第三話 いつも同じで違う場所

 ドロテアの部屋から見える中庭には、彼女の亡骸の周りに飾られた、色とりどりの花が咲いている。中でもひときわ存在感を放つのは、まるで彼女を思わせる深紅の薔薇。

 アーチを埋め尽くす大輪の薔薇に、何故か胸を打たれたリチェルカは、しばしその庭を眺めていた。


「花、好きなんですか?」

「いえ、興味もありません。ただ、何となく・・・気になるだけです。」

「でしたら、のかもしれませんよ? 行ってみませんか?」

「アンさん、少し逞しくなりましたね。」

「悪戯しているのが白骨体この子なら、酷いことはしない気がするんです。それに、例え中庭でも外に出られるなら嬉しいです。えっと・・・中庭にはどうやって・・・」

「1階の部屋から行けるみたいですね。先ほどは鍵がかかっていましたが・・・のなら、開いているかもしれませんね。」

 

 『さて、どうなることやら。』と、急にやる気を出したアンを連れてリチェルカは中庭へと向かった。


 

 見渡すほどの青い空、心地よく吹く風。太陽の光を浴び、植物たちが心地よさそうに揺れている中庭では、小鳥がさえずり猫が日向ぼっこをしている。

 ガーデンテーブルにはティーセットが用意され、まるでそこに座れと言われているよう。

 けれど、それよりも薔薇が気になって、リチェルカは薔薇のアーチへと足を進めた。


「それにしても見事な薔薇ですね。」


 ついてきたアンと横並びで薔薇を見上げる。


「薔薇って手入れがとても大変なんですよ。私も薔薇を育てたかったんですけれど、私にはちょっと難しくて、結局パパが全部やってくれました。私は咲いた花を摘んで部屋に飾る係。棘に気を付けながらこう・・・」


 ――― ニャーッ!! ―――


 アンが薔薇に触れようとしたのと同時に、猫の唸り声があたりに響いた。

 見ると先ほどまで寝転んでいた猫が威嚇するように毛を逆立て、こちらを睨みつけている。


「・・・この薔薇に触れるはやめておいた方がよさそうですね。」


 そう言って、アンがあげていた手をそっとおろすと、安心したのか猫も再び昼寝に戻る。


「まるでお姫様を守る騎士の様ですね。」

「えぇ。でも、守っているものはそれだけではないようです。」

「え?」

「あの猫が身体を起こしたとき、猫の下に紙のようなものが見えました。」


 リチェルカとアンは、「もしかしたら日記の切れ端かもしれない」と猫の元へ行き、何とか猫を退かそうとあらゆる手を尽くしてみたのだが、猫はそっぽを向いたまま微動だにしなかった。


「この猫が反応するのは、薔薇に触れる時だけの様ですね。」

「・・・え、私は嫌ですよ? さっきの威嚇見ましたよね? すっごく怖かったんですから!!」

「ですが、僕は猫アレルギーですから、万一にでも飛びかかってこられたら、下手すると死にます。」

「うー・・・化け猫に食べられて死にたくない・・・」


 大袈裟な、とは思いつつ、自分も出来ないことには変わりないのでリチェルカは代案を考える。

 とにかく何かが薔薇を害せばよいのならと、ガーデンテーブルの上にセットされたお茶菓子のクッキーを一枚とって粉々に砕き、小鳥たちが止まっている低い木の下から、薔薇のアーチまで道しるべのように撒いてみると、それに従って小鳥たちがどんどん薔薇に近づいていく。

 薔薇の根元にクッキーをばら撒くと、小鳥たちは薔薇の葉や花をつつき始め、狙い通り猫が鬼の形相で怒りを露わにし、クッキーに夢中の小鳥たち目掛けて走っていく。


「今です!」


 猫が寝転がっていた場所に落ちていた用紙を拾う。深紅の薔薇があしらわれた封筒。中には同じデザインの便箋が入っていたが、文字は何も書かれていない。

 それを確認するや否や、手の中の白紙の便箋は煙にまかれ、日記の一頁に姿を変えた。

 



 〇×年 10月 11日

 

 一昨日は小鳥が庭で遊んでた。昨日は猫さんが庭でお昼寝。今日はお客さんがいないから、草木が気持ちよさそうに風で揺れている。

 私が大好きなこの庭は、いつも同じでいつも違う。

 パパは、私を家から出してあげられなくてすまないって、いつもあやまるけど、

 確かに私の世界はこの家だけだけど、でもね私は、いつも同じでいつも違う、そんな毎日が、大好きだよ。だから明日もここにきて、私は世界を見つめるの。

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