3-6

 その日一日は、吹奏楽部の二人が付き合ったという話題と、どうやらそれがバカップルらしいという噂がなんども耳に入って来た。

 だから俺は、授業が終わる頃にはもう、うんざりしていた。


「お前らイチャイチャらしいな!」


 と、太知本人に行って来る奴も居た。それに対して太知は、「いやぁ」と否定せずに照れるので、困ったものだった。

 なぜかこの状況を、俺だけが恥ずかしく感じていた。

 そんな同級生たちの横やりを幾度もかいくぐって、放課後の下駄箱にたどり着いた頃。


「……あ。……教科書、机の中に置き忘れた」


「……は?」


「ぼやっとしてたらすっかり忘れてたよ」


「ったく浮かれてるからだろ。俺はもう、あいつらのちょっかいに足止めを食らうのは嫌だからな」


「分かったよ。すぐ戻るから待ってて」


 早歩きで階段に戻っていく太知。

 俺は、玄関の前の壁に寄りかかって待つことにする。

 しかし、あれだな……。やっぱりこれから、太知と遊べる時間は減っていくんだろうなぁ。きっと野中のやつは、調子に乗って太知とでかけまくるだろうし。

 大丈夫だと言ったものの、内心寂しくない訳じゃなかった。

 だがまぁ、辻井のやつを誘えばいいだろ。

 あいつが新学期になってからどういう人間関係を築いているのか、いないのかは知らないが、どうせたいして忙しくはないだろうと俺は踏んでる。

 


「…………。……?」


 ふと隣に気配を感じて、目をやる。

 野中が黙って、俺を見上げて立っていた。


「う、うおっ……なんだお前か」


「うん」


「あの……なんでそんな、微妙な距離を開けて立ってるんだよ」


「私、付き合い立てだよ?変な男との変な噂が立てられたら溜まったもんじゃないわ」


「…………変な男?」


「……ありがとね」


 俺の言葉には返事をせず、いきなりそう伝えてくる野中。


「寺島が、太知くんの背中押してくれたんでしょ?さっきそう言ってたよ」


「……太知が?」


「うん」


 俺は、背中を押したのだろうか……?


「寺島がなんかこう……友情パワーで、どうにかいい助言をしてくれたんでしょ?」


「うーん、まぁ、そんなとこ、なのかなぁ?」


「そっか、……ありがとう」


 野中は正面を向いていたが、微笑んでそう言った。

 こいつに二回もありがとうと言われるなんて、前代未聞だ。なんか、居心地が悪い。

 だが野中は、まだここに立ち続ける。


「お前は誰を待ってるんだ?もしかして、太知か?」


「ううん、女子の友達。職員室に用事があるらしいから」


「なんだ……俺が、一人で帰る羽目になるかと思った。」


「まー、さすがにそれは可哀そうだと思ってね。慈悲だよ」


「……やっぱ、帰りたいとか思うのか?」


「そりゃあね。でも安心しなよ、そういう時は寺島も一緒に帰らせてあげるから」


「ああ、そうっすか」


 俺は密かに、ほっとした。


「……でもさ……」


「……ん?」


 ふと声色が変わったと思い、野中を見る。


「あたしが言うのもなんだけどさ、寺島も……人の事に付き合ってばっかじゃ駄目だよ」


「なんだよ、それ」


「だからその、……わかるでしょ?」


「…………」


「……まぁいいけどさ。一応、言っといたからね!」


「…………青八木の事か?」


 俺の言葉に、野中は、驚いたような顔でこっちを見た。


「今日、太知にも似たようなことを言われたんだ」


「……あぁ、そっか……太知くんも同じこと考えてたんだ」


「……それは、ほんとに同じことを言ってるのか?」


「うん、多分そうだと思う」


 それは、つまり…………。


「あれだけ夏休みに一緒に居たら、もしかしたらって思うよ。別に特別分かりやすいとは思わなかいけどね」


「……」


「でも太知くんも、わりと早くから気づいてる風だったし?もうそろそろ、自分の中ではっきりさせといたほうがいいんじゃないかなーって、あたしは思うけどねぇ」


 野中が冗談めかすような声色で言う。

 恐らく、俺の反応が明るくないからだろう。


「……そうか……」


「……じゃないと、後悔しちゃうよ?」


「…………」


 俺は、玄関に流れてくる同級生たちを見た。

 そして今度こそ、本当に溜息が出た。


「はぁ……そうかぁ。…………そう……だよな……」


 俺はうつむきつつ、口の片端を上げて、こぼしていた。

 

「そうだよ」


 と、頭の上から声がして顔を上げると……いつの間にか太知が立っていた。


「あ……」


「よかったよ。本当はもっと早くこうなるべきだったんだ」


「太知……」


 そのとき太知は、どこか安心したような表情だった。

 そして野中がよこで、フンと息をついたのが聞こえた。


 ◇


 その後結局。

 三人でうちに集まって、その件について話す事となった。


「なんだか二学期が始まってから、青八木さんと一樹が話してる所を見てない気がするよ」


「まぁそうだな、ほとんど」


「このままじゃ、もっとアオイちゃんの存在が離れて行くよ。その前に動かないと!」


「うん……」


 学校が始まって一気に距離が空いたのは、ずっと感じていたことだった。

 けどそれがあまりに自然なことに感じられて、俺は何もすることが出来なかった。


「正直俺には、どうすりゃいいのか分からん」


「そこは任せて!あたしがアドバイスしてあげるから」


「……大丈夫か?それは……」


 野中の恋愛観は、少女漫画的なバイアスがかかっている気がする。


「大丈夫だよ!だって今日こうして、好きな人を手に入れたんだから!」


「えへへ……」


「あぁー、……そうだなぁ」


 うう、この場から逃げ出したい。

 ……きちぃ。

 だがしかし。それが今、不安な俺の心を穏やかにさせているのも事実だ。


「で、なにをすればいいんだろう?」


「うん、それはズバリあれだよ、クリスマスだよ!」


 待ってましたと言うばかりに、言葉が出す。


「クリスマスにアオイちゃんを誘って、一緒に町にでも行けばいいんだよ!」


「え?でもそういうのって、恋人同士がするもんなんじゃ?」


「まぁ、確かに」


 太知も同意する。


「うんまぁ、それが多い例だよ。けど、居るんだよ!クリスマスにデートに誘ってそこで告白が成功した人が、何人もね!」


「そりゃ中学の頃の話か?」


 そう!と返って来るが、その辺に疎い俺にはあまりピンとこない話だった。


「え、信じてないの?」


「いやぁ……」


「わたしは真面目に提案してるんだけど!」


「……一樹、野中は本気で一樹の事を考えて話してるんだと思う。だからちょっと信じてあげてよ」


「う、……そうか」


 確かに俺自身何も分かってないのだし、ここでは野中の意見が一番参考になる気もする。


「それは、本当に成功した奴が居るんだな?」


「うん、これは噂とかじゃなくて事実」


「それでやっぱ俺も、同じ様に誘った方がいいってことになるのか?」


「その通り」


「はぁ……そうかぁ……」


「あからさまにテンションが落ちたね」


「なに、そんなにアオイちゃん誘うのが嫌なの?恥ずかしいの?」


「恥ずかしい、っていうのかは……よくわからん。でもそれは、俺にとってすごく気後れすることなんだよ」


「ふうん……」


「しかも、そこで告白するってか」


「だってクリスマスに誘うっていう時点で、同じような事でしょ?ようはその誘いを受けてもらえるかがかなり重要ってわけよ」


「結局はどこかで思い切らなくちゃいけないんだよ。だったらもう、勇気を出さないと」


 太知が言う。

 どこかで思い切らなくちゃならない。それは分かっていたことだった。

 それが今年のクリスマスなんだろうか。

 まだ、二か月も時間はある。


「分かった」


 その頃にはどうにか踏ん切りがついていたらいいなと思い、俺は顔を上げて言った。


「俺は、クリスマスに青八木を誘って…………そこで、告白するっ」


 太知と野中がおおーっ!と声を上げたのを聞いて俺は、少し笑った。

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