邂逅




「いつから学園内に娼婦が入り込むようになったのかしら?」

 婚約者である侯爵家三男のウィッキーにベッタリと寄り掛かりながら座り、人目も憚らず腕や足に触れているミリアムを見て、公爵家令嬢であるオリヴィアは静かに告げる。


 大きな声では無いのに、学園の食堂内にとてもよく響いた。


「オリヴィエ!何て事を言うんだ!」

 ウィッキーが言い返すと、オリヴィアは口元を扇で隠す。

「人の名前も覚えられないとは嘆かわしい。それに、私は貴方にファーストネームで呼ぶ事を許可しておりません」

「こ、婚約者なら名前で呼ぶのは当たり前だろう!」

「あぁ、婚約者だと自覚はあったのですね」

 オリヴィアの視線がミリアムに向いた。


「婚約者がいるのに、この為体ていたらく。侯爵家は何を教育しているのでしょう」

 ウィッキーは言葉に詰まる。

 公爵家の婿入りに関しての教育は一切されていない、と正直には言えなかったからだ。

 普通は妻になる者が施される教育を、ウィッキーは「男がするものではない」と拒否した。

 すぐに教育は無くなった。


 ウィッキーは自分以外に公爵家に婿入り出来る者が居ないからだと、何をしても許される立場だとこの時に誤解したのだが、実際は「公爵家の邪魔さえしなければ良い」と放置されただけだった。

 初めからウィッキーは何も期待されていなかったから。


「一般常識も無いとなると、これからの関係を考えなければいけませんわね」

 オリヴィアは冷たい目で婚約者であるウィッキーと、その隣に座るミリアムを見下ろした。

『公爵家の邪魔をしない』という事は、『公爵家に相応しい振る舞いをする』というのと同義である。

 そして『邪魔をしない』にはもう一つの意味があり、『オリヴィアに逆らわない』という事でもある。


 ウィッキーは、そのどちらも満たしていなかった。

 むしろ、逆と言っても良い状態だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る