4-9
次の日の朝も太知と
二人、奇妙な通学路を進んで登校した。
だがこの奇妙だという感覚も、二日前に比べて明らかに薄れてきていた。
やはり思ったのは……俺は少しずつ、この状況に慣れてきているな、ということ。
三階に着くと、「じゃ、今日も部活あるからね」と言い、太知は自分のクラスに向かって行く。
「ああ、分かった」
離れていく太知の向こうで、廊下で話している生徒たちが沢山居る。
それを見てふと、声を上げた。
「……なぁ、太知っ」
「うん?なに?」
「その……変な事を聞くかもしれないんだが……」
…………。
俺は、そこで黙ってしまう。
……本当に、変な事を聞こうとしていた。
それにもし、太知から返って来た答えが、俺の予感していることと一致したとしたら……。
「なに、変な事って?」
「いや…………なんでもない。やっぱいい」
「えぇ??なんだよそれ、気になるなぁ」
「なんでもないんだ」
いいさ。
自分で確かめてみればいい事なんだから。
「んじゃあ、行くからね?」
「ああ」
俺はそれを見てから、自分のクラスに足を向ける。
……しかしすぐに、立ち止まって顎に手を当てる。
そしてもう一度、廊下を眺める。
太知はもう居ない。
「……」
やはり一つ、気になることがあった。
けどそれは、今自分が置かれている状況のせいで疑心暗鬼になっているだけなのかもしれない。
教室に入って、自分の席に着く。
前の席に、暇そうにあくびをしている男子生徒が居たので、質問してみる。
「なぁ」
「ふあぁ…………ん?」
「青八木アオイって女子、知ってるか?」
「……?」
男子生徒は俺に不思議そうな視線を送ったのち、考えるように空中を仰いだ。
「…………」
それから両手を上に広げて。
「知らない」、と言うようなポーズをした。
◇
その日の放課後。
教室でしばらく過ごして、同級生がある程度いなくなるのを待った。
やはり考え過ぎだと言う可能性はあったし、そんなことが起きるわけもない。
____窓の外の景色を眺める。
……俺は確かめておきたかった。
なぜなら心の中のもやは、どんどん大きさを増していたからだ。
生徒の数がかなりまばらになってきて、教室に残る人が数人だけになったら荷物を持って教室を出た。
四組の前まで行って、ドアのそばから中をうかがうと同じ様に少しの生徒しか残っていなかった。
五人女子生徒だけが、残って喋っていた。
それぞれ三人と二人のグループで、俺は二人の方に控えめに声をかけた。
「あの、ちょっといい?」
「……どうしたの?」
「あ、寺島じゃん。ひさびさに見たー」
片方は、「誰だコイツ」という顔をしていたが、もう一人が小中同じだったのでよかった。
「ええと……」
やはりすこしためらうが、聞くべきことを言う。
「あー……その。青八木、って……今日、来てるか?」
「なにー?彼女?」
「え……いや……」
知り合いの方が、にやにやしながら聞いて来る。俺はその反応に、嫌な予感がしていた。
「違うの?……女子なんでしょ?」
「うん、まぁそうなんだけど」
「やっぱりー、そういう感じに見えたし」
「それであの、青八木は……」
ずっと黙って話を聞いていたもう一人の女子が、ぽつりと口を出す。
「居たっけ……?そんな子……」
「…………」
「うーんたしかに、そういえば聞いたこと無い苗字だわ」
「このクラスじゃないんじゃない?青八木って特徴的な苗字だし、忘れてるって事はないと思うけど」
「…………ちょっと、いいか」
教室に踏み入って、横の小さな黒板に目をやる。
熱心な担任だったら、ここにクラス全員の磁石の名札が貼ってあったりするはずだ。
案の定ここの担任は、そういうタイプだった。
上から下まで並んだ名前を見て行く。
「…………」
「やっぱ居ないよね?青八木って子は」
何度も視線を往復させたが、ひっかる名前すらない。
俺は少し後ずさりしたあと、「ありがとう」と小さく言って教室を出た。
そしてすぐ、三組のクラスに入り……同じ様に名札を探した。
中に居た生徒が、妙なものを見る様子で俺を見ていた。
そして名札はあったが、青八木の名はそこにもなかった。
「……っ」
二組に飛び込む。
またしても生徒が、固まった顔で俺を見る。
……このクラスには名札が無かった。
クソっ!!と心の中で言い放つ。
だが俺はすぐに思いついて、教壇を漁り始めた。生徒の名簿を勝手に取り出して、視線を注ぐ。
「…………」
……ない。
ない。ない。
……ない。
ない……!!
じゃあもう……。
残るは、俺のクラスだけだ……。
力なくその場から立ち去って、ふらふらと自分の教室に戻る。
そのまま、自分の席に腰を降ろして、頭を下げた。
「…………」
四組だった。
この町がおかしくなる前は、確実に青八木は四組に所属していた。
でも他に、いくつか変わっていた事もあったから、もしかしたらと思って他の組も探したんだ。
そこに居なかったから、あとはこの一組にしか可能性はない。
けど俺は、青八木の存在に気づかないまま過ごすほどの馬鹿ではない。
「……なぁ……このクラスで、青八木って女子、居たか」
手近な、勉強中の真面目そうな男子生徒に声をかける。
「え?居ないでしょ?」
当然と言う感じで返って来る。
それっきり俺は無言で荷物を持って立ち上がり、玄関へと向かった。
靴を履き替えていると、唐突に声をかけられる。
「あ、一樹!やっと来た!」
横長の楽器のケースと楽譜を持って、太知が廊下から俺を呼んでいた。俺が目線だけで答えると、玄関まで入ってきて前のめりに喋り出す。
「ずっとここら辺うろ着いてたのに、全然来ないんだもんなぁ。もう帰っちゃったのかと思ったよ」
「ああ……」
「珍しいね、放課後に残ってるなんて。なんかあったの?」
「うん……」
「……ふーん?」
不思議そうに俺の顔を見る太知。
自分は今、どんな顔をしているのか。
そこに野中も、太知の背後から玄関に入って来た。
「寺島、見つかったんだね」
「あっ野中。そうだそうだ、一樹、明日遊びに行かない?」
「遊び?」
明日は土曜日だった。
「そう三人で、隣町までさ!たまにはいいんじゃないかなって思って」
「本当は太知くんと二人でデートしたいんだけどねぇー、しょうがないからついてきてもいいよ」
「…………」
俺はいつのまにか足元を見ていた。
そのまま、口からこぼす。
「悪い、気分じゃないんだ……」
心からの言葉だった。
「……そう?そういえばたしかになんか、顔色良くないよね……」
「ああそうなんだ。だから、悪い」
「うん、そっか……分かったよ。じゃあ、またね……」
「うん……」
「もうすぐ夏休みだしさ、その時に沢山遊びに行こうよ」
「気をつけなさいよ。ぼーっとしてたら迷うわよ」
背を向けたまま無言で頷いて、ゆっくりとした足取りで玄関を出て校門に向かった。
そのときの俺はもう、友達の気遣いにも反応する余裕がなかった。
家への方向はもう、間違えることはない。あまり意識せずとも帰路を辿れる。
遅れて下校したからだろう、周りに人は見当たらなかった。
帰り道のさなか、重しのように心に居座っていたものはきっと、後悔の感情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます