第2話 そもそもの話
オリンピック開催まであと少しと盛り上がる2019年12月、世界を襲ったパンデミック『新型コロナウィルス感染症』。
「いくらなんでも下がりすぎじゃないですか…?」
昔話の絵本に出てくるお人好しの爺さんのような守山所長の目の前で言うべきではないが、言わざるをえなかった。
「いくら『
コロナ禍になって8ヵ月。
2021年8月26日、給料日の翌日。
書いてある金額は『12万円』。ちなみに出勤日数は23日である。これでも、資格職なんですが…。
「安城さんが入社する前も何度か不況はあったんやけど、品物が無いのは業界初やわぁ。ボクもこんな金額初めて見た…。」
守山所長は私の給料明細書と手元の帳簿を見比べながら深いため息をついた。ちなみに独特の「や。」は関西弁でなく三重弁。関西弁の「~や。」よりも柔らかい言い方をしているが、チョイスした言葉の怖さは増し増しである。
「ちょっと前まではオリンピック需要で忙しかったのに。」
「今月はキャンセルの電話ばっかり鳴るわあ…。」
昨今はコロナ禍で好調と言われる運送業界だが、それは一部に過ぎない。 トラック業界は大半が『成果報酬型』、つまり『歩合制』という出来高に応じて変動する給与形態である。
このため好調なのは某大手通販サイトなど、コロナ需要が増えた企業のトラックくらいで、大半はコロナショックで仕事が激減&給料激減というのが現状だ。
本作主人公・安城ヒカリが勤めている会社もまさにコロナショックを受けている。
「普段なら不況でも『特需』で建築木材とか応援頼まれるんだけどね…。今年は輸入が止まって、今は国産の材料もさらに値上がりしとるから…。」
「ああ、まだまだ仕事が減りますね…。」
荷物どころか取引先が消滅の危機である。
「お客さんも不景気やからね…。」
「ホントそうですね…。」
返された明細を畳みながらヒカリは心底頷いた。そして改めて覚悟する。
「会社は生き残るよう努力するけど、しばらくは仕事は取り合いになると思う。」
「取り合いでも、生き残って貰わないと困りますよ。転職も大変なんで。」
「生き残っても、しばらくジリ貧やよ…。」
話し方の穏やかさと裏腹に、笑えない自虐。
「分かってますよ。生活は節約頑張りますから!みんなで乗り切りましょう。」
その自虐に渾身のポジティブで返す。
今は耐える時。
「ありがとう、苦労をかけるね…。」
守山所長は力無く微笑んだ。
「ああでも、そのことなんですが。」
「?」
「うちの会社って副業できましたっけ?」
「え、働くん?」
守山所長は目を丸くした。
「ない袖は振れませんから。家賃とか。」
「あー…、許可されてるよ。前例もあるし、できないことはないけど、時間はあるの?」
「公休日に働いても休めるくらい余ってます。」
周りも耐えてる時だ。
嘆く暇は無い。
「ははは、それもそうやな…。それなら経理にも伝えとくね。」
「ありがとうございます。」
みんな耐えてる時。
けど、周りと一緒に流される必要もない。
路頭に迷うなんて冗談じゃない。
こうして安城ヒカリのバイト面接(副業)が始まった。
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