2-2

 次の日。

 二度寝したせいで昼前になってしまったが、これから太知の家に行こうと思っていた。

 そう考えながら朝食を食べ終えた頃、インターホンが鳴った。


「一樹ぃーっ」


 玄関に行こうとしたら、ドアの向こうからそういう声が聞こえて来た。

 ……太知が来たんだな。俺の方から行こうと思ってたんだが……。

 ガチャリとドアを開ける。


「よっすー」


「おう。……うっ…………げぇ」


 太知が手を上げる隣、めんどくさい奴が立ってるのを見てしまった。


「太知くん、今こいつ嫌そうな顔したよっ!」


「はぁ……なんで野中が居るんだよ……」


 野中彩。俺と太知と一緒のクラス。

 前に訪ねて来たときには、太知が居ないと聞いて早々に帰って行った。


「なんでって部活ないからじゃん。なに、来ちゃ駄目なわけ?」


 ……駄目って言ったら来ないのだろうか?


「まぁまぁ、いいじゃん。最近は二人で遊んでばっかだったしさ。たまにはこうして三人でってのも悪くないでしょ?」


「……えぇー」


 たまに。で済むならいいんだがなぁ。

 野中もどうせ、部活が落ち着いて暇になったくちだろ?

 だとしたら残りの夏休み中、ずっと太知にくっついてそうで困るんだが。

 野中が太知に近づきたがる理由は、まぁ察してはいるんだが……。

 一体なぜそうなったのかは知らんが、どうせそういう事なんだろうなぁ。


「ほら、太知くんの優しさを無下にするつもり?もういい加減諦めなって」


「お前ぇ……邪魔者の分際で粋がりやがって……」


 そう言うと、邪魔者はお前だと言わんばかりのにらみを利かせてくる。

 こいつに何を言っても無駄だと思い、諦める。


「……もういいや」


 俺の言葉を聞いて、太知が安心した顔になる。


「でも俺達、今日は外に出るつもりだったんだけど。暑いだろうけどいいのかよ?」


「別にかまわないわよ、そんなの」


 ……たくましいもんだな。


 ◇


 二人を連れて、例の花畑の前まで来た。


「こんなとこまで来て、なにすんの?」


 野中が不思議そうに聞いて来る。


「いやまあこの先に、良い場所があるよっていう、それだけの事なんだけどな」


「……ここ、懐かしいなぁー」


 なぜか、太知がそんなことをつぶやく。

 そして野中が、何気ない顔で言う。


「ああそれなら知ってるわ。ベンチが置いてあるんでしょ?」


「え……」


「それで、海が見降ろせるんだよなー確か」


「し、知ってんの?」


「俺も子供の時、たまに遊び場にしてたなぁ」


 太知がそんな事を言うので俺は訊ねる。


「まさかお前も野中も、来たことあるのか……?」


「うんあるよ、てかわりとこの町の有名スポットだと思ってた」


「そ……そうなの……?」


「だって僕のお父さんも、子供の頃ここで遊んでたって聞いたし」


「あっ!うちのお母さんも!」


 …………えぇー……?

 ここって、そういう感じの場所だったのかよ?


「……でも、太知が子供の頃なら俺も一緒に行ったことがあってもおかしくないけど。俺はここに来た覚えはないぞ?」


「いや。僕が来てたのは、一樹がこの町に来る前の……幼稚園に通ってたころまでだったから。一樹とは来た事ないよ」


「はぁ……なんで、小学校に上がってからは来なくなったんだ?」


「うーんと……」


 太知が頭をかきながら、ひまわり畑を見つめる。


「……ああえっと。たしか、ここで迷子になったんだったかな……」


「迷子……?」


「うん……なんか、一時間くらい、ここでぐるぐるしてた気がする」


 ……?


「ふーん……それで、もう来なくなったのか?」


「子供だったから、この花畑が今より広く感じてたんだと思うけど」


「でも、こうして太知くんは居るんだから、ちゃんと帰れたんでしょ?」


「うん、そうだ。結局は一人でここから家に帰ったんだと思う」


「……思う?」


 ぼんやりとした言葉だ。


「あんま覚えてないよ、もう十年以上前の事だもん」


 ふむ、まぁそうか……そんなもんだわな。


「入らないの?」


 野中が畑を指さす。


「ああ、じゃあ行くか」


「うん……」


 三人で花々の中に入る時、太知の表情は少し、固かった。


「ここ結構歩かないと、向こうに着かないんだよねー」


「ああ、いつも二分くらい歩いてる気がする」


 よくもまあ、こんなに植えたもんだよなぁ。きっとどっかの農家がやってるんだろうけど。


「……そういえば、野中はなんでここに来なくなったんだ?」


 太知がつぶやくように言う。


「うーんまぁ元々わたし、たまーにしか来てなかったから。なんとなく来なくなったんだと思う」


「そうなんだ」


 そう言いながら、歩き続ける。

 と……急に、最後尾の野中が立ち止まる。


「あっ…………そうだ……」


「なんだ?どうしたの?」


「……違った」


「うん?」


「わたし確か、ここで怖い体験をしたんだった」


「……なに?」


「怖い体験?」


「たしか……ここでこうして歩いてるときに、後ろからガサガサって音がして……」


「え……」


 な、なにを言い出したんだ、こいつは。


「……それが、誰かが私に着いて来る音だって気づいて」


「は……?」


「それでわたし怖くなって、その場から走って逃げて……」


「ちょ、なんだよそれ……怪談かよ?」


 野中は俺の話を聞かずに、考え込む仕草で立ち尽くす。


「走って逃げて。……それから…………どうしたんだっけ」


「はぁ??」


 何を言ってるんだ、さっきから?

 太知は太知で、そんな野中をぼーっと見ている。さっきからこいつらちょっと変だな、俺がここに連れて来たのが悪いのか?


「とりあえず、まずは向こうに行こうぜ」


「あ、うん……」


 野中はやっと歩き出した。それで太知も、神妙な面持ちのまま振り返って進み始める。

 俺もそうしようとする直前……野中の背後を見てみたが、勿論ついてくる人影なんて見えない。


「ここの管理人が来てただけだろ?」


「うん……そうだよね」

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