1-6

 一人残された俺は、右手に下げたビニール袋を眺めていた。

 太知と食べるために昼食を買ったのだが……。

 いまから一人で食べるとなると、途端に寂しい気分になってきた。

 しかし他に選択肢もないので、帰路に着いた。

 そしてリビングで一人、モソモソとおにぎりをむさぼったのだった。


 ◇


 それから家に帰って、午後五時半頃。

 居間のソファに寝そべって、ぼーっとニュースを見ている。

 家には俺一人だ。

 アナウンサーが読み上げる声が、延々と耳に入ってくる。たまにCMが挟まる。


「……」


 ソファの前のローテーブルには、やりかけの宿題が広げてある。

 隣には大きい窓があり、レースのカーテンの隙間から、西日がフローリングに差している。

 それを眺めると、なんだか眠くなってくる。

 そんなタイミングで、(ピンポーン)と呼び鈴が鳴った。


「……ん……」


 起き上がって、玄関に向かう。誰だろう?

 玄関を開けると、見知った姿があった。


「ただいま、一樹くん」


「あれ、裕子さん?どうしたんですインターホンなんか鳴らして」


「いやーね。実は今日、鍵忘れちゃったのよ」


「ああー……そうなんすね」


「あっほら!」


 玄関の下駄箱の上に、家の鍵がポツンと置いてあった。

 裕子さんは安心したように「やっぱりここにあったわぁ」と言う。

 それから二人でリビングに戻った。


「買い物してきたものを冷蔵庫にしまって、洗濯機をかけたらご飯作るからね」


 そう言って、冷蔵庫の野菜室を開けて作業を始めた。


「もしかして、勉強してたの?」


「え?ええ、まぁ」


「一樹くんはほんと、昔からえらいわねぇ」


「ハハハ……」


 俺は立ち上がり、宿題を部屋に持って行こうと階段に向かった。

 まったく進んでいないプリントを見られるとまずいと思ったからだ。

 裕子さんは、洗面所に行って洗濯物を取り入れ始めた。


「……あら、一樹くん。……これなぁに?」


「えっ?……どれすか?」


 プリントが透けていたのかもしれない。

 とっさに右手の紙を後ろに隠す。

 しかし、裕子さんはそんなものを見てはいなかった。


「これ……」


 裕子さんは、Tシャツを手に持って見つめていた。

 それは俺が、二日前に着ていたものだった。


「……?」


 ……いや違う、少しそれて、その胸ポケットを見ていた。

 胸ポケットには、このあいだ吸った……タバコの箱が入っていた。


(……っ!!)


「一樹君?……これって……」


(ま……まずい…)


「……一樹君?」


 何も言わず固まったままの俺に、裕子さんが心配そうな表情になる。

 このタバコの事を知れば、きっともっと心配をかけるだろう。

 ああ……俺はなんて軽はずみなことをしてしまったんだ……。


「こっこれですか?これは、その……ええと」


「まさか……これ……」


 絶対にバレてはいけない……!

 とにかく、どうにか切り抜けなくては。


「ああー、えっと、そのぉ……」


 しかし全然いい言葉が浮んでこない。

 何か、なにかないかと思うほど頭が真っ白になっていく気がする。


「た……たばこ……」


「……」


「……のお菓子です……」


「え?」


「昔からある、あれです……」


 ぼやけ切った頭で出せた精一杯の回答だった。


「……」


「いやぁさっきコンビニで見かけて、懐かしくて買ったんですよねぇー」


「……ふむ……?」


 胸ポケットに収まった小箱を見定める裕子さん。詳しいパッケージは向こうから見えないはずだから、こうしている分には大丈夫だと思うのだが。


「一樹君……お菓子、好きだったものねぇ」


「そ、そうなんすよ」


 それは小学生のときだが。訝しげだった裕子さんの顔が穏やかになっていくのを見て、俺も安心した。

 罪悪感もあるんだけども。


「お夕飯前だからほどほどにね」


「はいっ」


 手つかずの宿題を持って、二階にいそいそと上がった。部屋に入って扉を閉め、プリントは机に置いた。そしてタバコを取り出す。

 そしてすぐに、ゴミ箱の奥に詰め込んでしまった。

 このごみは俺自身が捨てているものだから、ゴミ袋ごと処分してしまえば見つかりはしない……はずだ。

 裕子さんは勿論、親父にも一応見つかりたくはない。

 親父はきっと怒ることはしないが、面白がって突っついてくるだろうからな。

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