第20話 「ウィル、あの、ちょっと、何ですか」

 ジョエルはウィリアムを引きずり、ソファに横たえるとため息をついた。彼の寝息は酒臭く、こちらまで噎せそうだ。


 先ほどガチャリと帰ってきた弟は、不安定な足取りで近づいてきた。壁伝いに擦れる服の音。ただならぬ気配を感じたジョエルが向かうと、ウィリアムは床にへたり込んでいた。肩を持って体を起こしてあげると、彼の目は焦点が合っておらず、やたらジョエルの体を撫でてきた。酔っている。正気でない。不良と飲み比べでもしたのだろうか。もしかしたら、薬物を飲まされたのかもしれない。


 そう思っていると、ウィリアムの手が首にかかってきた。


「ウィル、あの、ちょっと、何ですか」


 爪先、指先に込められた力を感じたが、何やらぬめっていて、うまくいかないようだった。咄嗟に彼の手首を掴んだとたん、呻きながら唾液を吐いてプツリと糸が切れたように気を失った。ジョエルは血の気が引いたが、安らかな寝息が聞こえてくると、彼に寄り掛かり、抱きしめた。


 ソファでぐったりしている彼から、ペンキまみれのパーカーを脱がす。どうしたものかと考え、ハンガーにかけておくことにした。お湯に浸けたタオルで肌を拭く。ファンデーションが擦れて取れた。


 ラザニアを温めてラップをかけておく。ジョエルは冷蔵庫の奥を探り、はちみつの瓶を取り出した。旅行で買ったものだ。スプーン一杯分を温めたミルクへ溶かして、隣に添えておく。


 ソファで眠っているウィリアムの体が少し縮こまっている。寒いのだろうと、もう一枚毛布をかけてあげた。


「行ってきますからね」


 ひっそりとつぶやき、汗で冷えた毛髪を指の中節で撫でる。軽く身じろぎをされて、そっと手を引く。寝返りを打っただけのようだ。


 毛布の隙間から、くしゃっとした紙のようなものが落ちた。お金だった。


 腰を下ろして拾い上げたジョエルは、ふと、毛布を捲ると、ズボンのポケットからはみ出た何枚もの札を目にした。


 ピリッと胸に針が突き刺さる。嫌な予感が、頭を埋め尽くしていく。そんなわけがない、そんなわけがない、そんなわけがない。

 頭を振って、そそくさと玄関を飛び出した。

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