその物には興味ない訳で……俺が俺じゃなかったら、興味ないままだったか?」
「どういう事? 有珠希が有珠希じゃないって……幻影事件みたいな話ね」
…………幻影事件?
「でも興味は無かったと思うわよ。貴方に目を付けたのも元々は変わってたからでしょ?」
「…………そうか。いや、何でもないんだ。気になっただけ」
普通を求める俺と、普通ならば祝福してくれた世界と、普通じゃないから歓迎してくれるマキナ。何を信じて何をよりどころにすればいいのか。時々不安になる。俺は間違っているのかそうでないのか。もしも間違っていたならどうすれば良かったのか。
やり直しはない。人生は一度きり。それはこんな力があっても変わらない。
「マキナ」
「ん?」
「手、繋ごう」
「…………ええ! 繋ぎましょうか!」
彼女は俺と近い方の手袋を脱ぐと、片方を俺に渡して、互いに素手で指を絡めた。束の間の恋人気分。多分こいつは意味なんて知らない。
「…………お前の手、暖かいな」
ならばせめて後悔しないように。この選択が間違っていたとしても心残りのないように。
手を繋ぎたかったから、繋いだ。
「~♪」
その横顔は三日月を思わせる美しさであり、ある種絵画のような芸術に満ちていた。
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