4-11

 しばらく日光に焼かれるまま、じっとそこで自分を落ち着けた。

 体の調子が戻って来た頃、ふと思った。

 ……ここは何処なんだろう……。

 どうやって帰ろう。

 そもそも今自分がどのあたりに居て、どれほどこの町を見たのか分からなくなっていた。

 それともまだ青八木の家を、あのベンチを、探して回るべきか。

 だが心では理解していた現実が、押し寄せてくる。

 

(どれだけ探したところで、見つかることはないのだろう)


 いままでのがむしゃらな探索は全て、俺の現実逃避に過ぎない。

 分かっているんだ。

 ……そして俺は、力なく、再び歩き始める。 

 


 そうしてしばらく進むと……ひまわりの花の向こうに高く伸びたものが現れた。

 それは風力発電用の風車のように高く、白い。

 もう少し歩くと、どうやら畑を出られるようだった。


「…………」


 現れたものを見上げると、本当に高い。

 ビルにして、八階くらいだろうか。

 そびえ立つというのが言葉そのままな様子で、その塔はあった。

 てっぺんに大きな光源らしきものがついているのが見えていた。それが知識にある”灯台”の形と重なる。

 だが何故、こんな所に灯台が。

 俺の中ではこれはいつも、海岸に立っているイメージだ。

 そうして海岸の場所を船に知らせるのが役割だと思うのだが、こんな場所で誰に、何を知らせるというのか。

 塔の根元にぽかりと空いた入口を見つける。

 俺は塔を少し見上げたのち、そこをくぐった。

 内装も、全て白く塗装された金属で作られていて、所々隅の方がすすけていた。

 らせん状の階段が、中心の太い柱にそって、上へと続いているのが目に入った。

 俺達は自然にその階段に足をかけ、上へ上へと登って行った。

 定期的に階層っぽい床があるのだが、特に何もない。

 しかしふと見ると、羽虫の死骸が落ちていた。

 ……蛾だ。

 焦げ茶色い大きくも小さくもないサイズの蛾は、羽を広げたまま床に息絶えていた。

 俺は、特に気にすることもなく足を進める。

 次の階層にもまた、蛾の死骸があった。

 けれど今度は……数匹に増えていた。

 多分五匹以上。……床に転がっていた。

 だが、いちいち数えるのも無駄だった。

 なぜなら。

 死骸の数は……登るたびに増えていく……。

 数分登った頃にはもう、数十匹にもなっていた。

 …………なんだ、これは?

 こいつらぜんぶ、灯台の光に誘われて寄って来たのか?だから上に行くほど、多くなっていくだろうのか。

 床に散らばった蛾たちは、気色の悪い光景と言わざるを得ない。

 早く上に着いてほしい。

 もうすぐ、外に出る。

 屋上の光景に不安が混じる中、眩しさに目を細めて屋上に顔を出した。


「…………」


 屋上は砂っぽいが、ただの白い床だった。

 蛾は一匹も居なく。それよりも、予想していなかったものがあったので……俺はそこに目線を注ぐ。

 屋上を丸く囲う鉄の柵前に…………小さな子供が一人、座り込んでいた。


(小学生か……?なんで、一人で……)


 妙だと思い、俺は無言で近づいて行く。

 うずくまっているこの子は、服装からして男の子だろう。


「おい……どうした?」


 俺の言葉に肩をピクリと動かして、顔を半分上げる。

 涙の跡が、目の下から伸びていた。


「お前、一人なのか」


 ……いや、どう見ても一人か。


「……親はどうした?」


「……」


 こっちの顔を見たり、目線を下げたりするだけで、何も言おうとしない。

 なんだよ……せっかく心配してるのに。

 そう思うが、もう一度トライしてみる。


「……迷子だから泣いてたんだろ?」


「…………うん」


 とりあえず答えは貰えた。

 しかし俺が迷子という単語と使ったからか、再び泣き出しそうな顔になって、顔を膝にうずめてしまった。

 そこで俺はふと思う。

 ……この子供をいつか、どこかで見たことがあるような……。


「……お前は、ひとりでここに来たのか?」


「うん……」


「そうか。じゃあ、どこから来たか分かるか?」


「わかんない……おじさんのうち」


「おじさん……ってだれだ」


「おじさんは…………おじさん」


 ……全然分からん。

 ……まぁいい、どのみち住宅街まで行けなくてはどうにもならない。


「それで今、お前は迷子になってると……」


「う……うん」


「実のところ、俺も似たような状況なんだよ」


「そうなの?」


「ああ。それでもいいなら……一緒に行くか?ここにいても誰も来ないんだろう」


 男の子は膝から出した瞳で俺をじっと見てから、周りの向日葵畑を見回した。

 俺もつられてそうするが……こんな高い所から見ても、なんにもない広大な畑だった。

 本当に俺は、いつの間にこんな所に来てしまったんだろう。


「うん……行く……」


 立ち上がり、俺の前に来る。

 どうやら着いて来ることにしたらしいので、二人で灯台を降りた。

 男の子は途中、蛾の死骸が怖いようで、目を覆って見ないようにしていた。

 それを見ていると、急に去年の記憶が思い起こされた。


「……なぁ、お前……去年の夏にも、迷子にならなかったか?」


「え……?」


「夏祭りの会場で、親とはぐれたり」


「う、うん。……なった」


 どうして……。という顔で答える子供。

 だが俺は、納得がいった。

 そうだ。

 こいつはあの夏祭りの神社の境内で、迷子になって泣いていた子供だ。


 ◇


 そして子供を連れて、あてもなくさまよって……。

 ……数十分が過ぎた頃。

 また視界の先が開けてきて、どこかに出る予感がした。

(どうか知ってる建物であってくれ……)と、そう願いながら出た先は、見たことのない建物だった。

 それを見て、溜息をつく。

 見た目的に間違いなく廃墟であろう。

 屋根から潰れてひしゃげた、全面トタン張りの小さな小屋だった。


「とりあえず、休むか」


「うん」


 その前の大きくすべすべした岩に座って、一息ついた。

 ほんと、どうしたもんかな……。


「……おい」


「っ!」


 なんの脈絡もなく、男の低い声が頭に響いた。

 予想外の音に反射的に顔を上げる。


「……お、やっぱそうじゃねぇか、寺島」


「あ…………お、お前……辻井……?」


 今となっては腐れ縁の知り合いが、目の前に立っていた。


「もしかしてと思って、声かけたんだよ」


「……お前……なんでここに」


「ん?いやー、ランニングしてたら迷っちまってよぉ」


「ランニングだぁ……?」


「ああ、俺の日課。それでクソ暑いから……とりあえず日光を避けられるところを探し回ってたんだ」


「それで、ここにたどり着いたと?」


「んー。ここ、結構いいと思ったんだがなぁ。天井が潰れてたんだよなぁ」


「……待て。さっきお前、迷ったって言ったか?」


「え、うん。ここが一体どの辺なのかわかんねぇ」


「お前……昔からこの町に住んでんだよな?」


「え、ああ、そうだが」


「なのに迷ってんのかよ?」


「しょうがねーだろ、この町じゃよくあることだ」


「……はぁ……」


 つまり……コイツも、俺達と同じ状況ってことじゃねぇか。


「迷子が一人増えただけかよ……」


「なんだ!お前も同じかよ、ははっ」


 まったく面白くない。

 まさかここでこいつに会うとは思っていなかったが、状況は何も変わらないようだった。


「……ていうかよ、その子供は誰だ?弟か?」


「いや……この子は、さっき会ったただの迷子だ。」


「……迷子?」


「こいつも迷って親とはぐれてるらしいから……とりあえず一緒に連れてくことにした」


「ふうん……」


「ところで、お前は一体どこに居たんだよ?全く気が付かなかったが」


「俺ぁあそこで、これからどっちに行こうか考えてたんだよ。そしたら座ってるお前たちを見つけたんだ」


 ……あそこ。

 と言って辻井が指さすのは、小屋の影だった。

 なるほど、あのあたりなら日光も防げる。

 俺と子供もさすがに暑いので、そっちに歩いて行った。

 すると小屋の壁際に、細い銀色の蛇口が突き出ていた。


「お……」


「そこ、水出るんだぜ」


 ひねってみると、本当に水道水らしきものが出た。


「……飲むか?」


 男の子にそう聞くと、こくんと頷いて飲み始めた。背が低いので飲みやすそうだった。

 喉が渇いていた俺も同じ様に、しゃがんでがぶがぶとを水分補給をした。


「なぁ、どうするよ?」


「ぷはっ…………ん?」


「こっから俺達、どうやって帰るよ?お前も帰り道全く分かんねんだろ?」


「お前は、なんにも心当たりはないのか?大体の方向とか。生まれた時からこの町に住んでるんだろ?」


「それがてんで分からん。この小屋の裏手の方角から来たのは覚えてるが、その前に何度も方向転換したからなぁ」


 俺も自分が入って来た方向は分かってるが、それ以前のルートは同じ様に定かではなかった。


「こうなっちゃもう、昔から住んでる人間でも分からんよ」


 一樹だって、小学校からここに居るだろ?

 という辻井の言葉には……曖昧に頷く。

 そしてさっきの灯台から見た景色を、再び思い起こしてみる。

 本当に……ただただ向日葵畑が広がっているようにしか見えなかった。

 だが記憶の景色を思い比べて、ふと思い立った。


「……ああ、そうだ。ひとつ思いついたぞ」


「なんだ?」


「あるじゃねーかひとつだけ、こっから目指せる場所が」


「なんだって?そんなもの、どこにも……」


「あれだ、あの山を目指せばいい」


 俺が指さすずっと先に、大きな山の像があった。


「あれを……目指してどうなるんだ……?」


「あの向こうには隣町があるだろ?そっから俺達、電車に乗ってこっちの駅まで帰ってこればいいんだよ」


「ほう……」


 これは筋が通っている提案だと思う。

 だけど辻井はなぜか、あまり乗り気じゃないように見える。

 たしかにここから見る限りでも、山まではそうとうの距離があった。何時間かかるのかもよく分からない。

 俺は、隣で俺達の会話に聞き耳を立てているであろう男の子に訊ねる。


「なぁ、俺の提案通りあの山まで行くって事になったらお前……そこまで歩けるか?」


「うん、だいじょぶ……」


「そうか…………ほんとに大丈夫なのか?」


「なんだよこいつ、やけにやる気だな」


 もしかして、事の大変さが分かってないのだろうか?


「そうとう歩くことになるけど、いいんだな?」


「うん、行く」


 まぁ、乗り気ならそれでいいか……。

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