1126 天使の住む家
「アンジェリナ!」
リチェルカが叫ぶと、中庭で異形の姿をした何かがこちらを向いた。
「リチェ・・・ルカ・・・」
「アンジェリナ。それがあなたの名前ですよね? アンさん。」
「・・・・・・・・・私が・・・アンジェリナ? 違う、私は・・・・・・・・・」
「間違いありません。あなたも見たでしょう? あの研究室に転がった人体パーツ。人形の、黄金の瞳、白くしなやかな腕、輝く髪・・・どれも美しいあなたと同じものです。あれはあなたの
「で・・・・・・・・・も・・・・・・・・・。」
先ほどまでと変わらぬ、アンジェリナの姿に形を変えながらも彼女はまだ、困惑した表情を浮かべていた。
「ねぇ、アンジェリナ。もう、すべて忘れてしまったらどうですか?」
「忘れる?」
「そう、忘れましょう。あなたの事を【悪夢】と言った父親の事なんて。」
「・・・嘘! パパがそんな事言うはずない。だって、パパは・・・パパは・・・」
「愛されていると信じていたかったんですよね。だからあなたはそれを探していた。でも違う。あの男はあなたを捨てて逃げ出した。事実はあなた自身が結論付けた通りです。だからこの屋敷に住んでいたドロテアという哀れな少女も、狂った父親の事も、皆忘れてしまったらいい。あなたがそんな二人の幻影にいつまでも囚われている必要はありません。だってあなたはアンジェリナなんですから。」
「・・・・・・・・・。」
「あなたは、ドロテアの父親に作り出されてからずっと、ドロテアの世話を続けてきた。それが、あなたが命じられた全てだったからそれを遂行した。でも、もうドロテアはいない。ならあなたは自由になるべきです。」
「そうだとして・・・そうだとしても・・・」
深い悲しみの中でもがき続ける彼女の手を、リチェルカはそっととって引き寄せた。
それがきっと、最初で最後のチャンスだと思った。だから嘘でもいい。彼女をこの場にとどめておくために、リチェルカは言葉を紡ぐ。
「だったらこれからは僕の為に生きてくれないかな。アンジェリナ。」
「え・・・」
「出会った瞬間から、ずっと君に恋をしていたんだよ。美しい君に。」
「嘘・・・リチェルカは・・・私の事なんて」
「嘘じゃない。僕は君の為に生きたい。だから、君も僕の為に生きてほしい。心からそう願っている。」
「でも、それじゃリチェルカ、あなたは・・・」
「どうせ、全てが嫌になってここへ来た身だ。空虚な心を君は埋めてくれた。そんな君の側にいられるのなら、僕はそれで構わない。僕が君がここに留まる理由になる。だから、僕の為に、ここにいてアンジェリナ。」
「リチェルカ・・・」
アンジェリナの姿がはっきりとそこに蘇る。
「裏切らないでくれる? ずっと側にいてくれるの?」
「約束する。だから、僕を君の側において。」
コクンと頷いたアンジェリナの唇に、そっとキスをすると、生ぬるい風が吹いて廃墟が再び色がついていく。
物が散乱した研究室も、白骨体のあった子ども部屋も無くなった二人だけの美しい屋敷で、リチェルカとアンジェリナは何者に邪魔されることなく愛し合う。永遠の時間を、ただお互いの存在だけを感じて・・・。
***
とあるバー。開店準備中の看板をものともせず、一人の男が入店のベルを鳴らす。
その悪びれなさにあきれつつ、店主の女はいつもの酒を彼の前へと差し出した。
「あら、今日はとても機嫌がよさそうね。あの洋館、結局取り壊す事が決まったって聞いたから、てっきり残念がっているのかと思ったのに。まぁ、遺体が2体も出たんじゃ、流石に買い手はつかないものね。」
「残念ながら。しかし収穫はありました。なかなか面白い物語が見られましたよ。」
「そうよかったわね。・・・ところでそれは、白骨体に絡み合う男の遺体という噂に関係ある話なのかしら? もし本当なら気味の悪い話だわ。」
「そうですか? 私はそうは思いませんよ。彼、あるいは彼女はきっと、探し物を見つけられたのでしょう。たとえ誰が何と言おうと、二人が幸せであるのなら、それは美しい結末であると言わざるを得ません。」
「あなたが言うのなら、そうなのね・・・。じゃぁ、美しき深愛に乾杯。」
「えぇ、乾杯。」
――― 絡み合う遺体。これはまた面白い表現をされたことです。
そう、彼女と彼は、引き離すことは困難なほどに融合してしまいました。ですから、私は二人の仲介人として、一つとなった彼らを丁重に葬ることにいたします。エーデルワイスの咲き誇るどこか小高い山の上に。
ED 天使の住む家
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