第一話 どうしてここに来たの?

「どれだけ新薬を生み出したとしても、どれだけたくさんの命を救ったとしても、

 私の一番大切な人を救うことはできない。何故なら死者を蘇生させることはできないのだから。」


 遡るほど数日、バーでひとり飲んでいたリチェルカの横に座った男は、開口一番そうつぶやいた。


「まるであなたの心境を読んだ言葉のようではありませんか?」


 無視を決め込んでいると、さらに言葉が重ねられ、男はリチェルカの顔を覗き込むように身体を傾ける。

 

「先日亡くなった、マクレーン博士の有名な言葉ですね。ですが残念ながら僕は人を救うような仕事はしていません。医者でも研究者でも何でもない、もちろん死体でもない。マクレーン博士とは何のつながりもないただの一般人ですが?」

「えぇ。もちろん存じ上げております。仕事は順調、美人な恋人と結婚のご予定があり、一生遊んで暮らせるだけの財産もお持ちだ。私のような者からすれば、うらやましい限りです。ですが・・・それは他者から見た一部分。あなたの心はどこか空虚なままなのではないですか?」


 いったい何処で調べたのか、何者なのか。なかなか痛いところをついてくる男。リチェルカが黙ると、男は無言の肯定と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「実は私、不動産を紹介している者なのですがね・・・あなたに屋敷の購入を検討していただけないかとやってきたのですよ。先ほどお話にも出たマクレーン博士の別宅です。「誰も中に入れないように、絶対に手放さないように、大切に保存するように」とわざわざ遺言に残したというのに・・・親族はどうしてもこの屋敷を売りたいと聞きませんでね。困ったものです。」

「なぜ僕に?」

「実はこの屋敷には天使が住んでいるんですよ。ですが、天使は人を選ぶのです。天使の祝福がほほ笑む者にしか、この屋敷は売れません。」

「それが僕であると? ご冗談を。」

「ほほほ。空虚な心を埋めるものをお探しでしたら、ぜひ内見だけでも。連絡お待ちしておりますよ。」


 そう言うと男は、屋敷の住所と連絡先を書いたメモを置いて去っていったのだった。




 ***




 玄関の扉は固く閉ざされ、やはり何をしても開くことはなかった。屋敷に閉じ込められてしまったリチェルカとアンは、少しでも手がかりを求め、まずはアンが出て来た部屋へと向かう。


「・・・開きませんね・・・」


 先ほどとは打って変わって、立派な扉がついた部屋には、ご丁寧に鍵がかけられているようだ。


「僕らを閉じ込めているモノの仕業かもしれません。」

「それって、ここに幽霊がいるってことですか?」

「そうとは限りませんが、もしかしたら見られたくない何かがあるのかもしれませんね?」

「それなら、なおさら部屋に入らないとですね。リチェルカさん、私にもやらせてください!」


 リチェルカを押しのけ、アンがドアに手をかける。すると不思議なことに、さっきまでビクともしなかった扉がすんなりと開いた。


「え、開きましたよ?」

「・・・見ていましたよね? 先ほどは本当に開かなかった。」

「分かってますよ。でも、ムキになると余計嘘っぽくなります。リチェルカさんは案外非力なんですね。」

「・・・アンさんこそ、力が強くていらっしゃる。」

「失礼ですね。私は一端の乙女ですよ。腕相撲してみます?」

「遠慮しておきます。腕が折れかねませんので。とにかく、開いたんですから部屋に入りましょう。」


 冗談はさておいて、二人で部屋の中へ入った。


 部屋の中は綺麗に整頓されていて、その部屋の主が几帳面であったことが伺えた。マナー本や料理本、家事のマニュアル本などが並ぶ本棚から推察するに、ここは使用人の部屋のようだ。部屋の隅っこに飾られた、エーデルワイスの咲き誇る丘の絵画以外は、どれも事務的要素を持った物ばかりの、殺伐とした部屋だった。


「先ほどアンさんが見た部屋ですか?」

「はい、おそらくは。破れたり埃が積もっていたりはしましたが、床に散乱していたのはこの本棚にある本やそこの絵画です。・・・何で私、ここにいたんだろう・・・?」

「一応お尋ねしますが、この屋敷で使用人として働いていた記憶は?」

「全く。そもそも私料理苦手なんです。この間もパパの大好きなチップスを作ってあげようと思ったですけど、気づいたらお芋が消えてなくなっていて・・・・・・あ!」


 自虐的に嘆きながら、適当に部屋のものに手を伸ばしていたアンが声を上げる。


「この小箱、私、似たようなのを持ってます。からくり箱っていって、簡単には開かないから見られたくない大切なものをしまうのに便利なんですよ。何か入っているかもしれません。」


 棚の上にあった小箱を手に取り、手慣れた様子で装飾をずらしていくと、カチリと小さな音がして小箱が開く。中からは鍵が出て来た。


「この鍵、この部屋の・・・ではなさそう。鍵穴が合わないですね。どこのでしょう?」

「さぁ? ラベルもないですし、片っ端から鍵穴にさして調べるしかなさそうですね。」

「えー! この屋敷、部屋数いっぱいありそうですよ?」

「それでもやるしかないんですよ。今は手がかりがそれしかないんですから。」


 その後も少し部屋を捜索してみたが、使用人の部屋にはそれ以上めぼしいものは見当たらず、唯一の手掛かりである鍵を持って、二人は部屋を後にした。

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