第四話 大好きなパパ
日記に気を取られているうちに、猫も小鳥もどこかへ消え、中庭には静寂が訪れていた。そう広くはない中庭を一通り散策し終えて、リチェルカとアンはガーデンチェアに腰掛ける。
「お茶とお菓子、召し上がりますか? リチェルカさん。」
「いえ、僕は紅茶も甘いものも苦手なんです。お好きでしたらアンさん、どうぞ。」
「そうですか・・・」
リチェルカが断ると、アンは残念そうにティーポットを傾け、自分のカップに紅茶を注いだ。周囲の花々に負けない芳醇な香りが、カップに注がれた紅茶から香り立つ。
黄金の瞳、色白の肌、華奢な細腕、日の光に照らされてキラキラと輝く髪。凛とそこに座って、庭の花を眺めながらお茶の時間を楽しむアンは、どこぞの貴族令嬢のようで、リチェルカはその所作に目を奪われていた。
「あの何か? あ、やっぱりリチェルカさんもお飲みに―――」
「あなたがあまりに美しくて・・・」
「え?」
「あ・・・いえっ、なんでもありません。失礼な事をっっ 失礼しました。」
「・・・・・・別に・・・失礼ではないかと・・・・・・」
「・・・・・・」
突然放たれたリチェルカの一言に妙な空気が流れてしまい、アンは庭の花を眺めようと横を向き、リチェルカも居たたまれなくて明後日の方向に体を向けた。
意識しないようにすればするほど、お互いの出すかすかな物音が耳について、中々向き合えないでいる二人。そんな事はお構いなしに、屋敷の主は二人を導くように次の兆しを見せた。
「あ・・・?」
「な、なんですか? リチェルカさん。」
「いえ、今・・・2階の部屋に人影が・・・」
「ドロテアの部屋ですか?」
「いえ、その隣です。」
「え・・・あの部屋に・・・行くんですか?」
アンの声が急に強張るが、無理もない。その部屋は、厳重な鍵が幾重にもかけられていて、しり込みしてしまうほど異質な雰囲気をまとっていたのだ。
「この場所に入ってはいけない」そう、本能が叫ぶような部屋。きっとよくないことが起こる。
「アンさんはここでお茶を飲んでいると良いですよ。僕が様子を見に行ってきます。」
「いえ、私も行きます。もしリチェルカさんに何かあったら私・・・また一人になってしまいます。そんなの嫌ですから。」
リチェルカに続いてアンもたちあがり、彼の後を追う。二人がその部屋にたどり着くと、扉にかかっていたはずのいくつもの鍵が、全て壊され、床に散らばっていた。
様子を伺うべく扉を開くと、薬品の香りが鼻を突く。すかさずアンが、ポケットからハンカチを取り出してリチェルカに差し出した。それをありがたく受け取って、リチェルカは部屋の中を覗く。
棚に置かれた様々な形のガラス瓶、テーブルの上でコポコポと沸いている謎の液体。その隣ではグロテスクな色をした謎の固形物が火にあぶられ煙を上げている。
「研究室・・・のようですね。」
「誰かいます・・・?」
「いいえ。人の気配はしませんが。とにかく中に入ってみましょう。アンさんはどうしますか?」
「・・・・・・・・・行きます・・・。」
ガタガタと足を震わせながらも、アンはリチェルカに続いて部屋に入った。
天井につくほどに高い本棚に押し込められた大量の本。机に散らばる紙とペン。殴り書きの文章。
その内容は、どれも薬に関するもののようだ。
「マクレーン博士のサインがある・・・ここは、博士の研究室に間違いない様ですね。しかし、妙ですね。この部屋、外から見た時はもう少し広く見えたのですが・・・」
「・・・・・・・・・。」
「アンさん? 大丈夫ですか?」
「す、すみません。なんだか先ほどから視線を感じて・・・やっぱり誰かいるんじゃ? この本棚の奥・・・」
怯えているアンの代わりに、壁に合わせて作られている本棚の本を試しに1冊抜いてみるリチェルカ。
するとそこにはもう一つ部屋があったのだが。
「うゎっっ アンさん逃げて!!」
ガサっと音を立てて、リチェルカの開けた穴から真っ白い華奢な腕が突き出した。
――― カエシテッ アタシノメ アタシノ カエシテ カエシテ
「きゃーっ!!」
本棚の本をぶちまけ、人の形を模した何かがアンを目掛けて襲い掛かる
――― アタシノメ アタシノ カエセ カエセ
アンを助けなければと、リチェルカは周囲を探る。崩れた本の一番上で「黄金の目の作り方」という博士のメモが揺れていた。
書いてある内容はさっぱり読めない。なのに、不思議とそれが理解できる。つまり、テーブルで沸いている液体に、その横で焼かれているグロテスクな固形物を入れたらいいのだ。
「リチェルカっ・・・もう無理っ 私死ぬ・・・」
「待って、アンさん。今!!」
リチェルカが我構わずメモに従うと、固形物はグロテスクな色形から一転し、美しい黄金の球体へと変化する。
「あなたの目はこっちです!!」
――― アタシノメ アタシノメ カエセ カエセ
球体を取り出して化け物に見せると、それは今度はリチェルカに向かって動き出す。それを確認し、
リチェルカは球体を本棚の向こうへと放った。
それを追いかけ本棚の向こうへ戻っていった化け物を見て、リチェルカとアンは急いで本を棚に戻す。
最後の一冊を入れる前に、その小さな隙間からリチェルカが部屋を覗くと、そこには化け物の姿はなく、バラバラになった人体パーツの散乱する中で、黄金の目を輝かせる金髪の人形が一体、可愛らしく座っていた。
「大変な目にあいましたね。もう、出ましょうか。」
「はい・・・あの、助けてくれてありがとうございました。」
部屋を出ようと歩き出した二人。ふと足元に転がっていた小さな小瓶をリチェルカが手に取ると、瞬時に煙が立ち込め、それは日記の一頁に姿を変えた。
〇×年 11月 9日
今日は調子が良かったから、研究で忙しいパパのためにお料理を作ろうと思ったんだけど・・・失敗しちゃった。せっかくパパの好きなチップス作ろうと思ったのに、気づいたら手の中のお芋がどこにもないの。しかも一人で火を使おうとしていたから、パパに叱られちゃった。でもね、そのあとパパが、一緒に作ろうって言ってくれて、パパと一緒にご飯を作ったんだ! お料理を作れるパパ。私のお薬を作ってくれてるパパ。玩具も作ってくれるパパ。なんでも作れるパパが大好き! 私もパパに何か作ってあげたいな。
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