4-4

 夜九時過ぎになると、タバコの箱を持って外に出る。

 両親には、「コンビニに行ってくる」と言ってきた。 

 そのまま捨てる場所を探そうと思ったが、手ぶらで帰ると変に思われると気付いた。

 なので俺はまず、本当にコンビニに向かった。

 


 自動ドアをくぐって、少し驚いた。

 レジの前には夜なのにちょっとした列ができていて、そこには知った顔が沢山並んでいた。

 同級生の男子生徒が、三人。

 でも、普段はあまり話さない奴等ばかりだった。

 向こうは何も言わずに一瞥してくるだけだ。

 なので俺もその列を横目で見ながら、店の奥へ行く。


「わっ……!」


「……っ?」


 よそ見をしていたら、店内に居た人に気づかず、ぶつかってしまった。


「あ、ごめ……」


「ちょっとちょっと……もー」


「な、…………さい」


「うんまぁ、いいけど」


 …………。


「え?……なに?」


「……あ、青八木……」

 

 去年にも見た、半袖のパーカーとショートパンツの涼しそうな格好で……彼女は何気なく立っていた。


「ん、久しぶり」


「ああ、うん。……そうだな、久しぶり」


「あれ?寺島……なんか、やせた?」


「え、いや。体重は変わってない」


「そっか、気のせいかぁ」


「……うん」


 俺はジュースを一本。適当に取って、レジにの列に並ぶ。


「あ、早いね。もう決めてたの?」


 すると、青八木も後ろに並んでくる。

 よく見ればすでに、手にシャーペンの芯を二つ握っていた。


「切らしちゃってさ、これを買いに来たんだ。便利だねーコンビニって」


「だな」


「ジュースだけ買いに来たの?」


「ああ……」


 買い物を済ませて店を出た。

 そのまま店を離れて歩き始めると……青八木もドアをくぐってコンビニを出て来くる音が聞こえた。

 そしてとぼとぼと進む俺の数メートル後ろで、彼女も同じく歩くのだった。


「…………」


「…………」


 街灯が頭上に来ると、その明かりが俺達を照らす。

 そのたびになにかこう……晒されている気分だった。

 簡単に言うと、居心地が悪かった。

 もう、そんなことを感じる必要はないのに。

 そうして少し歩いたところで、後ろからスタスタという早い足音が近づいて来た。

 それを聞いて、目を細める。

 そして振り返った。

 青八木がすぐそこに立っていて、頬をかいていた。


「……いやぁ……なんかこのまま別々に歩くのも、変だと思って」


「あ……変、か…………そうか」


 ……というわけで結局、二人続いて歩くことになった。


「でも、本当に久しぶりだね……こういう感じで一緒に話すの」


「ああ、本当にそうだな」


「あっそうだ。そういえば寺島は、進路、なんて書いた?」


「進路。進路は、まだ何も」


「そっかぁ。私は進学するかなぁ、とりあえずどっかの国立には入れそうだし」


「……進学、ね。……そうか……」


 やはり、そうなのか。


「去年に配られたときは、なんて書いたの?」


「去年は……ああ……なんて書いたかな」


 本当は、覚えている。

 なのになぜ自分が、こんな事を言うのかが分からない。


「……ふうん……」


 青八木は、それきり何も言わなかった。

 だから俺も黙って歩いた。

 そうやって少し経ったときに。

 ふと青八木が一足前に出て、俺の斜め前に来た。

 そして、前方を向いたまま言った。


「なんか、もしかして…………元気ない?」


「え?俺がか?」


「そう、なんか前に話してた時と様子が違うなぁって思った」


「いや……別に、元気ないことないよ」


「そうなの?」


「変わったんだよ。もう去年の夏から、一年近く経ってるんだからさ」


「一年……そっか」


 そうだよね……。と言って小さく微笑む。


「けどわたしは、去年の夏休みからなんにも変わってないや」


「はは……そうか……」


 それは、本当に良かった。

 何故かそう思うと同時に、胸がツクンと痛んだ。


「ああそうだ。知ってる?」


「ん?」


「もう結構伸びてきてるんだよ、あそこの向日葵」


 胸が今度は、鼓動と一緒にズクンと感じた。


「……ああ。そうなのか」


「もうね、わたしの首ぐらい。だから多分、寺島の肩ぐらいだよ」


 そう言って俺の肩の横に、手を水平に持って来る。


「きっと梅雨の雨で一気に伸びるね」


「…………」


「……寺島?……どうしたの?」


「…………青八木はまだ、あの向日葵畑に行ってるのか?」


「え……?うん、たまにね。まだ見に行くだけだけど」


「夏になればまた、あの場所で過ごすのか?」


「そりゃまぁ、あたしのお気に入りの場所だからね」


「俺は今年は……あそこに行けそうにないよ」


「……えっ……」


 急激に、”ここ”だと感じていた。

 断ち切るなら今、この瞬間だと。

 なぜならもう、走り去ってしまいたいほどに、俺の胸の痛みは増していたからだった。


「今年というか、もうずっと行かないだろうな」 


「え、な……なんで……」


 困惑した顔で見てくる青八木。


「ねぇどうしたの急に……?何か理由があるの?」


 理由……か……。

 もう、それもよく分からない。とにかく気楽に過ごしたかった。


「じゃあ、俺こっちだからさ」


「あ……っ」


「じゃあな……っ」


 十字路に差し掛かったところで、俺は右に曲がって走った。

 後ろで微かに聞こえた声があったが、そのまま吹っ切って行った。

 そしてしばらく走った後で、あの向日葵畑へ向かったのだった。

 捨てるなら、あの場所しかない気がする。理由なんてなく、俺はそう思った。

 そしてそれを最後にもう、俺はあの場所へは行かない。

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