第34話
「朝美、よく噛んでね」
今日の八並家の子供たちの朝食は、小さな赤いウインナ二つだった。それに目玉焼きだ。のどに詰まらす心配はないと思うのだが、もう七歳になっていた。
兄の健次はとっくに食べ終え、中学だから自転車で学校に行った。姉の春美、八歳は食べ始めている。
「お父さんは?」
と春美。
「もう、会社に行ったわよ」
由紀子は箪笥の上の時計に目をやった。八時を回っている。もう会社に着き、仕事を始めている時間だった。
「いいから、早く食べなさい」
イライラしているわけではない。毎朝、こんな調子なのである。でも、
(変・・・可笑しい)
のである。その原因は、由紀子にもはっきりと分かっていた。
一つは、寄合橋の下で見つかった身元不明の遺体、
もう一つは、さっき耳にした副田理々子が行方不明になったという。二三か月前にいなくなった一人の女の子も、まだ見つかっていなかった。鈴村理穂である。
こんな田舎・・・本里のような所で起こるような出来事ではない。
「先に行っているからね」
春美が出て行こうとするのを、由紀子は止めた。
「春美ったら、ちょっと待ちなさい」
由紀子は声を荒らげた。
(もし・・・)
考えたくない。でも、
「この子は・・・」
由紀子の脳裏には、朝美のスカートに付いていた赤い斑点がこびり付いていて離れない。
「もう・・・何もない」
と思う、あんなことは・・・。由紀子はそう思いたかった。
「もう、すぐだから、待っててよ」
「朝美、早く、しな」
春美は妹を急かした。
姉の春美が朝美を連れ、集合場所の桜の木の下に着いたときには、みんなは学校に向かっていて、誰もいなかった。
「明日は、もっと早く食べなさいよ」
春美は少し怒った素振りを見せた。
「ごめんなさい・・・」
朝美は言い返したかったが、何といったらいいのか思いつかなかった。だから、謝るしかなかった。
「今まで、あんたのために集合時間に何度も遅れたことがあるんだからね」
「分かってるって・・・」
その度に、春美に手を引かれて、何度も学校に行っている。朝美には聞き飽きた春美の小言だった。一応、春美は言いたいことだけ、言う。後は、二人とも学校まで黙ったままである。
寄合橋にかかると、朝美は立ち止まり、川を覗き込む。
「やめな。行こう」
春美は握っている朝美の手を強く引っ張った。結局、今日も二人だけの登校となったのである。
「痛いよ!」
この時、朝美は顔を背けた。
「あっ・・・ウサギさんだ・・・」
彼女はポツリと呟いた。
「何か・・・言った?」
「ウサギさん・・・すごっく大きいの」
「馬鹿なことを言っちゃ・・・だめ」
「本当だよ、見て」
春美は朝美が見ている方に目を向けるが、それらしきものは見えない。
「いないじゃないの」
朝美がちょっと目を背けた時に、そのウサギはいなくなっていた。
「いいから・・・行こう」
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