第二話 今日は私の誕生日

 謎の鍵を手にして、すべての部屋を回ろうと意気込んだのもつかの間、鍵が開ける扉は案外すぐ近くにあった。使用人の部屋の隣にある、食堂の鍵だったのである。


「食堂・・・あちらには厨房もありますね。そういえば私お腹がすきました。」

「では、何か作って食べてはいかがですか?」

「・・・さっきの話聞いてました? 私、料理はダメなんですよ。」

「あぁ・・・」


 そんなことを言っていたなと思いながら、リチェルカは食堂に隣接する厨房を見て回った。冷蔵庫には新鮮そうな食材、オーブンには焼きあがったパン。コンロの火には寸胴鍋がかかり、中ではスープが煮えている。


「作る必要はなさそうですよ。よかったですね、アンさん。」

「え・・・リチェルカさん、これ食べるんですか? 幽霊が作ったご飯ですよ?」

「お腹がすいたと仰ったのはアンさんだったと思いましたが? それに、腹が減っては戦はできないといいますしね。せっかく振舞われた料理は、素直に頂こうと思います。とりあえず、毒は入っていなさそうですので。」


 銀スプーンで鍋の中身をすくい、色の変化を確認したあと、リチェルカはそのスープを口に入れた。それを見届け、アンも恐る恐るスープを口にする。


「美味しい!」

「ですね。」

「なんだか懐かしい味がします。パパの作ってくれた味に似てる・・・パパ・・・。」


 パパっ子なのだろう。父親を思い出したアンの目が潤み、涙が滲んでいた。

 

「気になっていたのですが、アンさんにはお父様の記憶はあるんですね。」

「あ・・・確かに。顔や声は思い出せないけど、パパとの思い出なら、少しは話せそう。」

「どんな方だったのかお尋ねしても?」

「何をしても怒らない穏やかで優しい人ですよ。物を作るのも上手で、よく玩具を作ってくれましたね。それから料理も。」


 アンははにかみながらスープをすくい、口に運んだ。


「仲が良かったんですね。ところで、お父様のお名前、ペルディダさんではありませんか?」

「ペルディダ・・・? 違うわ。パパの名前は・・・・・・・・・思い出せないけれど、でもどこかで聞いたことのあるお名前・・・どちら様?」

「この屋敷の持ち主です。」

「あら、リチェルカさんはまだ私がこの屋敷に関係ある人間だと?」

「そうではないとも言い切れないでしょう? あなたには記憶がないのですから。」

「ゔ・・・それはそうですけど・・・信用されてないんですね。どうりでずっと他人行儀なわけです。」

「まぁ、他人ですからね。とはいえ、アンさんの事を疑っているわけではありません。ただ、興味がないんですよ。」

「興味が・・・」

「よく人から冷たい人だと言われます。僕には心が無いのだと。お気に障ったなら謝りますよ。」

「いいえ、逆に私は、そんなリチェルカさんに興味が出てきました。何となくですけれど、リチェルカさんなら、私がここにいた理由、解き明かしてくれそうな気がします。」

「気のせいですよ。」

「気のせいでもいいです。私は私が何者なのかを知りたいです。リチェルカも探し物をしにきたって言っていましたよね? どうせこの屋敷からは出られないのだし、失くしたモノ同士仲良くしませんか?」

「・・・善処はしましょう。」


 明らかに難色を示すリチェルカを無視して、アンは食事を全て平らげ満足そうに笑った。



 食事を終えて屋敷の探索に戻ったリチェルカとアン。

 屋敷内に数ある部屋は、その殆どに鍵がかけられていて扉を壊すこともできなかった。

 それらの部屋は諦めて、廊下の隅にあった階段を使い2階へと上がる。その階段の途中に、赤い日記帳が落ちていた。

「乙女の日記を読むなんて、人としてどうかと思いますよ。」と横やりを入れるアンを無視してリチェルカは無造作に日記をめくる。書かれているのは他愛ない誰かの日々。ところどころ破れて読めなくなっていたが、何かの手掛かりになるのだろうか。


「リチェルカさん、あの部屋開いています。」


 ひとまず日記を閉じたところで、背中側からそう声を発したアンの指さす方向を見る。

 まるでこちらを招いているかのように、少しだけ開いた扉から部屋の明かりが漏れ出し揺れる。リチェルカとアンは言葉なく頷きあって、ゆっくりとその部屋の前へ進み扉を開けた。



 その部屋はとても綺麗に整えられた子供部屋だった。

 天蓋のかかった大きなベッドには、ワインレッドのかわいらしいドレスを着た少女が静か眠っている。しかし残念ながら、その子は目を覚ましそうにない。そこに横たわるのは、白骨化した遺体であったから。


「愛されていたんですよね・・・」


 ふとアンがそうこぼす。少女の周りには、色とりどりの花が添えられ、着飾るドレスもよく手入れされていた。まるで今もまだ生きているのではないかと錯覚させるほどに、白骨体はいろをもっている。そこには確かに、少女に対する慈愛を感じた。

 窓枠に飾られた写真には、遺体と同じワインレッドのドレスに身を包んだ可愛い少女、そして父親らしき男性の姿。ケーキを持って満面に笑みを咲かせている少女は幸せそうだ。

 それを手に取り調べてみると、写真の裏側には

 ――― ドロテア、10歳の誕生日 ――― 

 と書かれていた。


「ドロテア・・・」


 なんとなしに、白骨体にそう呼びかけたリチェルカ。返事が来るわけもなかったが、何となく、その眼窩がんかから目を離すことができなかった。


「リチェルカさん、写真が―――っ」

「!?」


 アンの声でふと我に返り視線を手元に戻すと、持っていた写真が煙にまかれて姿を消す。煙が晴れた時、リチェルカの手元にあったのは破れた日記の一頁だった。




 ○×年 9月 22日


 初めまして日記さん。私の名前はドロテア。今日は私の誕生日なの。

 私は病気で、今日を迎えることはできないってお医者様に言われていたから、パパは本当に嬉しそう。

 今日からつけるこの日記は、いつまで続けられるかわからないけど・・・一日を生きた証に、好きなことを書いていこうって思ってる。だから日記さん、よろしくね。パパ、素敵な誕生日プレゼントをありがとう。

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