第14話 「なぁ、お前はいいのかよ……」※

 数日後のことだった。再びウィリアムはアレクと二人きりだった。


「なぁ、お前はいいのかよ……」

「何が」

「その……あいつらみたいに、口で、とか……」

「黙って扱け」


 ウィリアムは俯き、アレクから言われたとおりにした。先日のこともふまえてか、今度はきちんと仕事を命じられた。ただ、不機嫌そうにずっとスマホを見ているため、全身が針で突かれているかのようにピリピリする。他の二人がいない時に金を渡してくれるアレクは優しいのだろう。でも、怒るとどうしても怖い。普段からオスカーにこき使われていても何も言わないのに、今は明らかに不機嫌さを全身から放っている。ソファの前に跪きながら、ウィリアムは一生懸命だった。


 自立しないといけない。ウィリアムにもプライドというものがある。皆に心配されている限り、それは傷つけられてばかりだ。


 一段落した後、ウィリアムがシンクの食器用洗剤で手を洗っていると、オスカーが来た。一通り見まわすと、


「アレクは来てるのか?」

「トイレ」

「あぁ、そうかよ」


 どっかりとソファに座る彼は、何やら視線が鋭い。軽めのナンパで失敗したのだろう。仕事を頼まれるかと身構えたが、そうでもないらしい。


 十分ほど経って、「トリックオアトリック!」と言いながらサムが入ってきた。仮装でもしているかと目を向けたが、普段着のままだ。


「騒がしいな、ホモが」

「うるせ〜! あ、そうそう。ババァから、スニッカーズもらったからあげるよ」


 五本持っていた。余った一本はじゃんけんでアレクに決まった。でも、「ん」とオスカーが手を差し出すとアレクは手渡した。



 溜まり場で一通り過ごした四人は、ダウンタウンをぶらぶらとしていた。ハロウィンの前日とあって賑やかだ。ラジオでも聞いたハロウィンソングが街のあちらこちらで乱発されている。子どものために菓子を買ったらしい大人が、膨れたビニール袋をガサガサ鳴らしている。


「見て見て、かわいい」


 店のショーウィンドウには、ジャックオーランタンや魔女、蝙蝠、おばけのジェルシールが貼ってある。カボチャの匂い、コットンキャンディの匂い、ポップコーンの匂い。スニッカーズは食べたが、あれだけでは足りなくなってくる。


 サムが、店先にあった等身大フィギュアの魔女に駆け寄った。


「来てアレク!」


 アレクが向かうと、サムは魔女から帽子を取り、「よっ」とアレクに被せた。思わずウィリアムは吹き出す。


「でけぇ魔女! ウィル~撮って撮って~」


 サムが仰け反って笑った。身長が二メートル近いため、とんがり帽子の先端が軒先テントを超えていた。


 ウィリアムが撮影ボタンを押すかどうか迷っている間に、アレクは無言で帽子を外すと、サムのわき腹を小突いた。「グフッ」と相応のダメージを受けている。


「何してんだよ」


 オスカーがため息をつく。が、面白かったようで顔は笑っていた。


「痛ぇ……」

「バーカ。それよりなんか食おうぜ……あ、あれとか」


 オスカーが指し示した店は、カボチャのパイを売っていた。帽子を魔女に返した後、四つ購入する。程よい甘さに手が止まらず、熱くて舌に火傷を負ってしまった。ほかの皆もハフハフと同じらしい。



 その後、ゲームセンターに着いたが、改修日らしく閉まっている。


「は? 使えねー」


 ガツンとドアを蹴るオスカー。サムが慌てて制した。


「やめなってぇ、また出禁にされたいの?」

「急に改修日になるとかクソだろ」

「まったくも〜。今日は他んとこ行こう」


 ダウンタウンを出ると、ファーマーズマーケットが開催されていた。蔓で編まれたアーチをくぐる。ここにもハロウィンのグッズが出品されている。箱や置物、ウェルカムボードが陳列されている。


 サムは気になるものがあると飛んでいき、手に取って鑑賞している。アレクは出品者に知り合いがいたらしく、話しかけられていた。オスカーは眺めているだけだけれど、ある程度楽しめているらしい。


 ウィリアムは、ある一区で足を止めた。ランタンにされる前の、生身のカボチャが並んでいる。オレンジ、黄色、白、ピンクっぽい赤、大小形様々、こぶのようなポツポツが付いたものもある。きれいだと思い、写真を撮る。


 施設にいた時、兄と一緒に小さなカボチャをくりぬいた思い出が脳裏をよぎった。力がうまく入らなくて、思った通りに切れなかったところをジョエルが削って整えてくれた。ジョエルも自分も笑っていた。ジョエルもランタンを見たら、疲れを忘れて楽しい気持ちになってくれるだろうか。洗濯機のことで迷惑をかけてしまったから、何かしてあげたかった。兄は変わらず接してくれるけど、自分は気まずかった。



「カボチャ買いたいの?」


 いつの間にかサムが隣に来ていて、ビクッと退く。


「ち、ちが……」


 違わなかった。だけど、口は反射的に否定の言葉を発していた。子どもっぽい、とからかわれそうで抑えつけてしまったのだ。


「ジャックオーランタン作ろっかぁ」


 ウィリアムの意向を汲み取ったのか、彼自身がそうしたいのか、目の前の平べったいオレンジのカボチャを持ち上げている。他の二人もやってきた。


「きたねーなこのカボチャ」

「聞こえるよ!」


 早速失礼なオスカーを小突くサム。オスカーは頭を叩き返した。ウィリアムは拍子抜けした。胸の拍動がだんだんと治まりながら温まっていく。四人とも興味津々な様子で選び始めた。出品者にアレクの知り合いがまた居たらしく、ちょっとだけ値切ってくれた。




 アレクに大量のカボチャを抱えさせて溜まり場に帰った。二個ほど失敗しながら、三個目でなんとか形になった。ジョエルもきっと喜んでくれるだろう。帰り道で、ウィリアムはランタンを抱えながら笑いをこぼした。

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