白き金色の煌華

 公園に行ったのは、単にあまり人気の多い場所に行きたくなかったが、それはそれとしてある程度楽しい場所にも行きたかった事情がある。顔の変形が自然に回復するまで(マキナが手動で治さないのは、失敗する自信があるらしい)時間を潰したい。夜に顔が治れば最高だ。


 でも暇なのは嫌だ。この我儘な願いを解決してくれるかもしれないのがこの場所だ。一応案内にもなるし。


「ここが公園だ。説明するのも馬鹿らしいな」


 そもそもマスクは輪郭を誤魔化す為に着けているが、これだと傍からは体調が悪いか防寒対策の念入りな奴だ。後者はまだしも前者の認識は困る。煙たがられるという事はそれだけ注目されているという訳で、そうなると必然、歪んだ顔に気づかれる恐れがあると言うか。


 自分の顔が特別優れているとか言うつもりはないが、あり得ない方向に歪んだのをわざわざ人に見せたいとは思わない。自分でも醜いと思ってる物をわざわざ見せつけるのは、もう特殊な趣味でしかないだろう。


「ここって憩いの場って奴でしょ? それにしては随分人が少ないのね。もっとにぎやかだと思ってたわ」


「流石に公園行くよりは面白い事が沢山あるからな。商店街もここじゃ人が居る方だけど、都心に比べたら一ミリもそんな事ないし」


「あれでも人が少ない方なんだ! 多く感じたのはこの町が狭いから? 私には関係ないけど、ニンゲン達は色々と物を見失いそうね。有珠希も私と離れたら見えなくなっちゃうのかしら!」


「糸が視えない奴を見失うなんてあり得ないよ」


 そもそもお前しか、目に入らない。



 そこまでは、口に出さないが。調子に乗られても困るし。



「せっかく来たし、たまには童心にかえって遊ぶのもいいかな。お前どれで遊びたい? あんまり遊具が多い公園でもないけど」


「ん~今はブランコな気分かも! 丁度二人分開いてるし、乗りましょうよ!」


「……ブランコを知ってて公園を知らない? お前の知識偏りすぎだろ。どうなってんだよ」


 さしもの人気の多からぬ公園と言えども、外国のアイドル(俺的にはそれでも全然足りない表現だ)みたいな女性が現れてざわつかない道理はない。如何に美人と言えど人混みの中では紛れるが、ここは人混みではないし、そもそも金髪銀眼が目立たないような国ではない。


 マキナはそんな視線など意にも介しておらず、慣れた足つきでブランコを蹴り上げた。


「知識と経験は別なのッ! 有珠希も早く!」


 高校生にもなるとブランコで無邪気に楽しむ事は出来ないというか、それよりももっと楽しい事を知っているから楽しめないのだが。それは普通の人間の話で、俺の場合は昔から見える糸のせいでそもそもゲーム以外のあらゆる出来事にストレスがかかっている。


 こういう言い方は好きじゃないが、ゲームはフィクションなので糸が繋がらないのだ。それは元から見えた赤い糸も、急に見えるようになった白い糸も例外ではない。


「……仕方ない奴」


 ここで生じる当然の疑問は。



 楠絵マキナはフィクションなのかどうか。



 フィクションみたいな美しさと、底抜けの明るさが合わさって最強に見える。こいつが人間じゃないのは理屈として分かるが、それでも顔を見続けているとどうしてもドキドキしてしまう。俺にとっては女の子にしか見えない。


 彼女がフィクションならこんな楽な話はなかっただろう。ストレスのかからない存在に俺は自分勝手だ。こんなに近いなら胸に手を伸ばし、脚を組ませて身体を押し倒して―――


 だがそんな事は出来ない。胸を鷲掴みにして指が沈み込む感覚がどうのこうの、全ては妄想の中だ。マキナは糸こそ繋がっていないが決してフィクションじゃない。


「楽しいわね、有珠希!」


「久しぶりにやると―――足の辺りが辛いかもな!」


 鎖越しに手を繋いで、二人でギアを上げていく。ただ揺られているだけなのに、隣で歓喜の声を上げながら目一杯楽しもうとする彼女を見ていると、不思議とこっちまで気持ちが高ぶってくる。



「―――なあ、気のせいかな! お前と手を繋いでるせいでなんか速度が上がってる気がするんだけど!」



「まさか! 気のせいよ!」


 世間知らずのポンコツキカイは、知識の偏りが著しいとは思っていたが、自分自身の事にも詳しくない様子。ふと彼女の蹴る足元に視線をやると、局所的に陥没していた。それはもう、不自然に。草木を無視して地面が直接靴の形にめり込んでいる。


「ちょっとストップストップ! 待って、これ以上は怖い! やめて! やだ!」


「―――可愛い所あるじゃない!」


 繋がっていた手が離れたのも束の間、マキナはブランコからはじき出されるように飛び上がると、鎖の繋がった支柱に手を掛けて反転。孤を描いて俺のブランコに飛び移ると、覆い被さる様に抱きついてきた。


「ぐもううふふふふううううううう!」


「もーっと速度を上げていきましょう! 手伝ってあげるからちゃんと蹴って!」


「ぐむううううううううううう!」


 呼吸が出来ない。



 胸の谷間に顔が埋められて、沈んでいく。ここは底なし沼か?



 

 ―――ああ、俺が間違ってた。




 そうだよな、キカイに常識や倫理なんてある訳がない。


 まさか下着を着けていないなんて思わなかったが、考えてみれば当然の事だ。人間っぽい姿でも、人間でないなら下着を着けようという常識も生まれない。衣服一枚を通して、俺の呼吸が塞がれているこの場所は―――


















「あー楽しかった!」


「ふざけんな馬鹿…………窒息するかと思ったぞ」


 四〇分を気合いで耐えた俺を誰か褒めろと言ってやりたい。ブランコに乗っていただけなのに何故頑張って呼吸を確保しようとしていたのか。身体に感じていた速度は途中から全くの無であり、恐れなど無かった。


 さてその反動だろうが、自分の身体が必要以上にのろく動いているように感じる。顔を上げると、マキナの胸に遮られて視線が一致しない。膝枕されている事に気づいたのはその瞬間だった。


「…………! お、俺もう大丈夫だから……!」


「ダーメ。どうでもいいウソは吐かないで。こんな近くに居るから分かるわ、貴方の呼吸が不安定になってる事くらいね。まだ休んでなきゃ駄目よ」




 腰と胸に視界を遮られていれば糸も視えないからストレスケアもバッチリと。



 阿呆か。


 こんな至近距離にあったら否が応でも感覚を思い出してしまうではないか。どうにか呼吸をしようと顔を動かした時に触れた固い感触の正体とか、何処に動かしても張りがあって柔らかくて、段々それ自体が病みつきになってきた事とか。


「うがああああああああああああああ!」


「きゃあッ!」


 ベンチから転がり落ちると、頭を掻きむしって力の限り叫ぶ。変人と見られようが知った事じゃない。マキナと触れ合ってからこんな事ばかり考えてる自分に嫌気が差してきた。


 他のどんな女子、人間と出会ってもこんな事は考えなかったのに。それよりも先にストレスが先行するからどうあっても自分は清廉な人間であると胸を張って言えたのに。



 フィルターがないからって、こんな。おかしくなるものか!?



「有珠希、大丈夫?」


「大丈夫じゃなああああああい! ああ、俺は…………クソ、何でこんな事に」


「―――変な有珠希。やっぱりニンゲンって分からないわね」


 マキナは困ったように月の瞳を瞬かせ、不思議そうに変人を見つめている。衝動的な奇行に理性が満足して、俺も元の自分を取り戻した。またベンチに座り直すと、少し距離を取ったつもりが彼女は身体を傾けて直ぐに密着してきた。


「ね、次はあれで遊びたいわっ」


「グローブジャングルな。子供みたいな奴。案内なんだからそろそろ外の場所まで行っても良いと思わないのか?」


「そうだけど、有珠希と遊ぶのって楽しいから! 夜までまだ全然時間もあるし、ここで我慢するのは損でしょ? ね、ね、いいでしょ? 今度は怖がらせないようにするから~!」


「怖がってなんかねえよ! 俺がいつ何を怖がって―――」


 手を股の間に突いてまでぐいぐい詰めてくるマキナを追い返すのに苦しんでいると、何か妙な視線が―――気になった。いや、確かにそれは視線だったのだが、そこまで敏感な人間じゃない。


 過剰反応たらしめたその理由には、白い糸が絡んでいる。何故か俺の横顔に向かって糸が繋がってきたのだ。





 糸の先には、藍色のダウンジャケットとダメージジーンズが特徴的な、ツインテールを耳の長さで揃えた少女が―――俺達を見つめていた。





 糸を払うと、少女が視線を逸らして、立ち去ろうとする。


「おいマキナ、あれ」


「ん?」


 一瞬たりとも目は離さなかったが、少女は歩き出した瞬間に消えていた。だからマキナがそちらを見た時にはもう誰も居ない。同じ方向に老人は居るが、彼は孫と遊んでいるだけだ。


「き、消えた……? お前、見てない。見てないよな。そうか。でも気のせいじゃないんだ! 白い糸を俺に向けて出してる奴が急に消えた! 俺が気づいたら逃げたんだよ!」


「ほんとに? じゃあ有珠希、ちょっとこっち見てくれる?」


 マキナに両肩を固定され、強制的に向かい合わせにされる。至近距離で見る顔の、なんと美しい事か。金銀財宝、その輝きの権化。月の瞳に自分の顔が映っている。


 客観的に見ても見惚れていて、間抜けな顔だった。


「ち、近い」


「静かに」


 暫く見つめ合っていると、満月をスクリーンに先程の少女の顔がマキナの瞳に浮かんだ。


「あ、コイツだ! コイツが見てたよ!」


「…………部品、持ってる可能性が高いわね。何の部品かはちょっと絞りにくいけど。追ってみましょうか」


「追えるのか?」


「―――丁度いいから、私の凄い所を有珠希に見せてあげるわッ。もうポンコツなんて馬鹿にはさせないんだから!」


 キラキラした笑顔を浮かべて、彼女は俺の手を握った。ちゃんと、人間の女の子くらいの、優しい力で。





「期待してもいいんだからね、有珠希!」




 

 

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