2ー18
その日の朝は、扇風機の音がいつもより響いて聞こえた。
しかしうるさいわけではなく、なんだか、(ブオーン……)という音がやけに頭に鳴るのだった。
それを消してみれば今度は、部屋が全くの無音になったように感じる。
窓の外に目を向ける。
「…………晴れたな」
ベッドに腰掛けたまま、そう呟いた。
◇
「明日から学校ね」
「……ですね……」
食パンをかじる。
「いい夏休みは過ごせたか?」
「たぶんね……」
振り返ってみると、この夏は色々な事があった。
その大半が今後、いい思い出になるはずのものだ。
思えばこんな夏休みは、いつぶりだったんだろう?
「じゃあ一樹君、行ってきまーす」
「行って来る」
一人になり、テレビもつけずに朝食を口に運ぶ。
リビングの中は陽光で白んでいて、すっかり雨雲は流れ去ったようだった。
(今日は遊べるの?)
太知に連絡する。
数分後に、返事が返って来た。
(ごめん、無理)
(部活か?)
(いや、野中に夏祭りに誘われて……昼から隣町に行かなくちゃなんないんだ)
あらら……。
そうか、そういえば今日が向こうの夏祭りの日なのか。
野中め……どうせこれで、太知と急接近できるとか考えているんだろう。
まぁ、俺はいつも通り太知の家に行こうとしていただけだからいいんだけど。
少しは成功を祈ってやろうか。
午前十時になった頃。
俺は外に出る支度をして、玄関で靴を履く。
靴紐を結んでいるときに、外から学生の話す声が聞こえて来た。
声の感じからして、高校生が部活に向かっているのだろうか。
俺はしばらく、その集団が過ぎ去って行ったのを確認してから、家を出た。
最終日に退屈な気持ちで居るのも嫌なので、気軽に向日葵畑へと向かうことにしただった。
町はやけに人気が少なく、老人がゆっくりと歩いているのみだった。
セミの声もしないのはなぜだろう?連日の雨で、みんな居なくなってしまったのだろうか?
____向日葵畑前まで来て、中に入る。
もう何度目かの、地面の上の影と光のまだら模様を眺めながら歩く。
「…………」
ここを通る時は……いつも浮かんでくる思いがあった。
それは、恥ずかしくてあまり自分で意識したくないもの。
(……青八木は、今日もこの先に居るのだろうか?)
……畑を抜ける。
いつもより白けた光が目に飛び込んで来て、目を細める。
「……」
「……あ……来た……」
「…………おはよう」
青八木は、何食わぬ様子でベンチに座っていた。
「うん、おはよ」
俺は内心少し驚いたが、それをすぐに流す。
「なんか久々だな、ここで会うの」
「だね。……でもいいの?夏休み最終日に、ここで時間を潰しちゃって」
「いいも悪いも、他にすることなんてないんだ。太知は野中と隣町だしな」
「あああの二人、夏祭りに行くんだってね」
野中から聞いたのだろう。青八木もすでに知っているようだった。
「高校の皆も、今日は沢山あっちに行ってるよ」
「そうなのか?」
「うん、毎年そう。きっと高木ちゃん達もね」
私は……今年はいいやぁ。と、足を前に延ばす。
そうか。
だから町に、若い人間が見当たらなかったのか。
「昨日彩ちゃんと電話したけど、相当気合入ってたからねぇ。きっとアタックするつもりだよあれは」
「まぁだろうな、上手くいくかは知らんが……」
「もう、なんでそんなこと言うの?成功を祈ってあげようよ」
「俺が祈ろうがそうしまいが、成功するときは勝手に成功するもんだ。親父のプロポーズの時もそうだった」
俺は当時。もし失敗したら裕子さんが、もう家に来てくれなくなるんじゃないかと心配ばかりしていた。
「ふうん?」
青八木は思い浮かべるような表情をする。おそらく、俺の両親を。
「寺島のお父さんお母さん、良い人たちだよね……」
「ん、そうか?」
「そうだよ、絶対。友達の親って、どこか気まずい所があるはずなのに、全然なかったもん。そんなの初めてだよ」
裕子さんがいい人なのは承知の上だったけど、親父はそういう意識で見たことがなかった。
「まぁとりあえず。俺は家で、のんびり夏休み最終日を過ごすかね……」
「うん、わたしも……」
青八木がベンチから立ち上がる。
「……そろそろ帰るのか」
「うん」
立ち上がった青八木の服装は、あの時のワンピースと同じだった。
背中を包む白い生地が、日の光を受けてはっきりと発色している。
「海には行ったのか?」
「……え?」
「……」
あれ……。
……俺は、なぜ急にそう言いたったのか。
ああ、そうだ。
青八木が海を眺めていたのを、思い出したからだ。
「……いや、その……」
俺が彼女を密かに眺めていたのを知られると、恥ずかしい。
だからとっさに口走っていた。
「俺はこれから、海に行こうと思ってるんだ」
「……そうなの?」
「ああ、だから。…………暇なら、……一緒に行かないか?」
俺がそうやって口にすると、青八木は俺の目を覗き込んで来る。
「……とか、思ってよ……」
「……そっか」
青八木はこっちへと、体を向き直した。
「……じゃあ、行こう」
「え……?」
そう言って、そのまま大きな反応を見せずに、俺の横を通って畑に入る。
「お、おいっ?」
「はやくはやくっ!」
慌てて俺も畑に入り、青八木の後ろに着く。そうして振り返った彼女の表情は、活発に微笑んでいた。
「えっとつまり……行くんだな?」
「急がないと日が暮れちゃう!」
「暮れないよ……」
急ぎ足で着いて行く中、俺の耳には鼓動が響いている。頭に心臓が移動したようにずっとこめかみが脈打って、耳は熱く火照っている。
俺は今さっき、自分がこれまでに出したこともないような言葉を彼女に聞かせた気がする。
つまるところあれは女子を海に誘うという、そういう発言だった。いや、どう聞いてもそうだろう。
青八木はずんずんと進んで行くが、彼女の頭にはどう受け取られただろうか。
とりあえず乗り気になってはくれているみたいだが、それ以上は何を思っているのか分からない。
二人で海に向かって、町を抜けていく。
太知達はもう、隣町に着いただろうか。
そして他の、夏祭りに行くらしい同級生たちも。
周りに気を付けなくては……。万が一でも見られれば、大変な事になる。
それでも青八木は、ずんずんと進んで行くのだった。
道路を渡って、砂浜の前まで来た。
「……誰も来てないね」
砂浜は人っ子一人居ないし、テント一つない、少し寂しい景観だった。
「今日は、大学生たち居ないのか」
「いっつもこの時間には、何組か来てるんだけどねぇ」
これじゃあ……俺達がとても目立ってしまうじゃあないか。
「ほら行こっ」
「……あっ」
靴を脱いで、砂浜をとすとすと小走りしていく青八木。
俺も、遅れて着いて行く。
「ここの海、天気いいと結構綺麗なんだよな」
「わーっ、冷たい!」
「もう入ってるのか……」
「寺島も入りなよ、気持ちいいよ」
青八木はスカートを膝上で縛り、足を海水につけて、ゆるく足踏みする。
俺も波が届く場所まで踏み入れて、足先を打たれてみる。久々だな……この感覚は。
「あっ、貝殻だ」
青八木は海に沿って、砂浜の向こうまで歩いて行く。
そして大きな貝殻を拾って、肩の高さまで持ってきて俺に見せる。
「……いい色だな」
カラメル色、といえばいいのか。
「んー?なにー?」
「いや、なんでもないよ」
「うんー」
再び砂の上のものを物色し始める青八木。
その背後には、続く砂浜と海。そして山と、それに沿ってカーブする長い道路。
この場所じゃ空を遮るものもなにも無い。だからとても広々と、青空は続いていた。
それらすべてを青八木は背負っていて、それでいてなお彼女は軽快に歩いて行く。
そんな妄想が浮んで来たのはなぜだろうか。
ただ彼女がなにか、映画の中の人物のようで……。一瞬、他のすべてが、彼女のためのセットに見えた。
微かに、セミの騒ぐ音が聞こえる。
それは山の方からだ。
(ああそうか……町のセミたちは雨で、山の方まで逃げていたのか)
視界の中、青八木の白いシルエットが小さく動いていた。
少し黄色い日差しが、俺の目じりに反射してチラチラしてる気がする。
「おーいっ、見て。ヤドカリだよ!」
押し寄せるときに、こみ上げるような音で足元を流れる波。
青八木は服の裾を持ち上げて、沖の方に一歩ずつ近づいて行く。
「服が濡れるぞ」
「大丈夫、大丈夫……」
青八木が海に手を入れて何かを持ち上げて、海水が沢山滴り落ちる。
「うわっやばい……服濡れたよ」
「なにしてんだよ……」
青八木の方に、俺も歩いていく。
「まくれよそんなもん」
「うわっ、……変態だ」
「……なんでだよ……」
「ほら、寺島も貝殻探して!いい形のあったら教えてね、大きさは問わないからね!」
「貝殻なんてそんなもの、どうすんだ?」
「持って帰るの!」
「はぁ、そっか」
「ねぇ!寺島はなんで分かったの?」
「うん?……なにが?」
「あたしが本当は今日、海に来たかったってこと!……なんで分かったの?」
「ああ……いや、俺は……」
「それが分かったから誘ったんでしょ?」
「んんー……まぁ」
すごいね、と言って笑う青八木。
俺は本当は、何も分かっちゃいなかった。
でも彼女がこうならば、なんでもいいと思えるのは何故だろう?
その気持ちはまるで、今のこの時間のように不思議なものに感じた。
◇
それからしばらくして、貝殻を探すのに飽きた俺達は、砂浜の岩の上に座り込んでいた。
「なんで、砂の上に引くものを持ってこなかったんだろうな」
「なんで?別にいいじゃん?」
特に何をするでもなく、海を眺めながらぽつぽつと話していると……子供が二人
砂浜に入って来た。
男の子と女の子だ。
浜辺にしゃがんで、おもちゃのバケツとシャベルで砂遊びをし始める。
「あの子達、親はどこかな?」
「見当たらないし、居ないんだろ」
住んでいる所が近所なのかもしれない。
「心配だし見守っててあげようよ」
「ん?うん」
あんまりじろじろ見るのもどうかと思うが……。
「子供、好きなのか?」
「そうだね、好きよ。……寺島は?」
「俺は……うーん……」
考えたことがない。
でもきっと俺は、子供と接するのはあまり上手くはない。
「……なんか、よくわからん。好きか嫌いかってのは」
ふうん……?
と、青八木は子供の方を見て言った。
昼になると子供たちは、家に帰って行ったようだった。
俺達も腹が減っていたので、家に帰ろうかと提案する。
「もしかして、家になんか作ってあったりする?」
「いや、今日はなんもなかったはずだが……」
「じゃあちょっとね、うちまで来て欲しい」
「え?なんだ?」
……青八木の家?
そういえば行ったことがない、どころか場所さえも知らないな。
小学校の頃よく通学中に見ていたから、そんなに我が家から離れていないのは予想できるが……。
「着いてきて」、と言った青八木に続いていくこと十五分。
一つの一軒家に着いた。
「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
「ああ……」
こげ茶色の玄関のドアを開けて、青八木が中に入って行った。
残った俺は、目の前の家を眺める。
白い、薄く肌色がかった壁。薄紅色の三角屋根。
家の前のカーポートと、小さいけれど数種類の花が植えてある煉瓦で囲った花壇。
こんな家に住んでいたのか。ちょっと普段通らない通りに入ると、見たことのない家が並んでいるな。
五分くらい待っただろうか、青八木は家から出て来た。
「おまたせ」
手には、黄色い風呂敷が下げられていた。
「そりゃなんだ?」
「お弁当」
「あ、弁当作ってあったのか」
「うん、二人分ね」
……え……?
「お……俺の分もあるのか?」
「嬉しいでしょ?ほら早く行こ!」
「ど、どこに?」
「あそこに決まってんじゃん!」
ああ……あの場所か、と思う。
案の定向日葵畑へ向かって青八木は歩き出し、俺はそれに着いて行った。
後ろから青八木の、手に握られた風呂敷を見る。
(……二人分だって?)
わざわざ俺の分まで作ってくれるなんて、なんて優しいのだろう。
……なんて……それだけで澄ましていい問題なのか、これは?
だって俺と青八木は今日、特に約束をしていたわけでもないし。
……まぁとりあえず、礼を言っておこう。
「なんか……悪いな。ありがとう、俺の分まで作ってくれて」
「んー?うん、いいの。そういう気分だったの」
そういう気分とは、どういう……。
と考えていると……。
「……あっ!」
青八木が空を見上げて、足を止めた。
「んっ?」
「あーー……」
「……あ……雨」
「降ってきちゃった……」
いつの間にやら、雨雲がもくもくと山の向こうから登って来ていて、この町を覆い始めていた。
「あっちに避難しよ!」
バス停の待合所である、小屋を指さす青八木。
二人小走りで、そこに逃げ込んだ。
小屋は人が四人も入ればいっぱいになるような、木立の古いものだった。
同じく木でできたベンチが壁に着いている。ドアはなく、入口が大きく開いている。
「もー……天気予報じゃ一日晴れだったのに」
「そうなのか、まぁ……仕方ないわな」
「うーん……。じゃあ、ここでお弁当食べる?」
「んー……そうするか……」
見ると青八木は早々にベンチに座り、風呂敷を開いていた。
「……」
「……何してんの?座らないの?」
「あー……いや、座るよ」
端に体を寄せて、服が触れ合わないように座る。もちろん気恥ずかしいから。
「はいこれ、寺島のぶん」
「おお……」
紺色の長方形の弁当箱を俺に手渡して来る。
俺はそれを受け取って、まじまじと見降ろす。
「…………」
「ふふ、どうしたのさ」
「いやぁその……本当にわざわざ、悪いなぁ」
「いいって」
……蓋を開ける。
二段になっている上の箱には卵と豚肉らしきそぼろが、米の上に乗っていた。その下の弁当には、ピーマンの炒め物やらきんぴらごぼうやら、ウインナーなどが入っている。
「これ……わざわざ材料揃えたのか?」
「いいや?家にあったもので作ったよ」
「んあ、……そ、そうか」
何を早とちりしてんだ、俺は。
「実はさ……今日はもしかしたら、寺島に会うかもって思ってたんだ」
「……え?それは、なぜ」
「それは……夏休みの、最後の日だから。かな」
「はぁ」
それは答えなのだろうか。
「さ、食べようよ」
「あ、うん」
青八木も自分の弁当箱を取り出した。
そうして俺達は、「いただきます」と言って食べ始めたのだった。
「…………」
しばらく、無言で食べ進める時間が続く。
そして、なるべく自然に言う。
「ん、んん。……こほん…………うん、うまいっ」
「…………くくっ。こういうの、慣れてないんでしょ寺島」
「……う……」
やはりこういうとき、俺はうまくこなせない。
それでも青八木は楽しそうに微笑んでいる。
「その、うまいのは本当でだな……」
「ん、ありがと」
女子と同じベンチに座って、同じ中身の弁当をつつく。そんなシチュエーションに内心まだ、戸惑ったままだった。
このままただ食べ終えればいいのか、なにかアクションを起こした方がいいのか。
例えば、「お礼に今度は、俺が何か昼食作ってくるよ」とか言ったらどうなるだろう。
いきなり弁当は無理でも、おにぎりとか。
最近、裕子さんが朝食を作るところを見て思ったのだ。教われば俺でもつくれそうかも……って。
もし俺がそうすれば、どうなるか……少し想像がつく。
多分。俺達はまたちょっと、仲良くなれると思う。
それはきっと、太知たちと四人で居る時とは違った意味でな気もする。
「ああそうだ。飲み物いる?一応お茶と紙コップ持ってきたんだけど」
「あ、うん。もらうかな」
青八木が取り出した紙コップにお茶を注いでくれる。
それを受け取って、一口飲んで息をつく。
俺のそれを待ってから、青八木が口を開く。
「……ねー、思ったんだけどさぁ」
「ん?なに?」
「私たちがよくあの畑の奥に行ってるのって、他の人は誰も知らないよね」
「あー、多分そうだなぁ」
「寺島は誰かに言ったりした?」
「いいや誰にも?」
「私もだよ。だから多分じゃなくて、ほんとに誰も知らないんだよ!」
「う、うん」
少しキョトンとして答える。
「なんか面白いよね、それって。せっかくだし、学校が始まっても誰にも言わないでおこうよっ」
「あ……ああ、学校……」
そうだ。忘れていた、そうだった。
「学校な……。明日から、新学期……忘れてたよ」
「ええ……?なに、だいじょぶそれ?」
「いや違うんだ、今朝まで覚えてたんだけど……いつの間にか」
頭から抜けていた。
俺はなにを、昼食を作って来るだの考えてたんだ。学校が始まってからではそんな事はできないじゃないか。
「……まぁ、分かった。誰にも言わないよ」
「うん」
ほとんどの奴は信じないかもしれないしな。
俺と青八木がこんな接点を持っている。なんて話は。
◇
弁当を食べ終えた俺達は、しばらくその場で話して過ごした。
話題のほとんどは、明日からの学校生活のことだった。
十月の文化祭のことや、十一月の合唱コンクールについて話した。どれも高校生活では初めての行事だから、どんなものになるのやら。
「見て、もう太陽があんなに傾いてる。日が短くなってるなー……」
「ありがとうな。弁当」
「うん、どういたしまして」
「……なんか、礼としてできることはあるか?」
「え?いや、いいよそんなの」
青八木はキョトンとした顔をする。
「はは、そっか……」
「むしろありがとうって感じ。うちの期限切れ三日前の卵を、使わせてくれてね」
「それは切実だな」
「うん。それで、明日は寺島んち……」
「……」
「あー……」
青八木が口を丸く開けて、声を漏らす。そして小さく吹き出す
はは……、とそれを見た俺は笑う。
「そうだよ……そうだった……。私も忘れてた」
「うん、まぁあれだな。しばらく、一緒に遊ぶことも無くなるかもな」
「そうかな?うーん」
「……そんなことないか?」
「まー、あたしたち次第でしょ」
……そうか。そうなのか。
俺達次第では、こういう関係を続けていくことができるのか?
だとすれば俺は、少しだけ二学期への想像を膨らませることが出来る。
「雨、まだ止みそうにないね……」
「うん」
時間は午後三時。まだまだ夕日とは呼べないくらいの西日が、雨雲の隙間から主張している。
「一回、帰ろうかな」
青八木が言う。
「……一回?」
「うん、雨まだ降りそうだし……」
「そうか。じゃあ俺も、そうするかな」
「うん。それでさ……もし、雨がやんだらさ」
「うん?」
「……あの場所に……」
「あぁーもー!!まじでうざーいっ!」
「天気予報仕事しろよぉ!雨で中止とかありえないんだけど!?」
突然、道路に声が響いた。
小屋の入口から覗いてみると、知った顔の同級生の女子が複数人歩いていた。
浴衣を着ていて、ビニールの傘をさしている。そして皆、口々に天候への不満を吐き続ける。
「夏祭り、中止になったんだ」
隣で青八木がつぶやく。
「きっと向こうでは、もっと前から降ってたんだろうな」
それでこのタイミングで、駅の方から来たわけだ。
そのグループが通ったあと、堰を切ったように数々の集団が傘をさして歩いて来る。
俺はその中の誰かに気づかれないよう、一人立ち上がって小屋を出ようとする。
「あ……」
青八木は、声を漏らす。
「分かってるよ。雨が止んだらあの場所、だろ?」
「……うん……良かった!」
膝の上の手を握って、笑った顔を見せる。
それにつられて俺の顔もほころんだ。
「んじゃあな」
俺は一人、小屋を出た。
彼女は、少ししてからそこを出るのだろう。
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