前哨戦

 



「何でそんなにひどいこと言うんですか?!」

 ミリアムが食堂内に響き渡る声で叫ぶ。

 そもそも貴族の令嬢が大声を出す時点でおかしいのだが、元平民の彼女は気付かない。

 可愛い自分が可哀想な状況になれば、誰かが救いの手を差し伸べてくれるだろうと思っての行動だった。

 男爵家による淑女及び貴族の常識を覚える為の教育は、完全に失敗しているようである。


「酷い事など何一つ言っておりませんが」

 抑揚もなく、静かにオリヴィアが答えた。

 周りの常識の有る貴族達も心の中で頷く。

「私が元平民だから馬鹿にしているんですね!!貴族がそんなに偉いんですか!?」

「えぇ、偉いですよ」

 ミリアムの金切り声に、オリヴィアは冷静な声を返した。


「ひどい!また私を馬鹿にして!」

 ミリアムが態とらしく大袈裟に涙を流す。所謂いわゆる泣き喚くと言う状態だ。

 貴族の令嬢としてそれが許されるのは幼児までなのだが、ミリアムには感情を隠すという貴族の常識が無い。

 もっとも、平民でもここまで大人気無い行動をする者は、あまりいないだろうが。


 そして、将来に不安の無かったウィッキーも、貴族の一般教養もおざなりにしか学んでいない。

「可哀想に!ミリアム」

 泣いているミリアムを、婚約者であるオリヴィアの前で抱き締めた。


「そのような行動が不貞行為だと、何故、気が付かれないのでしょうね?」

 扇で口元を隠したオリヴィアがウィッキーを見下みおろす。

 ウィッキー達が座っていてオリヴィアが立っているのだから当然なのだが、責められたウィッキーは余計に見下みくだされた気がした。


「そんなところが嫌なんだ!いつでも上から物を言う!地位しか誇るものが無いからだ!」

 誰が聞いても非はウィッキーにあるのだが、本人だけはそれに気付いていない。


 オリヴィアが大きく息を吐き出した。

「わかりました。では、その地位がどういうものか身をもって知るが良いですわ」

 それだけを告げ、食堂から出て行った。

 周りの貴族も数人、食堂を後にする。

 おそらく婿入り出来る立場の者達であろうが、その理由にウィッキーが気付く事は無かった。



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