3-4

 家に近づくころには、俺達はもう何も話さなくなっていた。

 最初は苛立ちがあった俺の心は、やがてもやがかかっていた。


「…………じゃあ、またな」


「うん」


 自宅の前で太知に告げると、嫌に落ち着いた声で帰って来る。

 それでもう、太知は決めてしまっているんじゃないかと思った。

 つまり、自分の気持ちを押し殺して、今のままでいるという選択をとるんじゃないかと。

 歩き始めようとする太知に、踏み出して俺は言う。


「おい、あのさ……っ」


「ん……?」


「お前がさっき言った、俺は一人にならないほうが、ってやつ。よくわかんないけどよ」


「……」


「俺本人が大丈夫って思うんだ。だからなにも気を使う必要はないんだよ」


「そう、なのかな。……でも一樹自身は、自分の事をまだ知らないだけだよ」


 まだ太知の気持ちは変わらないようだった。

 俺は焦り、再び苛立ち始める。


「知ってるよ自分の事なんてっ。嫌って程な!」


「……だったら、一樹も……!」


 太知がつかえていたものを吐き出す様に、何か言い出す。だがすんでのところで言うのをやめ、黙ってしまう。


「……少なくとも俺はなぁ、別にお前と居なくたって独りぼっちってわけじゃないぞ!今となっては、辻井だって居るし……」


 ……そのとき、俺の背後のドアが開いた。


「おらぁ!こんな時間にうちの前でなにを……!!」


「…………」


「何を、べらべらと…………なんだお前らか」


「あ、……どうも」


 親父が、玄関から大声で乗り出してきたのだった。


「は?何してんの」


「いやぁ迷惑な若者を、俺が正してやろうと思ったんだが」


「いつもこんなことしてんのかよ……?」


「おう、まぁなっ」


 トントンと、明るい家の奥から足音が近づいて来る。

 あーあ。騒がしいから、裕子さんが見に来ちゃったよ。


「どうしたんです、剛志さん?急に家を飛び出して……あら、帰って来てたのね一樹君。あら太知くんも、どうしたの?」


「どうも……ええっと……」


「俺が若者を正していたんだ」


「え?どういうことですか?」


「正してないだろ」


「……?とりあえず、中に入りましょう。太知くんは?久々にお夕飯食べていく?」


「えっ、いや悪いですよ。それに親がもう作ってると思うので」


「そう?じゃあ、またの機会にね」


「おう、また来いな!」


 なんだか、別れの雰囲気になってしまった。


「いやその、実はまだ話したいことが……」


「あらそうなの?じゃあ寒いから、早く入りなさいね?」


 両親は家に帰って行く。そして再び二人だけになる。


「……ったく……息子の友達の前で、なにをやってんだか」


「……いいよ、一樹」


「……ん?」


「分かったよ。一樹の言う通りだった。確かに一人じゃなかったんだね」


 「あ、ああ。おう……?」


「言うよ、僕。野中に言う」


 太知が俺を見てそう言うのを、唖然と眺めてしまう。


「え……?」


「明日にでも言ってやる」


「え?ちょ、なんだよ。どうしたんだよ急に?」


「今、気持ちが変わったの」


「お前……この場でだけそう言ってるんじゃないだろうな?」


「違う、違うよ。それこそ、僕たちの関係に誓って違う」


「そ……そうか……悪い。でも明日って、お前……」


「明日さ。明日の朝にでも言うよ」


「なんなんだよ急に。俺は一体、何が何だか……」


「ふふ……」


 もうさっきまでの、感情を押し殺したような太知は居なかった。

 少しだけ困ったような顔にも見えたが……今はこうして、ほがらかに笑ったりしていた。

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