第23話 ⚠⚠⚠「お兄さぁん、もっと舌を動かしてくれませんか? 抵抗しなければいいと思ってますよね」※※※

 兄が酷い凌辱をされるのを、ウィリアムは見ていた。ちょっとでも抵抗をすると、アレクによって腹に蹴りを入れられたり、腕をひねり上げられたりした。特に、自分に銃口を突き付けられるのが効いている。次第に、兄は無抵抗に口を大きく開けるだけになった。


 オスカーは一度兄の口を使うと満足したようで、煙草をふかして眺めている。いま兄を使っているのはサムだ。


「お兄さぁん、もっと舌を動かしてくれませんか? 抵抗しなければいいと思ってますよね」


 歌うような口振りなのに、聞いている側がヒヤッとしそうな言い方だ。同時に、アレクの手に力が入ったらしく、ジョエルは赤黒い顔で呻いた。水っぽい音がして、「あぁ、いいですね」とサムが息を吐く。テレビを消したのでよく聞こえた。


 目の前の光景を見ながら、ウィリアムは先ほどのことを思い出していた。


 ――「何か冷たいね~」


 兄が敬語であることに対してそう言われたが、ウィリアムはよくわからなかった。ジョエルは小さい頃から敬語だった。最初はそうではなかったが、急にこんなことを言い出したのだ。「ウィル、ぼく、先生になって自分の学校作る!」。それから敬語で話し始めた。ジョエルにとっての先生像だったのだろう。ジョエルは周りの影響を受けやすかった。今なら、なんて単純な奴なんだと思うけれど、当時の自分はそれをかっこいいと尊敬していた。小学生の頃、サムと同じようなことを言う奴がいた。その時、初めて家族間での敬語が珍しいことなのだと知った。でも、“冷たい”と感じたことはない。むしろ愛情は惜しみなく注がれていたと思う。


 その結果が、このでくのぼうな自分だ。


 兄が噎せた。サムが退くと、体液を吐きながら咳き込み始める。サムはジョエルとウィリアムを見比べて、引き攣った笑みを浮かべている。


「アレクもやる~?」


 彼の声は裏返りそうになっていた。


「入んの?」


 オスカーが三本目の煙草に火を点けながら言った。アレクは一瞬考えた後、ジョエルの下を脱がしにかかった。放心していたジョエルはぎくりとして体を丸めた。空しい抵抗だった。アレクに殴られて口から何か液体を吐く。うわ、とサムは身をすくめ、次の瞬間ニッと歯を見せて、「イヒヒ、脚伸ばしてくださぁい」と呼びかける。「やめ」とジョエルは声を上げたが、すでにズボンはつま先から抜き取られていた。


「ほ~い、アレク!」


 ローションが入ったパウチをアレクに投げ渡した。切り離されておらず、三袋連なっている。ジッと見るだけだったアレクだったが、一つ開けて準備に取り掛かった。

 アレクの太い指が入り込み、ジョエルは苦しそうな声を上げる。仰向けにされた彼の髪を掴んでいるサム。口を再び使用されているジョエルは何も訴えることができないようだ。ウィリアムからはサムの背中しか見えず、どんな表情をしているのかがわからない。


 思ったより、兄の体がげっそりして見える。バイトのせいだと思う。そのお金はいつも自分へ渡されていて、それを自分はいつも……――


 ふと、オスカーが自分を見ていた。自分の顔が引き攣っていることにウィリアムは気付いた。目が合うと、にやりとして、銃を持ち直し、ジョエルに声をかけた。


「おい、抵抗したら、弟がどうなるかわかってんだろうなぁ?」


 ぎくりとジョエルの体がこわばった。ウィリアムも、単なる脅しだとわかっていながら、銃口をやたら強く押し当てられて動けなくなってしまう。

 アレクが自分のズボンを下して、ジョエルの太ももを掴む。危険を察知して、サムが頭を突き放した。

 ジョエルが悲鳴を上げた。逃れようと体が暴れて、それをサムが押さえ込んでいる。内臓には血が涙のように伝い、床には雫が飛ぶ。ウィリアムは目が離せない。


「がっ、頑張ってお兄さ~ん、ほ、ほら、お尻に力入れて~」


 サムの陰に覆われているジョエルの顔は汗ばみ、流れた涙が線を描く。十分な柔らかさになっていないはずだけど、アレクは動きを止めなかった。


 気になってオスカーを見ると、固唾を飲んで見守っている。サムも、怖いもの見たさで笑みを浮かべている。兄のくぐもった悲鳴を聞いていると、いつの間にかウィリアムは自分の体を抱きしめていた。


 無理やりにでも事を進めると、嫌でも体は馴染むようにできているらしい。ジョエルはうつ伏せにされて、痛みに歯を食いしばることもできず堪えていた。


 途中から吸い始めたアレクの煙草の灰が、ジョエルの腰にはらはらと落ちた。アレクは黙って見ていて、煙を吐くと、そこへ火を押し付けた。


「あ゛っ! あああっ」


 ジョエルは目を剥いて絶叫する。

 ウィリアムの体にも震えが来た。

 サムも飛び跳ねた。


「いって! 死ね馬鹿アレク!」


 股間を押さえながら、八つ当たりのようにジョエルの髪を握りしめている。すまん、と言いながら、アレクはまだらな息を吐くともう一度火を押し付けた。


「ちょ、アレク……」


 サムが息を呑む。ウィリアムはというと、尾てい骨あたりに付けられた火傷を見ると涙が滲んできて慌てて袖を目に押し付けた。肉の焼ける臭いが鼻を突く。


「いいじゃんそれ、退けよサム」

「え」


 オスカーがソファから下り、サムを押しのけた。


「ほら、もっと頑張れよぉ。ウィル坊ちゃんが見てんじゃねぇか」


 ジョエルの髪を持ち上げる。彼は、ぼんやりとウィリアムを見るだけだ。瞳の焦点はあっておらず、意識朦朧としているらしい。オスカーは口を開けさせると、咥えていた煙草を手に持ち直して中へ差し込もうとする。


 血の気が引く、


「やめろよ!」


 咄嗟に声が出た。三人はこちらを見て、水の音も止んだ。ジョエルの荒い息遣いだけが鮮明だった。


 オスカーが舌打ちをする。


「んだよ、これからだろ」

「も、もう十分だから」

「ウィル……い、いいの?」

「いい、今日はもういい。あとは俺がやるから」


 言い切ると、オスカーがずかずかとこちらに向かってきて、札を投げつけてきた。ウィリアムは目をつぶって、肌をくすぐるその感触を確かめた。


「じゃ、また明日な」


 オスカーの声が遠ざかる。


 誰かが抱きしめてきた。目を開けると、「ごめんね」とサムが優しい声で口付ける。彼が玄関に向かうと、今度はアレクが目の前に立っていた。手を上げてきてビクッと体が縮こまる。が、頭を撫でられただけだった。




 三人がいなくなると、家はとても静かになった。荒い吐息が聞こえてくる。リビングの中央に、凌辱された兄が転がっている。いつもより明るい照明が、彼をまざまざと晒している。口からはみ出る体液、時折痙攣する体、げっそりとして骨が浮き出てできた陰影。


 ウィリアムはジョエルを抱えあげた。意外と軽くて拍子抜けする。兄も、自分と変わらないくらい痩せた体をしているのだ。自分より何倍も良い人生を歩んでいるように見えたが、途端に頼りなく思えた。大きく見えていた兄の存在が、ものの数十分で急激に萎んでしまった。


 倒れそうになりながら、必死にシャワーへ運んだ。うつ伏せにさせ、シャワーの蛇口をひねる。冷たい水が出てきて、「うっ」と呻くジョエル。温かい湯が出てくるようになると、浴室は湯気に包まれた。拘束はあえて解かないでいた。水に濡れたら取れにくくなるかもしれないと、ぼんやり考えて「はぁー」と視線を逸らす。


 彼の肛門に触れる。電気が流れたように体が跳ねた。中から掻き出してあげると、血と混ざり合ってピンクっぽくなっていた。


「めっちゃ出んじゃん……はは」


 なぜだか半笑いになって言った。心の中は恐怖と緊張で張りつめていて、涙が出てきそうだった。どういうわけか体中が痛い。ジョエルのほうが痛くてたまらないはずなのに。ジョエルはずっと無言で、ウィリアムもそれ以上どう言えばいいのかわからなくなった。

 ジョエルの口に指を突っ込んで、飲まされたものも吐き出させる。酷い匂いがした。


 急に、ヒックンとジョエルの体が波打ち、笑ったかと思いきや、嗚咽を漏らし始めた。


「あ、っ」


 ウィリアムは慌てて拘束を解きにかかる。案の定、滑るようなべたべたするような触り心地になっていて剥がしにくかった。

 何とか解いた途端、横っ面に衝撃が走った。


 ――ガラガラッ!


 シャンプーやボディソープが転がった。背中がタイルの壁に打ち付けられて、頬が熱を帯びてくる。口の中が痛い。舌でなぞると、歯で内側の肉がえぐれていた。

 殴られた。

 ジョエルと目が合う。怒りとショックが混ざり合った、鋭いけど揺れている瞳。目の淵から、シャワーとは違う水があふれ出し、ジョエルはその場に倒れ伏した。うずくまって泣いている。ウィリアムは茫然と眺めていた。殴られたことも初めてだし、彼のそんな顔も初めてだ。こうやって泣くのも……大人になってからは初めてだ。



 気が付くと、ジョエルは倒れたまま動かなくなっていた。


「じょえ、っ……ジョエル!」


 シャワーを止めて肩を揺する。気絶しているようだ。ウィリアムの目から涙があふれた。

 彼を脱衣所へ引きずり、タオルで拭いた。体を温めないといけない。部屋へ運ぶと、裸のままの彼に毛布をたくさん被せた。服をもたもた着せるよりは良いと思ったのだ。

 傍に下着とパジャマを置く。


 そこまでしてから、ウィリアムは部屋を出て、力が抜けた。涙が止まらなくなって、しばらく冷たい床にうずくまって泣いていた。

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