1-4

 ____夢を見ていた。

 子供の頃の夢。

 小学校低学年の俺が、公園の遊具へ向かって走って行く。

 揺れる視界が、どんどん滑り台へと近づいて行く。

 なんで俺は、こんなに急いでいるんだ?

 別に、走らなくたってたどり着くだろうに……。

 ……だが俺は、その途中で転んだ。

 なにも無い地面に足を引っかけたようで、ぐるりと前方に転がった。

 そして、砂っぽい地面に膝を擦りむいた。


「……うぅ……」


 という情けない声が、小さく響く。

 そしてすぐに俺は、すすり泣きを始めた。

 そんなのどうでもいいから、はやく遊具に行けばいいのにと思う。


「おぉーい?だいじょうぶかー?」


 背後から歩く足音と共に、大人の男性の声が聞こえてくる。

 知っている声のまま。そして、いつもの調子のままだった。

 視界が急に立ち上がり、振り返って走り出す。

 男性の方に駆けていき、その体にしがみつく。

 すぐに俺の頭に、大きな手のひらがトスンと乗った。


「なんだ転んだのか、見せてみろよ」


 俺はその声のする頭上に、顔を上げた。

 そこには、よく知る……。今となっては本当によく知る顔が、見降ろしていた。

 ガタイのいいその体は子供の俺にはとても高く映る。

 そのにっと笑う顔を見て……とても安心するときの感情が、懐かしく俺に流れて来た……。


 ◇


 目を覚ますと、リビングだった。

 窓から入って来る夕日に当てられたソファの上で、上体を起こす。


「…………」


 家に帰って来て、いつのまにか眠ってしまっていた。

 ……もう夕方か……。


「嫌な夢を見たぜ……」


「ほう、どんな夢だ?」


「……」


 キッチンを見ると、冷蔵庫の前に男が居た。


「むさい男にすがるしかない、哀れな俺の夢だ」


「はぁ?……誰だなんだよ、むさい男って」


「知らんが、作業着を着ていた。そしてタバコ臭かった」


「……俺か……」


 ……むさい男。もとい、臭い男。

 それが、寺島剛志。

 俺の____父親だった。


「ふあぁ。……帰ってたんだ」


「おう。そして今、お前を叩き起こそうと思っていたところだ」


「……何でだよ」


「折角の夏休みに惰眠をむさぼるなんて、もったいねーぞ」


「るせー、いいの!」


 正直親父の言う通りだと思ったが、とりあえず反発しておいた。

 親父はやれやれと言った感じで、冷蔵庫を開ける。

 俺はこんなにもだらけた学生になってしまったが、親父はずっと変わらない。

 短髪の頭は、薄くも濃くもなっていないし。前髪も、眉毛より下に降りた所を見たことがない。


「お前も麦茶飲むかぁ?」


「……ふあぁ。……うん……」

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