4-12
「それで……一体今、何時くらいだよ?」
後ろから来る辻井の質問に、空を見上げて答える。
「さぁ、正午くらいじゃないのか」
「暑いんだよ……こんなに晴れやがって」
今更だと思った。
だが、向日葵の間から覗く青空では、太陽が下がり始めたところだった。つまり気温が、ピークに達しているということだろう。
俺のすぐ右斜め後ろを歩く、子供を見る。
「お前は暑くないのか?」
「うん」
その小さい体は、全身が向日葵畑のまだらな影に隠れていて涼しそうに見えた。
だがこいつの場合、心底暑いと思っていても何も言わずにいそうな気がしたので……一応聞いておいた。
「あぢぃーっ!!」
文句しか言わない男と、ほとんどしゃべらない子供を連れて。山へ向かう道なき道は続いた。
しかし一時間くらいで、どうやら子供が疲れて来た様子だった。
そこで俺は、「ここらで一旦休もう」と辻井に言った。辻井は渋ったが、無理やり言いくるめて休憩に入ることにした。
丁度いい頃に、また少し開けた所に出た。
またもや見知らぬ、小さな建物がある。
今度も廃墟かと思いきや、金属でできているわりと綺麗な謎の小屋だった。
人間一人サイズのドアには錠前がかけられていて……「電気」だとか「管理」だとかが書かれていた。
俺達は、その建物に背中を預けて座った。
「なんでこんなとこで足止めを食らわなきゃならねぇんだ」
「いいだろ、どのみちぶっ続けで歩くことはできないんだから」
「俺はとっとと駅に着いて家に帰りたいんだよ」
「お前はそうだろうが……こっちがなぁ」
隣の男の子を見る。
黙って、ただ足元の草をいじっていた。
やっぱり休憩を取っておいてよかったと思う。飲み物もないこの暑さの中で、熱中症にでもなられたら大変だし。
「……お前、子供好きだったのかよ?」
辻井が聞いて来る。
「いや、ただなんとなく……分かるだろ?こんなとこで迷子になって、心細いだろうなぁってのが」
「はぁん。……俺にはわからんな」
辻井はそう言って顔を逸らした。
分からないが、俺はなんとなく……それは嘘だろうなと思った。
「お前がそんなに急いでる理由こそ、俺には分からんがな」
「……別に、急いではいねーよ」
ただ……、と辻井は続ける。
「嫌いなんだよ、あの町は。だから早く行って、とっとと電車で引き返したいだけだ」
「……ふーん」
離婚した父親が、向こうに居るんだったっけか。
ふと昔俺自身も、隣町に対して苦手な感情を抱いていたことがあったことを思い出す。
だがやはり……今の俺はもう、それで共感を得ることはないようだった。
◇
さらに三時間程歩いて、山はすぐそこまで迫っていた。
もう何キロ歩いたのか分からない。
だが高校生ならば不可能な距離ではなかったのは、自分の体調と辻井の様子から分かった。
問題は……男の子のほう。
子供じゃ到底無理な距離だと思い、何度か休憩は挟んだのだが……それでも足の疲れが全く解消されるという訳ではない。彼は、段々と歩くのが遅くなっていった。
それでも何も言わずに歩くさまは……健気と言うよりも哀れに思えてしまった。
なんとか楽な道はないかと思いつつ、山のふもとにたどり着いた。
「……ここまでふもとに来ても、人は住んでないんだな……」
「俺もこんなとこ来た事ねぇよ。電車で通るのも三十分以上かかるけど……こんなに距離があったのか」
「この山に沿って向こうの隣町に行くだけだな。……何時間かかるかは分からないけど」
「……うーん……」
俺がそう言うと、辻井は渋い顔で唸る。
どうせここまで来たんだ、こうなりゃヤケだろう。
俺がそう考えていると、ふと男の子が声を出す。
「…………海の音?」
「……ん?……なにを言って……」
「海の音がする……」
キョロキョロと首を回して、「海の音!」と言い続ける。
……俺も耳を澄ましてみる。
「…………」
「しないぞ?気のせいだろ」
「……いや……」
向日葵がざわめく音に交じって、歩いているときには無かった音が確かにある。
それはたしかに、波が打ち寄せるときの物にも聞こえた。
「……こっち、こっちだっ!」
「あっ、おい!」
山を横切るように、感じた方向へ走った。
子供も後をついて来る。
実際に海があったとして、それがなんになるのか分からないが……。
もしかしたら人が居るかもしれない。それか建物か。そうすれば状況も良くなる可能性がある。
波の音が段々と大きくなってくる……。
しかし、まだ距離がある。
そう、思ったのだが。____視界が、急に開けた。
「うわっ」
「どうした、急に止まって。……ほんとに海があったのか?」
「うん……あった、けど……」
「あ、そりゃあ……」
「……うん」
俺のひざには、ガードレールが当たっていた。
そしてその先に…………崖と、海が広がっていた。
「海岸を歩けば、少しは楽かと思ったんだがな」
期待と言うほどのものはなかったが、俺は軽く息をついた。
男の子はと言うと、海をしばらく眺めていたと思ったら……今度は山の方を見る。
なにを考えているのかと見ていると、またも突飛に言い出した。
「ねぇ……ここからずっと、道があると思うよ」
「……道?」
「うん」
……何が言いたいのか、考えてみる。
俺もこの子に習って山を観察してみると……思いついた。
「ちょっと、あっちにしばらく歩いてみようぜ」
俺達がずっと進んでいた方向を示す。
「え?ああ、そうだな……山に沿ってくしかないんだもんな……」
三人で、ガードレールに沿うように歩き始めた。
そして歩いて、数分がたった。
山肌は、俺達の右側にそびえている。
「ん、あれ?…………あっ!」
「……おお……」
やっぱりそうだ……。
道路に出た。
向日葵畑が急に終わり、長い道路が山と、ガードレール越しの海に挟まれて続いていた。
緩くカーブしていて、二車線で歩道はない。
この道路は見たことがあった。
これはきっと、隣町に車で行く際に車で通っていた……あの道路だ。
「なんだか知らんが、よく分かったなぁ」
「うん、まぁ……この子が気づいたんだけど」
俺はただ、山と海の配置で、もしかしたらと思ったのだ。
子供の方は、ただ黙って道路が続く先を見つめていた。
「終わったな、ひまわり畑」
「ああ……多分これでやっと、俺達の町から出たって事だろうな」
畑が途切れたすぐそばに、隣町の名前が書いた標識が立っていた。少し錆びれている。
「よし、このまま行けば隣町に着くぞ」
よかったな。
と、男の子を見下ろしして言うと……。
「うん……」という変わらず控えめな返事が返って来た。
「疲れたか?」
「うん……ちょっと」
「……そうか。…………おぶってやろうか?」
「……ううん、……いい」
ふるふると首を振る。
「おおい、行かねーの?」
「……ああ、今行く」
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