第五話 あなたの名前はアンジェリナ

 とにかくいったん休もうと、手近な部屋に入って椅子に腰かける。

 なんとなしに入ったその部屋は、どうやら客室のようで、部屋の入り口には可愛らしいウェルカムフラワーが飾られ、テーブルにはこじんまりとしたお茶とお菓子のセットが用意されていた。


「どうぞアンさん。これでも飲んで落ち着いてください。」


 お茶を入れて差し出すと、アンは何も言わずにそれを手に取り、呼吸を整えながらゆっくりと口を付ける。


「・・・リチェルカさん、マクレーン博士は薬の開発をしていたって言ってましたよね?」

「はい。とても素晴らしい功績を残した方です。」

「じゃぁあの、襲ってきた化け物は、治験で亡くなった・・・」

「いえ、あれは球体関節人形でした。本物の人間ではないようですよ? ただ・・・」

「なんですか?」

「博士の本棚の一部が、錬金術や、死者蘇生といったものであったことは確かですから・・・人体製造実験に関する考察などもありましたし、否定はできません。」

「うぅ・・・人体実験・・・していたんですかね・・・もしかして、実験の被害者たちの幽霊に閉じ込められているんだとしたら・・・いや、もしかしたら博士の幽霊が私たちを実験体にしようとして・・・」

「・・・大丈夫ですか? 分からないことを無理に考えるのは止めましょう。」

「・・・ですよね。」


 しかし、話のタネが無くなってしまうとそれはそれで気まずいもの。恐ろしい思いをしたアンは明らかに、フラッシュバックで苦しんでしまっている。何とか気持ちをそらせないかと、リチェルカはあたりを見回し、ウェルカムフラワーに目を付けた。


「ところでアンさん。この花が庭にあったかどうか覚えていますか?」

「・・・エーデルワイスですか? 確か庭にはなかったですね。」

「そうですか。」

「・・・か・・・?」

「どうでしょう。ただ、これだけが庭の花ではない理由は少し気になります。」

「理由・・・そういえば、使用人の部屋にあった絵画もエーデルワイスの咲く丘でしたよね。使用人の好きな花だったのかもしれないです。高い山に自生するだけあって、暑さにも弱さにも湿度にも弱いですから、なかなか多種の咲く庭で育てるのは難しいんですよ。」

「そうなんですね。」

「・・・。」

「・・・。」


 会話が終わってしまった。リチェルカには、これ以上の会話の弾ませ方が分からない。それを察したのか今度はアンがリチェルカに話しかけた。


「ところで、リチェルカさんはいったい何を探しにここへ来たんですか?」

「分かりません。ただ、しいて言うなら・・・・・・・・・「天使」でしょうか。」

「・・・リチェルカさんって、結構スピリチュアル系ですよね。神隠しとか天使とか。とても冷静で現実主義っぽいのに。時々そういうことを言うので、面白いです。」

「別にそういうつもりはないのですが・・・。ただ、どれだけ現実で堅実に生きていても、それだけでは説明できない「何か」というものは必ず出てくるんです。それは、人というものが不完全であるが故、仕方がない事です。そういうものを説明する言葉が、神隠しであり、天使である。ただそれだけですよ。」

「・・・なるほど、私には難しくてよくわかりません。ただ・・・」


 アンは立ち上がり、ウェルカムフラワーからエーデルワイスの花を一輪抜いてリチェルカに差し出した。


「知ってますか? エーデルワイスって、天使の花って言われているんですよ。」

「天使の?」

「はい。なんでもその昔、天界で幸せに暮らしていた天使が幸せに飽きて、人間界へ苦しみを求めて降り立ったんです。でも、人間界の苦しみは想像以上でたえられず、だから天使は高い山へ逃げて、そこで花になったそうですよ。前にパパが教えてくれました。」

「・・・それは、僕の探している天使ではない気がします。」

「そうですか。残念です。では、リチェルカさんの天使はどんな方です?」

「それは・・・・・・・・・」


 アンからエーデルワイスの花を受け取って、リチェルカはしばらくそれをじっと見つめた。


「まだ、分かりません。」

「そうですか。」


 答えたリチェルカにアンが少し寂しそうに微笑むと、エーデルワイスは煙にのまれ、破れた日記の一頁へと姿を変えた。




 〇×年 11月 26日


 今日は嬉しいことがあったの。パパが私にお友達を作ってくれた。

 最近私が、お薬を飲む時にこぼしちゃったり、立とうとして転んじゃったりするのを気にしてたんだって! 新しいお友達は、そんな私を助けるために作られたホムンク?っていうらしい。まぁ、そんなのどうでもいいわ。

 今日、一緒に遊んだんだけど、力持ちで、何でもできて、いろんなことを知っていて話も面白くて最高のお友達!! 名前を付けてあげなさいってパパに言われたから、アンジェリナって名前にしたの。綺麗なあなたにぴったりでしょ? お友達のしるしに、昔パパからもらった天使の花で作ったしおりをプレゼントしたんだよ。宝物にしますって喜んでくれたよ。 これからよろしくね、アンジェリナ。


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