2-9

「あら、早いじゃない?」


 寝起きで階段を降りて行くと裕子さんがキッチンに立っている。


「はい、おはようございます」


 なんとなく早く目が覚めてしまった。

 出来上がった朝ごはんを食べながら、ニュースを見る。

 キャスターがおはようございますと挨拶をして、今日の日付と曜日を言う。

 八月二十一日、か……。二学期が始まるまで、あと十日だ。

 きっとぼーっと過ごしていれば、すぐにその日が来てしまうだろう。

 残りの日数を濃く過ごすことが出来るだろうか……。

 少なくとも、俺はもう少し活動的になることを心に留めて置くことにした。

 なのでとりあえず、家中掃除機をかけてみた。

 そのまま残った時間、腕立て伏せをする。とりあえず、何か活動しておくのだ。


「……ふぅっ」


(ピーンポーン)


「ん」


 どうやら誰か来たみたいだ。太知かな?それとも……。


「…………おう」


 ドアを開けると、青八木が立っていた。


「おはよ」


「おはよう、どうした?」


「いやー、暇だったからさ。早速来たってわけ」


「……暇なのか」


「よく考えたらあたし、なんにもすることなかったや」


 昨日言ってた通り、本当にこの感じなんだな。

 しかも暇だからって、俺の家を訪ねてくるとは……先月では考えられない変化だよな。

 青八木をリビングに通して、ローテーブルの前に座らせる。


「あれだ。きっと二人も、そのうち来るからさ」

 

「はーい」


 そう言うと青八木は、黙って家の中を見渡し始めた。

 ……さて、どうしよう。

 どうやって、この二人の時間を潰そうか?

 俺が密かに悩んでいると……、青八木がこう言い出した。


「寺島って、彩ちゃんと眞田君以外に誰か、遊んだりする人は居るの?」


「え?……いや、特には居ないな」


「ふうん?でも小学校の頃は、皆で放課後……公園で遊んだりしてたよね?」


「そりゃ子供の頃はなぁ。でも中学に上がってからは……いや、小学校高学年からすでにそういう感じじゃなくなってたかもな」


「……なんで?」


「分からない、それは……気づいたらそうなってた」


「ふむ……そっか」


 理由はあるのか、それともなんとなくか。


 ◇


「じゃあ今から、授業をするから!」


「……は?」


 数分後。

 ふと見ると、いつのまにか、なにやらノートを広げている青八木。

 そしてシャーペンで大きく文字を書き始める。


「えっなんだって?……授業?」


「うん、高校の」


「高校の、なんの教科の授業?」


「違う違う。……これっ!」


 書き終えたノートを見せてくる。

 ページの上にはこう書かれていた。一年生徒、関係性の図。


「これがなんなの?」


「もー、鈍いなぁ。いまからあたしが!うちの学級が今の所どういう状況にあるのか教えてあげる!」


「なんでまた……そんなことを」


「寺島はそこら辺の事情に疎すぎると思ったから。あと、ふと思いついたから」


「鈍い?そりゃあそんなに変なことなのか?」


 確かに俺は、小学校の仲良かったやつがどのクラスに居るのかも知らないが……。


「いいからとにかく!この一年の前半の時期に、これを把握しておくことは大事だから!」


「ふーん……」


「じゃあ……まずは人脈の、いわゆる中心部分ねー」


 青八木がページの中央に、数人の生徒の苗字を書く。

 きっと学年の誰もが知る名前が書き出される。

 大きく二組、男女それぞれのグループがある。確かに俺でも分かる、きっとこいつらが中心人物といえるんだろう。

 その中には、この間まで青八木が一緒に居た高木の名前もあった。


「それから、その周りの複数のグループ」


「ちょっと待って」


「なに?」


「やっぱり、青八木の名前はそこに入らないのか?」


「あー、……うーん……」


 どうしようかと悩む青八木。

 昨日彼女自身が言っていた、もう高木たちとは遊べないだろうという事。

 詳細は聞いていないが、それは多分仲たがいのようなものの可能性もある。

 彼女は本来なら、この中心核の女子グループの中に置かれるはずだった。

 しかし今となっては、それもどうなのか。


「あたしはとりあえず、なんかこっちにでも」


 と言い、ページの隅に自分の名前を書いたのだった。

 それからノートには、中心人物の取り巻き……つまりその人気の、おこぼれをもらおうという連中。

 そしてその取り巻きをあざ笑う、一歩引いた態度の中堅の生徒達。

 さらにはその後ろで、刻々と自分たちの立場を押し上げる機会をうかがっている、野心を持った連中。

 それらが書き出されていった。


「俺と太知と野中はこれでいうと、一体どこに属してるんだ?」


「うーんとね……君たちは、ちょっと特殊なんだよね」


 「……特殊?」


 もう大分埋められたページの上に、俺達の名前が追加される。


「結構皆、グループの中で関係が完結してることが多いんだよ。でも三人はそうじゃないでしょ?」


「まず彩ちゃんは、吹奏楽部の女子グループが主な活動場所だとおもうんだけど」


「うん、合ってるよ」


「そして眞田君と寺島は、二人で居ることが多い。だけど眞田君は吹奏楽部の男子と一緒に居ることもあるよね」


「そうだね」


「だから……こんな感じかな」


 野中と太知が、それぞれの集団に組み込まれる。しかし太知は半分ほどそこからはみ出して、俺と接続される。


「……おい……」


「ん、なに寺島」


「なんかこれだとさ、俺だけが半分あぶれてるように見えるんだが……」


「ああ、うん」


「こんなはずはない。俺以外にももっと交友が少ない奴が居るはずだ」


「いいじゃん。私なんてこれ、もはやドロップアウトしてるみたいよ」


 た、確かに……。


「けど……隣町のやつらも、結構混ざってグループができあがってるんだな」


「うん、中には向こうの人たちだけで固まってる所もあるけどね。でもこの町の人は、隣町の人と仲良くなりたい生徒も多いんだろうね」


 それは、やっぱり……あこがれから来るものなのか?

 やはりまた、そういう事になるだろうのか。


「高木ちゃん達もそういう気持ちが強い子だからなぁ。わたしはちょっと着いて行くのが大変だったんだよね」


「ふむ……」


 中心に居る人物がそういう行動をとることで、その影響は学年に広がっていく。

 その人物の一人こそ、高木という女子だった。

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