解放記念日

 真っ白で宮殿を想像させるような立派で威圧的な建物。

 その前面に広がる整備された人工芝と噴水。

 高層ビルの中にある唯一の緑。

 第八地区の議会は街のど真ん中に存在する美しい建物だ。


 そんな美しい景色が目の前に広がる中、バスを降りた葵と茜はそれを堪能する余裕はなかった。

 

「お前たちの両親はイタリア旅行に行ったきり帰ってこない。」とマコトが以前、葵たちに言っていたことを思い出した。


「おい、この手紙ウソだよな?殺されたってなんだよ。真実を知ってほしいってどういうことだよ。」

「.........うん。」

「そもそもなんで今オレに...」

「うるさい!後でにしよ。せっかくお昼一緒に食べに来たんだからさ。」


 怒った表情で茜は巨大なビル群の反対側にある商店街の方に歩いていく。


「早く来てよ。私、もうお腹減りすぎて我慢出来ないよ。」


 葵は急いで後を追う。

 バス停から1分も歩かないうちに、目的の味噌ラーメンの店に到着した。

 なんというか、その、年季の入った店のように見えた。

 そのせいか、祝日のお昼時だというのに全く人の気配がない。


『浜口の味噌ラーメン専門店 といぷーどる』


 店の外見と一致しない可愛らしい店名だ。

 半開きの扉からおじさんの渋い歌声がかすかに聞こえる。

 茜は慣れたようにその扉を素早く開け、店内に入る。


「ん?いらっしゃぁい!!何名様?注文はそこの券売機でしてね!」

「二人です。ハマさん。私はいつもので。葵も私のと同じでいいからいつもの二つで。」

「ん?嬢ちゃん見ない顔だけど...。もしかして茜ちゃん?」

「あっ...。はい。」


 茜は赤面しながら急いでカバンから丸メガネを取り出し、それをつけた。


「気が付かなかったよ~。そっちのお兄さんは彼氏さんかい?」


 違います、兄です。と葵は訂正しようとしたが、それを遮るように淡々と茜は言った。


「はい、彼氏です。」


 葵と茜はテーブル席で向かい合うように座った。

 葵はメガネをかけている姿の茜を見るのが生まれて初めてだった。


 それにしても人の姿が全くない。

 あまり気には留めなかったが、大都会の第八地区に来てからもほとんど人の姿は無かった。

 この店以外の飲食店も営業している気配もしなかった。


「ねぇ茜ちゃん。今日って祝日だよね。なんの日だっけ?」

「4月5日は愛国党が歴史上初めて議席を獲得した日の“党進出記念日”に決まってんじゃん。葵、もしかして忘れたの?」

「あぁ、そうだったね。それにしても祝日なのに人少なくない?」

「確かに。都市封鎖でもしてるのかな。そんな発表はしてなかったはずだけど。」


 店内では聞き慣れない音楽が流れ続けている。

 味噌とごま油のようないい匂いが近づいてきた。


「お待ちどぉ!大盛りニラ抜き野菜たっぷり濃厚味噌ラーメン2つ!」

「「いただきます!」」


 葵は想像した以上に器が大きく、野菜が多いことに完食できるか不安だった。

 しかしながら、そんな不安はスープを一口すすっただけで吹き飛んだ。

 濃厚なにんにく香る味噌のスープと炒められた野菜のエキスが混ざり合い、最高のハーモニーを生み出している。

 細いが、しっかりとした麺がスープと絡み合い、食べ始めたら止まらない。

 そして、たっぷり乗っかっている野菜はシャキシャキで、濃厚味噌とめちゃくちゃ合う。

 気がつけばでかい器は空になっていた。


「葵、食べるの早すぎ~。もっと味わって食べればよかったのに。」

「いや、つい美味しすぎて...。店長さん、ごちそうさまでした!めちゃめちゃ美味かったです!」

「そりゃどうも彼氏さん。私のことはハマと呼んでくれ。」


 茜は猫舌のせいなのか昔から食べるのが遅い。

 相変わらず丸メガネをかけたままゆっくりラーメンを味わうように啜っている。

 ゆっくり食べながら茜は言う。


「そういえばハマさん。いつもはもっと人多いのになんで今日はいないの?」

「ん?今日は外出しない日だからね~。私はそういうの気にしてないから、普段通り店やってるけど。」

「え?党進出記念日って外出しない日なんですか?知らなかった...。」

「あぁ...。一般ではそういう日だったね。でも第八地区の人間たちにとっては...。

 愛国党から開放されたなんだよ。」



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暗殺兄妹 操られるものたち かみそん @kmsnlight

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