3-3

 あの後。

 家でも学校でも、俺は悶々と考えた。

 太知はああ言うが、何も考えるなというのは無理だ。むしろ、なおさら邪推してしまう。

 しかし色々と悩んでみてもどうなるはずもなく。変に知恵熱のようなもやもやが頭に残ったのみだった。

 ____そして、それから数週間が経ち、十月の後半になった。

 この時期の学校行事と言えば、文化祭だった。

 高校生活初めての文化祭。

 その一日目は、特に変わったこともなく終わった。

 つまり、普通にイベントを楽しんだのだった。

 隣の太知も楽しそうにしていたし、野中の方も友達とまわっているのを何度か見かけた。


 そして二日目。

 午前中はクラスの出店の店番をした。

 午後からまた太知と二人でまわり、昼を適当な出店で食べた。

 その後少しベンチでゆったりしてから、俺達は体育館に向かった。他の生徒達もぞろぞろと同じ方向に歩いている。

 午後から夕方までは、全校生がステージでの発表を見ることになっているのだ。

 クラスごとに椅子に座らされ、暗い体育館の中で演劇やら、バンドの演奏やらを眺めた。

 出し物が進むにつれて、俺は斜め前の席に座っていた野中が気になってくる。

 後ろ姿からでも、あからさまに緊張しているのが分かるからだ。

 ……実は、野中が昨日の昼休み。

 俺に、頼み事をしてきた。 


 ”文化祭の最後の時間、少しの間野中と太知を二人にしてほしい”


 このあと生徒は再び解放されて、一時間くらい自由に回れる時間となる。そこであいつは、太知と一緒に回りたいと言って来た。

 だからそれまでに、野中も気持ちを作ってくるんだろうと思う。

 俺のほうは何も考えず太知を送り出してやるだけだが、なんだかこっちまでどぎまぎしてきた。

 最後の演目の、演劇部による大掛かりな劇が終わる頃。

 深呼吸で緊張を落ち着かせようと必死になっている野中と、それを横目に見ている俺。……双方、劇どころではなかった。

 太知は何も知らないんだから、きっと何気ない顔でステージに向かって拍手しているんだろう。ここからでは見えないんだが。

 ステージの幕が下りて、体育館の証明がつけられる。 そうして教師が少し話をしたのちに、俺達は自由時間となった。

 大勢の生徒が出入り口に向かう中、俺は太知を見つけて声をかけた。


「なぁ、こっからどうするよ?」


「うーん、どーしよっかな。なんか行っときたいとこある?」


 話ながら、二人で中庭の芝生に座る。

 俺は目線だけで野中を探した。

 野中は離れた所で、こっちに視線を送っていた。

 俺はそれを見つけると、神妙な顔で頷き返す。

 野中と、その友達二人だった。緊張をほぐしてもらっているかもしれない。

 それから野中たちは、なにか言葉を交わし始める。

 そして野中だけがこっちに向かって歩き始めた。残りの二人は見守るつもりなんだろう。

「二人で一緒に文化祭をまわりたい」なんて言うのは、告白するのと同じようなもんだ。

 だからいざ直接的に言うとなったら、あんなに緊張するもんなんだな。普段はあんなにアプローチしているのに。


「…………」


 そういえば太知は、野中が前からそうやってアプローチしていたことに気づいていた。

 だとしたら、一体なんで……。


(なんでそれを知ってて、何も反応を示さなかったんだ?受け入れるでも嫌がるでもなく、気づかないふりをしていたんだ……?)


 隣の太知を見る。

 その顔はやけにぼーっとしていて、無表情だった。


「……太知」


「ん……?」


 俺が声をかけて、野中の方を指さす。それでやっと気づいたみたいだった。


「あ……」


「あいつ。多分、お前に話でもあるんじゃないのか?」


「……うん……」


 太知は野中が来るのをぼんやり見上げていたが……向こうがここまで着いた頃には顔を落としていた。


「あんだ?俺に用か?」


「ううん、太知くんに用……」


 俺の軽口をそのまま流すほどに、余裕がないらしい。


「……だとよ、太知」


「ごめんね、休んでる所。ちょっとお願いがあって……」


「……うん、なに?」


「その……あのね……今から、私と……」


 太知は相変わらずうつむいている。

 野中が一呼吸置いて言う。


「残りの文化祭。私と、一緒にまわってほしいな……って、思ってるんだ」


「……」


 太知は小さく二回うなずいて、黙る。


「……どうかな、駄目かな」


「ううん……と」


 そうして悩む太知を見た野中が、不安な表情になる。

 ……それから俺を見て、首を動かして何かをアピールし始めた。

 多分……どうにか助け舟を出せって事なんだと思う。


「……いいんじゃないのか?それくらい。どうせあと一時間暇だしよ」


 太知は横目で、俺の顔を見る。


「俺は適当に時間潰してるからさ、行って来いよ」


「……そう」


 それから、やっと太知は立ち上がり、野中の方を見て控えめに笑う。


「分かった。……じゃあ行こう」


「あ……う、うん……っ!」


 嬉しそうにする野中に、太知は並ぶ。


「六時になったら、グラウンドで後夜祭だからな」


「うん。それまでには戻るよ」


「じゃあ行こう!太知くん」


「ありがとね」と目で俺に言って、野中は太知と歩いて行った。

 俺は立ち上がり、二人の背中を見送った。


(さて、これから俺はどうするかな……)


 文化祭の最後の時間を一人で芝生に座って過ごすのは、さすがに味気なさすぎる。

 ここは割とカップルも巣くっているいるスポットとなっていた。ゆえに周囲からの視線が恥ずかしいのだ。こいつ、友達居ないのか……とも思われたくない。

 人混みに紛れてしまえば、逆に俺一人は目立たないはずだ。考えた挙句俺は、メインの通りに行くことにした。



 渡り廊下をくぐり抜けると、一気に人が増える。

 その中に自分も入って、徘徊を開始した。もう金は使いたくないので、ただ歩いて眺めるのみだ。

 文化祭にはうちの生徒以外に、その親族らしき人と町の老人たちがちらほらと来ていた。しかしこの町自体が閉鎖的で人も多くはないからか、今一つ大盛況とまではいかない様子だった。

 隣町の高校だったら、きっと色んな人が来て賑わうんだろうな。

 それはそれで、鬱陶しそうだけど。


「…………」


 今気づいたが、俺は人混みが嫌いかもしれない。

 なのに、こんな所にわざわざ入ってきてしまった……。

 ふと校舎の方を見ると、複数の人間がぽつぽつと壁に寄りかかっていた。携帯を眺めて暇そうにしている。

 もしかしたら、友達が店番で時間を持て余している……とかなのかもしれない。

 丁度いい。俺もあれに紛れて、時間を潰そう。

 人の間を通って校舎際まで行き、他の生徒達と並ぶ。五人くらいが同じ様に立っていて、多分皆知らない生徒だった。

 俺はしばらくそこで携帯を触るでもなく、目の前を生徒が流れている様子を眺めていた。 


(あ…………青八木だ……) 


 ドリンクを片手に三人で楽しそうに話しながら、中庭を抜けていく。校舎前の出店が多いメインの場所に行く途中なんだろう。

 彼女とは、長らく会話をしていなかった。クラスが違えば、そういうものだろうと俺は考えている。 

 何か。みんながみんな、文化祭最後の時間を有意義なものにする何かを求めて歩いている様に見える。

 人の気なんて知ることはないが、なにかそう思えた。

 そんななか俺と数人の生徒は、ただ時間が過ぎるままにじっとしている。

 ……ふと。

 その中の一人に、声をかける生徒が現れた。

「おまたせー」と言われた生徒は、「遅いよ」と言って、二人で人混みに入って行った。

 横目でそれを見て、俺はまた前を眺める。

 数分経って、また別の生徒が同じように友達と連れ立って行った。

 それを俺は、何度か見送った。

 ……そして気づけば。

 俺は、一人で校舎に寄りかかっていたのだった。

 結局全員、友達と人混みに入って行ってしまった。もはや一人でここに立っていると、逆に悪目立ちする気がする。

 でも別に誰も、こっちを気にしていないかもしれない。

 そういう事を頭に巡らせていると、知った声が耳に届いて来た。

 ……野中の声だな。

 と思い顔を向けると、歩いている姿が人の間から見えた。

 少し後ろに、ちゃんと太知も歩いていた。

 野中は嬉しくて舞い上がっているのが、遠目からでも分かる。太知の様子はと言うと……こっちも普通に楽しそうにしていた。

 乗り気じゃないのかと思っていたが、案外笑顔で居るのだった。

 

(なんだ……大丈夫じゃないか)


 時計を見ると、五時。

 ……もうじき、野中は言うつもりなんだろうか?それとも緊張していない様子だから、まだなんだろうか。

 もしかしたら、今回はうまくいくかもしれない。

 そう思える、微笑ましい光景だった。

 成り行きをずっと見てるのもあれなので、もう中庭に戻ろうか。

 そう思い、ついに俺も人混みの中に紛れた。

 結局のところ本当にただ人を眺めていただけの時間だった。

 渡り廊下の下で一度振り返る。

 俺がさっきまで居た場所は、少しだけ開けた空間で、当たり前に誰も立ってはいない。

 その空間が、ふとあの向日葵畑の向こうを思い起こさせた。


 ◇


 校庭で複数のキャンプファイアーを囲む、複数の生徒の円。

 俺も太知も野中も、その中に入って校長の長い話を聞いていた。

 その間はずっと話の内容なんかには耳をたてず、ぼーっと揺れる火を見ていた。

 きっと真面目に聞いているのは、文化祭に強い思い入れのある委員会の奴等だけだった。


「知ってるか?寺島」


「え?」


 隣の男子生徒が抑え気味の声で話しかけてくる。


「さっき野中が、眞田に告白したんだってよ」


「ああ、そっか。うん、告白するつもりってのは知ってた」


「あーそっか、お前仲いいから知ってたか」


 野中のやつ、そんなに目立つ形で告白したのかなぁ。


「……それで、結果はどうなったんだ?」


 少し、神妙な心持ちで聞く。


「んー?……うーんとなぁ……」


 なんだ?……駄目だったか?

 渋い反応に一瞬そう考える。


「いやそれがなぁ、なんか曖昧な感じで終わったらしいんだよ」


 頭を描きながら、ぼやっとした顔でそう言うのを見て、俺は疑問が浮んだ。


「曖昧な感じって、どんなだよ?」


「いやなんか……眞田がはっきりと答えなかったらしい。今は答えたくないとかって」


「…………」


 俺は円の中に、太知の顔を探す。

 背格好で太知らしき姿を見つけるが、遠すぎて表情が見えなかった。


「どうした?寺島?」


「いや……」


 野中は、探してみればすぐに見つかった。

 少し離れた所で隣の女子と話している。

 他愛ない話をしているようには見えない。なにか野中が慰めてられているようにも見える。

 ……もう一度太知を見る。

 その表情が分からないのがもどかしくて、俺は苛立った。



 後夜祭が終わり、暗い中で、全校生徒は帰路につく。

 俺はその中を早歩きで、真っ先に太知の所まで行く。

 校門の近くの、生徒の流れから外れた芝生の上に、太知が立っていた。

 太知は前を通って行く生徒から、少し注目の的になっている。きっと噂はすでに広まっているんだ。


「あ、一樹……」


「帰ろう」


「うん」


 この目線たちから離れたくて、早々に連れだって帰路につく。

 太知は俺の後ろで、黙ってついて来る。

 俺もしばらく意識的に何も言わなかったから、靴の音だけが鳴り続いて、それが耳に届いていた。

 下校する生徒がまばらになって来た所で、俺は気になっていた事を聞いた。


「野中は、もう帰ってるのか?」


「ううん、まだ友達と学校に居たと思う」


「そうか……」


「うん」


「早速噂になってるな。……一体どこで告白されたってんだ?」


「うんと、校庭近くのベンチ」


「……そりゃまた、人通りの多いところだな」


「そうだね、さすがに答えるのに気後れしたよ」


「……それで、なんて答えたんだ?」


 太知の口から、ちゃんと確認しておきたかった。早くも尾ひれがついている可能性があったから。


「今は……答えられないって言ったよ」


「答えられない?」


「いや。答えたくないって、言ったんだった」


「……どっちなんだ?」


「答えたくない、って言った」


「なんで答えたくなかったんだよ」


「あの場じゃ結論が出せなかったからさ」


「……でも、夏祭りの時は断ったんだろ?」


「うん、あれは早計だった。もっと考える必要があった」


「考えるって……早く答えてやる方が野中のためだろう」


「そうだね」


 太知は、それも重々分かっている。そんな声色だった。

 なのに、続けてこう言うのだった。


「けど、もっともっと考える時間が必要だ」


 それを聞いて俺は……少し頭に血が上った。


「考える時間って、そんな悠長なもんじゃないだろ?……もっと、こう、ぱっと答えてやれないもんなのかよ……?」


 振り返ってそう言うと、太知が立ち止まっていた。


「無理だよ」


「な……なんで」


「だって難し過ぎるんだ。この問題は」


「…………」


 問題って、なんなんだ?野中のことを気遣ってるのか?


「なんか悩んでんなら俺に相談すればいいだろ?それで二人で考えればいい」


「……」


「なんか野中だけじゃなくて、お前まで辛そうに見えるぞ。そんなの俺の居心地が悪いったらありゃしない!」


 太知は黙って俺の言葉を聞いたのち、うつむいて考え込んでしまう。

 俺は太知が何か言うのを、立ち止まって待っていた。

 通りかかった生徒が一人、こっちを見るが……気にしないふりをする。


「もし、僕と野中が付き合ったら、どうなると思う?」


 太知はこんな事を言い出した。


「どうって?付き合ったら……彼氏彼女の関係になる、だろ?」


「そうだね。僕たちはね」


「……?」


 僕たちって……太知と野中の事だよな?


「もう分かったよ、ちゃんと話すから。歩きながら話そう」


「?あ、ああ……」


 今度は太知が先頭になって、二人、再び進み始めた。


「ホントはさ、僕が言いたいのは一樹についての事だよ」


「お、俺……?な、なんでだよ」


「僕が野中と付き合って二人で遊ぶようになったらさ、きっと一樹は一人で居る時間が凄く増えるよ」


「……なんだよ、お前。もしかして俺に気を使ってるのか?それなら別に」


「……一樹は、あまり一人にならない方がいいと思うんだ」


「え……?」


 なんだそれ、俺は赤ん坊かよ?


「部活も本当は、なんでもいいからやればよかったのに」


「一体、何の話を……」


「まぁ……とにかく。今はまだ結論が出せないんだよ」


 そう言って話を締めくくろうとする太知に、俺は結局何が言いたかったのか分からなかった。


「じゃ、じゃあ、野中の気持ちはどうなるんだよ?あいつにずっと待たせとくのかよ……!?」


「…………」


 太知は答えずに、ただ立ち止まった。

 俺はその表情を見る。

 そして、そこから悟ってしまう。

 ……ああ。

 そうか、太知も苦しんでいるんだ。

 その要因の一つは俺で、もう一つは野中の気持ちだ。

 でもやはり分からない……。なんでそんなに、太知が苦しむ必要があるのか。

 再び歩き出した太知の背中を見ながら、ふと浮かんでくる。

 ……太知は、多分……いや、きっと。

 野中の事が、好きなんじゃないのか……?

 だから、本当なら答えられるはずなんだ。野中の告白に。

 なのになぜか今、それが出来ない。

 俺は太知の気持ちがやっと……半分だけだが、わかった気がした。

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