3-2

 それから、二学期が始まって数日が過ぎた頃。

 その日はいつもと違った体育の授業があった。

 なんでも来週に控えた球技大会の練習を、学年全体でするのだという。

 球技が嫌いな俺と太知は、ローテンションで体育館へ向かった。

 体育の授業自体は嫌いじゃないんだが、三時間も使ってやるのだというから、気分も下がるってもんだ。

 最初の一枠では、バレーボールをやるらしかった。

 ちなみに俺が一番嫌いな球技……それがバレーボールだった。

 なんだかあれをやっているあいだは、ひとつも楽しい気分になれない。それでも不真面目にやっていると、すぐに自分のせいで点を失うというのだから、嫌な競技だよな。


「いっしょのチームになろーよ、一樹」


「うむ。それがいい」


 なるべく仲の良い人間で硬めるのが得策だ。

 だがその前に、自分たちが使うネットを張る作業だ。他のチームメイトも準備し始めていた。


「僕ポール持ってくる」


「んじゃあ、ボールとネット持ってくるよ」


 俺は体育倉庫に向かった。

 中は生徒でごった返していて、それぞれが好き勝手に道具を取ろうとしているせいで、ぎゅうぎゅう詰めだった。


(おいおい……もうちょっとこう、お互い気をつかってやれないもんかよ……?)


 明らかに流れが滞っている。俺の目的であるバレーボールの入ったカゴも、なかなかたどり着けそうになかった。


(ハァ…………おっ)


 人が居ない方に目を向けると、倉庫の隅にカゴからこぼれたであろうバレーボールが、一つ転がっていた。

 ……ラッキー。

 誰も気づいてないな。

 そそくさと人混みから抜け出して、それを拾いに行く。

 かがんで、そのボールを右手で掴みかけたとき。

 

「……?」


 すぐ横から、もう一つ手が伸びているのに気が付く。

 ……隣を向く。


「あ……」


「あっ、寺島」


「おう…………青八木」


「はは、寺島も抜け駆けしようとしてた?じゃあ、譲るよ」


「いや、いいよ。持ってけよ」


「いやいや、いいって」


「いやいやいや」


「いやいやいやいや……」


「あ、アオイちゃん!」


 ボールのカゴの前から、女子が声をかける。

 それで人混みの生徒の多くが、青八木の方を見る。


「ボール取ってあげるーっ」


「……あっ、ありがと!」


 そう言いながら青八木は、人混みを通ってその女子の所に行った。

 心なしか生徒が少し道を開けているようにも見えた。


「アオイちゃんこれでいい?」


「あっでも、こっちの方が空気入ってるよ。篠原さんも、こっちのにしなよ」


 俺は足元のボールを見る。


「……」


 それを拾って、黙って体育倉庫を後にした。


「やあ、遅かったね」


「混んでたんだよ。皆で一斉に取ろうとするもんだから」


「ふうん、そっか」


 ◇


 その日の昼休み。

 廊下を歩いていると、野中の後ろ姿を見つける。

 俺は、(ああ、そうだ……)と思い立って、声をかけた。


「おぅい野中」


「……ん」


 すると野中は、立ち止まって振り返る。


「なんだ、寺島か……」


「なんだよ、元気ねぇな?」


「わたし、ここのところずっとこんな感じだよ」


「もしかして……あれか?夏祭りで太知となんかあったとか」


 二学期に入ってから、それをずっと聞きたかったのだ。


「…………」


 無言でにらまれた。


「……本当になんかあったのかよ」


「……はぁ……」


 野中は溜息をついて、しばらくうつむく。

 そうして黙った後、こう切り出して来る。


「太知くんから聞いてない?」


「いいや」


「……私、振られたの。太知くんに」


「……あ。……あー…………そうなの」


「なに、その反応」


「なんだ……やっぱり、あの日に告白してたのか」


「うん。祭りから返る直前にね」


「お前……なんでそのタイミングで告るんだよ。帰り道気まずいじゃんかよ」


「そうだね。気まずかったよ」


 真顔で言う野中。


「電車の中で何回も、ごめんって言ってたよ」


「ごめん、ねぇ……」


 あいつは、どういう心情でそう言ったのか。


「……本当に太知くんから何も聞いてなかったんだ」


「いや、なんか言いたくなさそうにするんだよ」


「……ふうん」


 野中はそれを聞いても、あまり表情を出さない。

 だが、今だに沈んでいるのがかすかに感じ取れる。


「もしかして、諦めたか?」


「なわけないじゃん。わたし、まだやるつもりだよ」


「そうか。なんか落ち込んでるように見えたから」


「そりゃ落ち込んでるよ。でも、一回駄目だったくらいで諦めないよ!」


 と言って口の端を、くっときつくする。

 ああ、どうやら大丈夫みたいだな。

 と俺は安心した。


 ◇


 そして、その日の帰り道。

 太知にも聞いてみたくて、訪ねた。


「告白されたんだってな、お前」


「ん、ああ。……野中から聞いたんだ」


「でも振ったんだってな」


「……うん……」


 やっぱり太知はあまり話したくなさそうだった。

 でもそういうわけにもいかない。


「実はあいつ、結構前からお前にアピールしてたんだぞ」


「うん、知ってるよ」


 ……。


「し……知ってたのか?」


「そりゃあ、あれで気づかない方が無理だって」


「……それは、……そうだな」


 だとしたら、今までなんで……。


「……野中じゃ不満なのか?」


「いいや、そういう訳じゃないよ」


 それじゃあ、なぜ。

 と、言うまでもなく顔に出ていた俺に、太知は続ける。


「難しいんだよ……色々とさ」


「なんだそれ」


 それじゃあ全然分からないじゃないか。

 太知が野中を振った理由も、それで太知自身気持ちが落ちているように見えるわけも。


「一樹は考えなくていいよ、そんなことしなくていい」


「な……なんなんだよ……」


 俺は、ほんとは少し怒っていたんだ。太知が野中を振った事に対して。

 だってかわいそうじゃないか。ずっとアピールしていても反応がなく、思い切って気持ちを伝えたらこの結果だ。

 だけれど太知の、落ち込んだような……それでいて落ち着いたような様子を見ていたら、気が引けてしまった。

 その日、俺はそれきり踏み込んだ事は聞けなかった。

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