3-8
「なぁ……」
「うん?」
「……そろそろ、誘った方がいいんだろうか?」
帰り道で俺がポツリと言ったのを、二人が驚いた顔で見た。
「……なんだよ?」
「随分、積極的だね?」
「二か月前からは考えられない!」
「いや別に。……まぁ、いいけど……」
やる気があるというより、素直な考えを口に出しただけなんだが。
「単純にさ、急に数日前に誘うってのは良くないと思ったんだよ。だから一週間くらい前には言っておいていいかなと」
「なるほど、確かにそうだね」
野中は「うーん」と考えてこう提案してきた。
「……んじゃあさ!もう明日誘っちゃえば?」
「……あ、え?あ、明日か?」
そんな急に言われても……。
「だって、なるべく早い方がいいでしょ?その方がこっちも落ち着いて準備できるしさ」
「それは……まぁそうだが」
「明日って聞いた途端、また急に元気なくなったね……」
「そろそろ誘った方がいいって言ったのは寺島じゃん!」
「しかし明日ってのは……さぁ……」
もー……!と呆れられてしまう。
「じゃあ、明後日でも、明々後日でもいいよ!なるべく早くってこと!」
「……うん。分かった」
「ま、一樹の気持ちが乗らないと意味ないもんなぁ」
「……はぁ」
それまでに、気持ちを作ろう。
自分から言っておいて俺は、そんな風に考えていた。
◇
そして明後日も明々後日も、俺は自分の気持ちを見つめ続けた。
朝のホームルーム前に、休み時間に、放課後の下校前にもそれを考え続けた。
今日青八木を誘う理由を何通りも考えては、それを破棄してを繰り返した。
そして結局は何もしない日々が、三日と経ってしまった。
「明日こそは誘う」、そう太知たちに言おうかと悩みながら、しかし俺はもう勘づいてきていた。
(今年のクリスマスに一緒に出掛けないか?)
なんてことを青八木に言うのは……もしかしたら、俺には無理かもしれない。
どれだけ事を進めようとしても、その感覚がずっとあった。
「で、どうすんだよ」
「……うん」
土曜日に珍しく、辻井と二人で、家に集まっていた。
「いまだに誘えてないこと、まだその二人には言ってないんだろ」
「そうだ。なんか申し訳なくて」
「それで俺が相談役に選ばれたわけかよ」
「ああそうだとも」
ふん、まぁいいけどよ。と言ってソファに腰掛ける辻井。
「でも明日は日曜だしよ、もう時間もないんじゃないのか?」
「そうだな、月曜には言わないと……間に合わないだろうな」
「じゃあまぁ、その日に言えばいいんじゃねーの?」
「……お前、言わないんだな」
「え?……なんてだよ?」
「なんでとっとと誘わないんだ。ってよ、言わないんだなって」
「ああ、それはまぁ……正直思うけどよ」
「思うのか」
「けど俺もまともに女子を誘ったことなんてないからな。よく分かんねーよ」
辻井の力の抜けた言葉に、安心するような気分になる。
それから俺は大きい溜息をついて、少しの間黙った。
辻井も特に何も言わずくつろいでいた。
そうしてふとした時、俺は口を開いた。
「俺は……もしかしたら、青八木を誘うことができないかもしれない」
「…………はあ」
首をかしげて、辻井が腕を組む。
「なぁ……それなら別によ、無理して誘う必要もないんじゃねぇのか?」
「……そう思うか?」
「だって、今日のお前はやけに苦しそうに話すしよ。こんなのは普通、無理やりやるもんじゃないだろ」
「でも二人には協力してもらったから……」
「はぁ。けどお前は本当に、そんなことをしたいのかよ?」
「……それは……」
そのつもりだったんだがな。
もはやそれも自信がなくなっていた。
「まぁ、あれだ。もっと肩の力を抜いて考えてもいいんだよ、きっと」
「……そういうこと、なのかな」
辻井からの意見は、そういう形に落ちついた。
その日はそのあとも二人で家で過ごした。そして夕方になると、辻井は帰って行ったのだった。
◇
気楽に……。
気楽に……。
そう頭で唱えながら階段を上り、朝の教室を目指す。
結局のところ俺は、気楽なんかじゃなかったが……それでもよかった。
そう唱える事によって、どうにか良くなればいいと思っていた。
教室の前に来る。
すると廊下の喧騒が、いつも通り聞こえてくる。
ふとその方を見る。
いくつものグループ、集団が点在する、良く知る風景。
その奥の……青八木。
「どうしたの?」
隣の太知がそう言う。
「ん……いや……」
すぐに自分のクラスに入り、席に着く。
授業道具を出そうとリュックを漁る。
教科書の間に一枚、挟まっている紙があったのを見た。それを指で挟んで、取り出す。
半分に畳んだ、ノートのページだ。
なんだろう……。
「…………」
それは、いつか青八木が描いた、この学年の構図表だった。
ああそうか、こんなものもあったな。
眺めてみて……はっ、と乾いた笑みがこぼれた。
どうやらこれはもう、役に立たない。
だって彼女はもう……こんな隅の方で、一人で居るわけじゃないから。
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