2-11

 そして、次の日。

 俺は夜の約束までは暇で、午前から太知の家に向かって歩いていた。

 そこで、ふいに女子の低い声を聞いた。

 俺が立ち止まった十字路の先、高い草むら越しに……複数の女子高校が話している。

 ……高木と、その周りの女子達だと分かる。

 盗み聞きをしたくないので、そのまま何気ない風で歩いて行く。

 だが離れるまでに、複数の単語が耳に届いてきてしまった。


「アオイ」、「明日」、「絶対」。


 聞きとれたのはそれだけだったが、彼女ら……特に高木は、明らかに苛立っているような声色だったと思う。だけど内容は、要領を得なかった。


 ◇


 ……その夜。

 田舎道を、太知と並んで歩いていた。


「街灯が少なぁい……」


 太知がそう呟く。


「いまさらだろ、そんな」


「うん。けどこうして歩いてるとほんと暗いよなぁ」


 今、我が家の縁側では、女子二人が待っていることだろう。 

 早くしないと野中あたりから苦言を呈されそうだが、依然とぼとぼと歩み続ける。

 親父と裕子さんが、女子二人と何を話しているのかが気になる気もするが。

 特に親父が、何か変な事を口走ってはいないだろうか。

 俺達が歩く先に、白く光る店があるのがよく見えた。

 目的地は、そのコンビニだった。


「早くしないと女子二人、暇を持て余しちゃうよ」


「大丈夫だろ、きっと親父が賑やかしてくれてるはずだからな」


「ていうか花火、コンビニに売ってたっけ?」


「うーん、確か前に見たような気がしたんだがな」


 そしてもうすぐ、コンビニの前まで来る。

 ……という所で、店の前に座っている集団が目に入った。

 なんだ?中学生か、もしくは同じ高校の生徒だろうか?

 遠巻きにチラッと見てみると……知った顔が、ひとつあった。


「…………げっ」


「どうしたの?一樹」


「いや、あいつ…………辻井だろ」


「え、あの集団?……ああ本当だ、咲人だね」


 しゃがみこんで、殺伐とした表情で、口をへの字にしている。


「帰ろうかな」


「え……な、なんでさ?」


「嫌なんだよ、あいつと対面するのが」


「いいじゃん、普通に店に入って行けば。向こうも話しかけてはこないよ」


「いいやあいつは絡んで来る、そういう面倒くさい奴なんだよアイツは」


「はぁ…………じゃあどうすんのさ?」


「………」


 つっても、このまま帰るわけにもいかないんだよなぁ。

 俺は溜息をついて入口に向かって、歩き出す。


「最初っからそれでいいじゃん……」


 何でもない風に、ドアの前に立つ。少し横に陣取った集団がこちらをチラッと見たが、別にどうということもなく入った。


「ほらね、何もなかったでしょ」


「だな」


 そのコンビニには、花火がちゃんと並んでいた。

 四人分だから、大きいの二袋くらい買っていくか……。


「……あ、ちょっと待って。今週の漫画雑誌を買いたい」


 と、太知が言う。


「あ、おう。じゃあ先買ってるぞ」


 俺は一人でレジに行く。

 太知は毎週、何冊も漫画雑誌を買うのだ。そして毎回、熱心に評価をする。

 

「二点で、千七百円になります」


 ……結構、高いよな……。


「袋にお入れしますか?」


「あはい、お願いします」


 店員が花火をレジ袋に入れているのを眺めていると、左側で自動ドアが開く音がした。

 そうして一人、入って来た客がそのまま、俺の後ろに並んだ。


「お待たせいたしましたー」


「ありがとうございます」


 俺は袋を受け取って、漫画を見ているであろう太知の所に行こうとした。

 そこで振り返った時に、後ろの客の体が、俺の肩にぶつかった。思っていたより近くに居たらしい。

 すぐ謝ろうとして、相手の顔を見ると__。

 ……辻井が、こっちを見ていた。


「……」


 向こうは、口を結んでじっと俺を見てくる。

 俺も少しのあいだ、辻井を見ていた。

 そのまま何か言えばいいのだが、お互い無言のまま通り過ぎていったのだった。


「……太知、何してんだ?」


「これは……ちょっとやばいね。一樹手伝ってー」


 太知の両手に積みあがった雑誌が、今にも倒れそうだった。

 俺も何冊か受け取って、再びレジに向かう。


「ありがとうございましたー」


 あっきのあいつは、タバコを買ったようだった。

 その箱を開けつつ、ドアに向かっていく。


「あ、咲人」


「お……おい……」


 放っておけばいいものを、太知がそいつの名前を呼んでしまう。

 こいつは、こういうとこがある。

 呼ばれた当人。

 ”辻井咲人”は、黙ってこっちを振り返り、俺達を観察するように見る。


「……二人仲良く花火か。へっ、しょうもねぇな」


「うーん、まぁあと二人居るんだけどね」


「新しいツレが出来たのか。どうせお前らと一緒に居るやつなんて……」


「あのぉ……」


 レジの向こうで、店員が困った顔をしていた。


「買いますか?……それ」


「ああすいませんっ、買いますっ」


 二人とも、レジに雑誌をドサッと置く。それを、店員が一つ一つバーコードを読み込んでいく。


「なんだそれ、お前まだそんなもん読んでんのかよ」


「少年漫画だよ、咲人も毎週読んでたでしょ?」


「俺はとっくに辞めたよ、そんなガキの娯楽」 

 

 俺が口を開く。


「まあでも、そんなお前の考えが一番ガキだわな」


「ああっ?お前は黙ってりゃいいんだよ」


「まー、勝手にやってりゃいいけど。俺達には関係ねーことだしな」


「おうそうだなっ、今更なんにもねぇもんなぁっ!」


「あ……あのぅ……」


「ごめんなさい店員さん……。これ、お金です」


「ありがとうございます……」


「はやく行こうぜ太知」


「うん……」


「……へっ」


 辻井は先に、早足で店を出て行った。

 俺達も後を追って外に出ると、集団の中に辻井は座っていた。

 そいつらが皆、無言でこっちを見ている。

 俺達はすぐにそこを通り過ぎて、家路についた。


「……ごめん」


 俺は帰り道で、太知にそう言った。


「つい余計な事を言った。そのせいで言い合いになっちまった」


「うん。僕も、ごめん」


「え……なんで太知が?」


「僕が最初に声かけたからさ。もう今なら、普通に話せるかもって思ったんだけどね」


「ああ、そうか。……すまん、無理だった」


「うん……」


 でも俺は正直、別にいいと思っていた。今こうして楽しくやれているのだから。

 野中と青八木も一緒に居ることが増えてきたし、最近は特ににぎやかだ。

 今更、辻井と仲良くする必要も感じない。


「……」 


 ……仲良くする……必要。

 そんな言葉には、少しだけ違和感を覚えたが。

 

 ◇


 家に着くと女子二人は、やはり縁側に座って俺達の買い出しを待っていた。


「おまたせー、二人とも」


 二人で家の裏手に回って、太知が声をかけた。


「もう、遅いよー」


「遅い!寺島!!」


 あ……俺なんだ……。


「はっはっ、女の子を待たせちまったなぁ一樹」


「まったくですよ、ありえません!」


 親父の言葉に、野中が強く同意する。

 この二人、今気づいたのだが……結構めんどくさい組み合わせかもしれない。

 そう思っていると家の中から、裕子さんが飲み物を持って出てきた。


「こんばんわ。はい、ここにお茶置いとくわね」


 ありがとうございます。と、俺達の声が重なる。


「あら。あなたが青八木さんかしら?一樹くんから聞いてるわ」


「はい、はじめまして!」


「うふふ。それ、可愛い髪飾りね」


「ああこれは……昔親からもらったのを久々につけたんです」


「とても似合ってるわよ」


「えへへ」


 ……ああ……。

 こっちの二人は、なんか、いいなぁ……。


「どうしたの一樹?はやく花火出そうよ?」


「あ、おう」


 両親二人が見守る中、四人で花火に興じた。

 大きな花火セットが二つあったので、そこそこのボリュームがあった。


「綺麗だね、花火。ねっ、太知くん?」


「うん、そうだね」


 パチパチパチ……。


「……綺麗だねー」


「ん?うん」


「……凄く綺麗……」


「……」


「き……」


「……き?」


「君の……方が……もっと……」


「野中……?な……なにを言って……」


「…………太知くん、ドラマとか見ない?」


「え?ドラマ?うーん、あんまり見ないかなぁ」


「そっか……」


 野中が一人で、なにやら高度なやり取りをしていた。

 ひとつ言うなら、それって大人になってからやるやつじゃないの?知らないけど。

 そんな調子で、きっと一時間ほど遊んだと思う。

 そして最後は……残しておいた線香花火を、親父と裕子さんも含めてみんなでやるのみとなった。


「よーし皆、持ったなー」


 親父がライターで一つずつ火を着けていく。

 二人が両手から一本ずつ、いくつか余った線香花火を下げていた。

 火がついてパチパチと鳴りだして、野中は嬉しそうに眺める。

 ……太知も、悪い気分じゃないような表情に見えた。


「着けるぞー」


「うん」


 俺と青八木のにも、火が付く。


「んー……きれい」


「小さいけど綺麗だな」


「私一番好き、線香花火が」


「へぇ……そうなのか」


 親父が裕子さんの花火と、最後に自分のにも着火した。

 その様子を、青八木は眺めている。

 なんとなく俺もそうする。


「……」


 二人は風から火を守るのに必死みたいだ。それが危うく揺れるたびに、小さく一喜一憂している。


「…………あっ」


「ん?」


 青八木の火の玉が、地面に落ちて黒くなって……消えた。


「あぁー……っ!」


「……あー……」


「ぼーっとしてたら落ちちゃったぁ……」


「んー……まぁ、その」


 俺の花火はまだ元気だ。

 それなら、これを____。

 親父たちを見てみる。二人はあらあら、という感じで残念がる青八木を見ている。

 太知と野中は、まだ四つの火花を保っている。


「あー……たしか、まだ余ってただろ。新しく着ければいい」


 袋から一本だして、青八木に渡す。


「ん、ありがと……」


「親父、火着けてやってくれ」


「ん……ああ悪い、ちょっと今風が吹いてて、手が離せないんだよ。お前が着けてやってくれないか?」


 ライターを投げ渡されて、それをキャッチする。

 俺が線香花火片手に、青八木の花火に火を着けることになった。


「………うーん……」


「着きそう?」


「うん、火はもう着く……」


 なんだけど、なんか……周囲の視線が刺さっている気がする。


「着いたぞ」


「わーいっ!」


 顔を上げて周りを見る。

 なんだかみんな口角を上げてこっちを眺めていた。特に、親父と野中が。

 気づくとわりと近い位置に、青八木が居た。とっさにしゃがんだまま後ずさる。


(あっ、あんだよっ!)


 と、その二人にけん制してから、自分の花火に目を落とす。

 もう火花は、最後まで火薬を使い切りそうなところまで来ている。


「…………」


 しかし黙って見守っていると、なぜか火花はしぼんでいき……。


「あれ……」


 落ちるでもなく、途中でそのまま消えてしまった。


「あはは……たまにあるやつだ」


 青八木が言う。


「ふむ、そうなのか」


「新しいのやれば?」


「うんにゃ、もうないんだ」


 青八木が持っているので最後だった。

 俺は、皆の花火を観察してみる。

 青八木のはまだまだ大丈夫そう。親父たちのは、二人とももうじき終わるだろうな。太知達は……あと一本になってしまっている。

 俺は、隣の青八木の線香花火を眺めることにした。

 他のみんなもだんだん花火が終わっていって、結果全員で青八木のを見守る形になった。


「うーん、なんだかキンチョーするなぁ……?」


「はは……」

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