2-12
時間も遅く、あのあとはすぐに解散となり。三人は各々家に帰って行った。
翌日。
朝の九時ごろ。朝食をとって早々に、俺は太知の家へと向かった。
……その道中。
公園を横切ったときに、ベンチに座る男を見た。
その後ろ姿は少しうなだれていて、地面を見つめていた。
まるでなにかに、打ちひしがれているように見える。
……横顔で、そいつが辻井だと分かった。
でも……話すことなんてないと思い、俺は通り過ぎたのだった。
◇
その後太知の家で昼過ぎまで過ごしたのだが、腹が減ったので自宅に帰るこにした。
太知のお母さんが居れば昼食をご馳走してもらえたりするのだが、あいにく途中でどこかに出かけてしまった。
「じゃあな」
「ばいばい」という太知の声を聞きながら、玄関から外に出た。直後夏の暖かい空気に、あくびが出る。そして腹も鳴る。
これは……今日の午後はちょっと、怠惰な時間になりそうだぞ。と予感がした。
だが、あくびをし終えた俺は、ピタと立ち止まった。
そして、不審に思う。
__辻井が、太知の家の前に立っていた。
正しくは道路を挟んだ向こうの歩道に立って、この家を見上げていた。
向こうは俺を見た瞬間、慌てた表情をしてすぐにその場から去っていく。
俺の家とは逆の方向に、道路を走って行った。
どんどん背中が小さくなる。
「……」
……なんだ、あいつ。
なにをしてたんだ?
「……?」
と思ったら。今度は何故か、あいつの姿がみるみる大きくなっていく?
近づいてきている。
しかも、走ってる。
恐らく俺に向かって……一直線に……。
というかなんか、構えてないか?腕を上げて、拳を握って__。
「……がぁ!!」
「うわぁっ!?」
こいつ、殴りかかってきやがった……!
俺はとっさに避けて離れるが、まだ追って来る。
肩を掴まれて、取っ組み合いになる。
「いや意味が分からん!理由を言えよ!!」
「八つ当たりだ!!」
「はぁ!?」
「んぐうぅぅ……!……ぐあぁっ!!」
「んのおらっ!!」
体をひねって辻井を地面に投げ倒した。
しかしその勢いで、俺自身も転げた。
早々に泥仕合だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「……俺は関係あんのかよ。……お前のその、鬱憤に」
立ち上がりほこりを払う。
「ねぇよ。……いや……ああ、…………ねえよ」
……なんだコイツ。
「じゃあなんで俺に当たるんだよ。どっかいけよ、ふざけんな。なんか俺に気に食わないことでもあんのかよ」
「……丁度いい所に、阿保ずらが居たからよぉ!」
「お……おいっ!」
まだ突っかかって来るかよ!
「もう高校生だぞ!いつまでこんな事してんだお前は!」
「っせぇー!!」
「なんにも成長しちゃいねーなっ!」
辻井の胸を突き飛ばす。
するとそのまま頼りなくよろめいて、立ち尽くす。
「……ああ……あったぜ、お前に言いたい事……」
「……あ?」
「てめぇ俺を裏切って置いて、よくもまぁ平気な顔で居られるよなぁ!」
「は?なんだそれ。俺はそんなことした覚えはないんだが」
「なんだと?」
「俺はただ自分の気持ちに従っただけだからな。お前が勝手にそう思ってるだけだろ」
「……なんだと?……本気で言ってんのか?」
「まさかお前、まだあんな事言ってんの?」
「…………」
辻井は息を切らしながら、無言でにらんで来る。
「そうならもう、俺に関わなければいい。お前もその方がいいだろ、俺が気に食わないならよ」
……沈黙が流れる。
「……ふん。…………そうだな」
それきり辻井は完全に黙り、ほどけた靴紐を結び始めた。もう行こうとしているというのが分かる。
俺はそれを見ながら、一つ疑問が浮んでいた。
そういやこいつは、太知の家を眺めて何をしてたんだ?
なにか目的があったのか、それとも見ること自体がそれなのか。
聞いてみようかとも思うが、そういう空気でも気分でもなかった。
辻井は結び終えると、何も言わず立ち去って行った。
◇
帰り道、もやもやと苛立ちが湧いて気分が晴れない。
それでふと気分転換に、寄り道をしようと思いたった。
最近、あの向日葵畑に行っていなかったのを思いだしたのだ。
そうして町の端まで移動する。少し暑すぎる町には、人はほとんど見受けられなかった。
畑の向こうは変わらずで、良い場所だが日光に晒されている。
じっとりと汗をかいて座っていると、ひとつ気づく。
青八木がこの場所を好んでよく訪れているのを知って、物好きな奴だと思ったものだが……俺も少し変だ。
来ればこんなにも暑く喉が渇くのに、ふとこの場所を求める時がある。
結局その後、小一時間過ごして、そこをあとにした。
畑の中を歩いて戻るとき、ベンチの上で考えた事を頭で反復する。
おもに辻井のことだった。
あいつの存在が最近、やけに引っかかる。ずっと関わっていなかったのに、ここに来て数日で複数回、会っている。
それはただの偶然なのだろうか?
「…………」
……?
気のせいだろうか、人の声がする気がする……?
いや、確かに誰かが話している。
女の声だ。
少し進むと向日葵の隙間から薄っすら見えて来た。
この畑の前で複数人の女子と、一人の女子が立ち話をしている。
「珍しいね、高木ちゃん。こんな町の外れに居るなんて」
「…………ホントに来た」
「……待ってたの?」
「こっちでよく見るっていう話を聞いたからちょっとね。まさか早々に来るとは思ってなかったけど」
「……」
「ねぇアオイ、分かってるでしょ?なにを話しに来たか」
「……うん」
とても、出ていける雰囲気ではない気がする。
「戻ってきなよ。もう気まぐれも十分だよね?」
「気まぐれじゃないよ」
「急にあたしたちと遊ばなくなって、アンタがこんなことするなんて思ってなかったわ。でももう気は済んだでしょ?」
「済んでないよ。言ったでしょ、これからは私たち別々にいこうって」
やはり青八木と高木は、大方予想していた通りの関係になっていたのだな。
それで高木の方は、未だ納得していないという事か。
「……あのさぁ、わたしがイラついてるの分かってる?」
……これは。
……苦しい場面だ。
「あの時……”いいよ、勝手にすれば”って言ったじゃない」
「いいから。今ならまだ許してあげるから、早くこっち来な」
「私は、嫌だ」
「わたしが何でこんなに引き留めるか分かる?それはね、アオイが大事な友達だからじゃん!」
嘘だ。
と俺は思った。
高木の態度や声色、今までの様子から考えた結果だった。
高木が大事にしているのは、学年での立場だろう。
青八木は多分おおよその意見として、見た目がいい。
その彼女を後ろに置いておけば、自然と自分の地位が高くなるのを知っているのだ。実際一学期や、中学の頃はそれが出来ていたからこそ、焦っているのだ。
学年でのその立場が、揺らぐことを。
「……」
少しの間その場の全員が黙る。
俺は今更、盗み聞きしていることに気が付いた。しかし戻れば葉音が鳴り、存在がバレてしまう。
その時__。
「それは嘘」
青八木が言ったその言葉が、はっきりとその場に通るのを聞いた。
「ひどい!わたしはホントに友達が大切で……」
「思ってないのに、そんなこと言わないでっ!!」
「…………な」
高木が動揺して、しばらく何も言えなくなる。
「……な、なに怒ってんのさ……?」
青八木がこんな風に感情を出したのを初めて見たのだろう。俺も、怒りをあらわにするのを初めて見た。
だが彼女は、ここ数日で心からの気持ちを出すようになっていた気がする。なので俺には、高木ほどの驚きはない。
そしてもう、話し合いは決したように思えた。
「高木ちゃん、もういいんじゃない?こんな人、もう友達じゃないでしょ」
「あ……」
取り巻きの一人がそう言うと高木はハッとして、表情をきつくする。
「馬鹿じゃないの?そんな風に意地になって。言っとくけどあんた、もう戻れないから」
青八木はもう、目を伏せて立ち尽くしているだけだ。
「こんな田舎町の端っこに、なにがあるっての?」
「…………」
「……もういい、行こう」
高木はそう言って、町の方へと振り返って歩き出した。
取り巻き達はなぜか、待ってましたと言わんばかりに颯爽と着いて行く。
わざとらしく張り上げた話し声が、徐々に遠ざかって行った。
「…………」
青八木は動かない。
俺はどうすればいいのか分からなくて、ただ息をひそめる。
「……!」
すると向こうは、畑に向かって来た。
彼女もこの畑に入って来るつもりなんだ。元々、そのつもりでここに来たんだろう。
俺はどうするべきか考えた結果、素直に姿を現すことにした。
「……よっ!…………よお」
「うわっ……!?」
「なんだ、お前も来てたのかよ?」
「あ……うん……」
もちろん今あった事は、全部知らないと言う体だ。
「なんだよ、なんか元気ないな?」
「……もしかして、見てた?」
「……えっ」
「なんかそういう顔してるけど」
「…………」
◇
俺がほとんどの一部始終を見ていた事を言うと、青八木は少し困ったような顔をした。だがそれから、屈託ない顔で微笑み言った。
「まぁ、見てた通りだね」
青八木はそれだけ言って、高木たちについては詳しく言わなかった。
だから俺もそれについての事は口に出さないでおいた。
「これでいよいよ友達が減っちゃった」
「うん……」
「でもいいんだ!だって……」
「うむ、あれだな。野中は青八木のことをかなり好いてるから……あいつで勘弁してやってくれ」
「……うん。私も野中ちゃん大好きっ。こんど吹奏楽部に、彩ちゃんの演奏見に行くんだ!」
最近になって見れるようになった、あどけない顔で彼女はそう言った。
その後……。
その場で別れて、俺は家に帰り、青八木は花畑の向こうに行ったのだった。
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