08-28S インタールード 一月二〇日
━━━帝国歴一〇七九年末から一〇八〇年にかけて帝国カゲシン政府が打ち出した政策は後に帝国内外から酷評されることとなる。━━中略━━しかしながら、少なくない歴史家が指摘したように結果論との話はあるだろう。当時のカゲシン首脳、バャハーンギール公子と帝国宰相アーガー・ピールハンマドが帝国とマリセア正教を維持するために奔走していたのは史実である。━━中略━━勿論、結果としてカゲシン政府が帝国の再編を行えなかった事実は事実であろう。しかしながら、バャハーンギール=ピールハンマドの一連の施策は、マリセア教導国の延命には寄与したとの見方も可能である。━━━
『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋
カンナギ・キョウスケがライデクラートと面談していた頃、カゲシン西方クリアワイン市、その中枢である伯爵館の執務室には、本来その主である筈のクリアワイン伯爵が怒鳴り込んでいた。
「これは一体どういうことですか!
我が配下が、館どころかクリアワイン市全域から排除されている。
何をもってこのような仕儀に至ったのか、説明を要求します!
いや、直ちにクリアワイン市内外の権限を返還して頂きたい!」
執務室内にいた二人、タルフォート伯爵バクルアブーとモーラン家当主バルスポラトは無表情のまま顔を見合わせると、どちらからともなく溜息をついた。
「クリアワイン伯爵ギルクークに罪状を申し渡す」
タルフォート伯爵が抑揚のない声で書類を読み上げる。
「帝国一級罪人クチュクンジ、並びに外敵ケイマン族に通じ、ケイマン軍第三騎兵旅団に所属する捕虜を無断で解放した件、帝国反逆罪に相当する。
これにより、クリアワイン領を没収する。
しかしながら、これまでの帝国に対する忠節、並びにガーベラ戦役での働きに鑑み、旧ミッドストン領の統治を委ねるものとする。
署名はマリセア正教宗主摂政代理バャハーンギール、並びに帝国宰相アーガー・ピールハンマド、だ」
「それは、・・・クリアワイン領からミッドストン領への領地替えということですか?」
「そのように読めるな」
クリアワイン伯爵とミッドストン伯爵とは同格とされ、領地の生産性もほぼ同等とされている。
ただし、今回の戦役でミッドストン領は大きな損害を被った。
ケイマン軍襲撃による傷跡は深く、領内には現在も多数の難民が存在し、治安も悪化している。
一方、クリアワイン領の損害は軽微だ。
現時点での税収額は倍以上の差があるだろう。
「ケイマン第三騎兵旅団捕虜を解放したのは認めます。
しかしながら、それは留守居の判断による物。
私は関与しておりません。
しかも、留守居がそれに応じたのは帝国宰相名で出された命令書に従ったためです。
当時の状況では致し方なかったでしょう。
結果論で罪を遡及させるというのですか!
あまりにも非道です!」
タルフォート伯爵とモーラン当主が再び顔を見合わせる。
「クリアワイン伯、頼むから短気は起こさないで欲しい。
実は我らもつい数時間前までこの話は知らなかった。
クリアワインに入った直後にバャハーンギール殿下の家臣がこの書類を取り出し、伯に通知するよう命令してきたのだ。
個人的な感想としては、今回の命令は些か腑に落ちぬ。
まずはカゲシンに向かい、味方を募られよ。
自分もしばらくすればカゲシンに戻る。
可能な限り助力しよう」
「左様、今ここでクリアワイン伯が実力行使に出られた場合、立場上、我らが鎮圧せねばならぬ。
傭兵の身として言う事ではないが、つい先日まで肩を並べて戦った伯爵閣下と敵対する事は避けたい」
二人の言葉にクリアワイン伯爵が押し黙る。
「今回のような話がまかり通れば諸侯の反発は必至。
帝国内の統治にも支障をきたそう。
カゲシンにとっても良い話ではない」
「あー、これは独り言だが、我らはそのうち引き上げる。
残るのは戦いのやり方すら知らぬ新代官の宗教貴族だけだ。
仮に実力行使するのであればそれからの方が楽であろう」
クリアワイン伯爵は暫く逡巡していたが、やがて顔を上げた。
「分かりました。
カゲシンに向いましょう」
そう言って彼は昨日まで自分の物であった執務室から退出した。
見送ったタルフォート伯爵は再度溜息をつき、モーラン・バルスポラトを振り返った。
「いやな役目に付き合わせて済まぬ」
「いえ、命令書の宛先は我らの連名でした。
自分の任でもあります。
しかし、何を考えているのか。
あの若い宰相は以前から諸侯を排除してカゲシン直轄領を拡大しろと主張していました。
カゲシンの権力を強化する方策としては一理ありますが、よりによってこの時期に行うとは」
「確かにな。
帝国内の状況は以前とは大きく異なっている。
その現実を見ずに旧来の方針を変えない。
バャハーンギール殿下もピールハンマド殿も、その傾向が強い」
「それにしても、この注意書きには呆れますな。
『事の理非を整然と教え諭せばクリアワイン伯爵は受け入れる筈だ』とは」
命令書に添えられたアーガー・ピールハンマドの添え書きには、クリアワイン伯爵に対してはマリセアの正しき教えの徒であれば、その罪を諭せば罰を喜んで受け入れる筈だと書かれている。
「ピールハンマド殿は千日行を達成した自分の意志と考えは最善のものと信じ込んでおられる」
タルフォート伯爵は頭を振る。
「世の中には様々な立場があり、様々な考えがある。
それが分かっておられぬ」
「自分の考え、趣味、嗜好が最善のものと信じて疑わないですからな」
バルスポラトの言葉が激しくなる。
「先任のエディゲ宰相閣下は、それぞれの趣味は趣味として尊重された。
我らが使用済み下着を愛用する事も、カゲシンの一般的趣味はそれとして、自宅内で人族の目に触れないよう節度を持っている限り自由だと許可されていました。
だが、あの若造は、あの小児性愛者は、頭から否定する!
全て禁止だと、人の話を聞こうとすらしない!
話し合いで全ては解決すると言っているが、一方的に話しているだけだ!
あの、変態小児性愛者め!」
「確かに、話し合いと言いながら自分の意見を押し付ける嫌いはある。
だがな、バルスポラト殿」
タルフォート伯爵は穏やかな表情で話を続ける。
「ピールハンマド殿が小児趣味だからダメなのではない。
エディゲ・アドッラティーフ宰相閣下も小児趣味であったが、同時に立派な政治家であった。
小児趣味が悪いのではない。
ピールハンマド殿の政策が悪いのだ」
モーラン・バルスポラトはハッとしたように目を見開いた。
「仰せの通りです。
幼児趣味だから悪人という訳では無い。
政策を憎んで性癖を憎まず、ですか。
いや、このバルスポラト、感服いたしました」
この方こそ、とバルスポラトは思った。
次期宰相はこの方だ。
現在の混乱した帝国を立て直せるとしたらタルフォート伯爵しかいない。
少なくとも宰相は変えるべきなのだ。
モーラン・バルスポラトが思いを新たにしている前で、当のタルフォート伯爵は淡々としていた。
彼はもう一通の書簡を取り出す。
「バルスポラト殿、済まぬがここの警備は任せる。
私は一旦タルフォートに戻る」
「領地に戻ってしまわれるのですか?」
「一瞬だけだ。
次はテルミナスでクテンゲカイ家の後継ぎ問題を解決しろとのカゲシンからの命令なのだ。
全く人使いが荒い」
「それは、確かに難題ですな。
ですが、クテンゲカイ侯爵家のお家騒動は可能な限り早く穏便に解決する必要があります。
難しい話ですが、現在の帝国でその任に当たれる者は閣下ぐらいでしょう。
閣下でダメなら、他の誰にも解決できません!」
クテンゲカイ侯爵家の後継ぎ問題は解決の兆しすら見えていない。
本来であれば帝国宰相が自ら乗り出すべきだが、恐らくピールハンマドは自信が無いのだろう。
近隣の上級貴族だが、アナトリス侯爵家はクテンゲカイ侯爵家とは以前から険悪だ。
領都を失ったゴルデッジ侯爵家にはゆとりがない。
タルフォート伯爵は血統的に宗家に近く、以前からクテンゲカイ侯爵家とは昵懇だ。
「是非、頑張ってください。
クテンゲカイ侯爵家の騒動を解決できれば、現在の帝国を支えているのが誰なのか、帝国中が理解するでしょう」
二人は固く握手して別れた。
カゲシンでは、ミズラ・インブローヒムが自派閥貴族の陳情に疲れ果てていた。
クリアワイン伯爵をミッドストンに移し、旧クリアワイン伯爵領をカゲシン直轄地とするのは、バャハーンギールとアーガー・ピールハンマドが合意した政策である。
今頃はタルフォート伯爵がクリアワイン伯爵を教え諭しているだろう。
ピールハンマドは以前からカゲシンの直轄地が少ない事に危惧を抱いていた。
マリセア正教とカゲシンの権威を高めるためにはカゲシンが確たる経済基盤を確保する必要がある。
直轄領の拡大はピールハンマドが以前から掲げていた政策であった。
そして、この政策はバャハーンギールにとっても都合が良かった。
直轄地が増えればそれを統治するマリセア正教寺院、事実上の代官所が必要となる。
旧クリアワイン伯爵領は二〇以上に分割され、それぞれの寺院に住持が送られる。
地域代官たる住持には地域官僚としての手当てが付くし、領地を直接支配するから役得も少なくない。
そして、地域の住持はバャハーンギール派貴族に割り振られた。
ピールハンマドは政府官僚に宗教修業達成者を優先するとしていたが、達成者は少なく、中央官僚ですら満足に埋まらない。
故に地方の住持はバャハーンギール派の管轄で話が付いた。
新たな直轄領に新たな住持という政策はバャハーンギール派貴族から大歓迎された。
問題は希望者が殺到して枠が足りない事だろう。
このままでは選に漏れた者からの不平が爆発する。
枠が二〇程度ではまるで足りない。
その少ない枠を巡って今も陳情の嵐だ。
領地をより細分化して住持の枠を増やすことは不可能ではないが、治める領地が狭ければ役得も少なく、不平が出るだろう。
インブローヒムは苦悩する。
昨日面談したカンナギ・キョウスケの事も気がかりだ。
カンナギの新師団長就任に対する一般貴族たちの悪評と反対に恐れをなしたインブローヒムたちは、本人を呼び出し師団長就任に新たな条件を付けた。
一つは三年間師団長報酬の半額を国庫に自主返納すること。
もう一つは新師団の人事権の制限だ。
従来師団内の人事権は師団長の専権事項であり、外部からは口を出せなかった。
だが、新師団では大隊長以上の人事にはマリセア宗主と帝国宰相の承認が必要となる。
これらは『根回し会議』で出された条項だが、インブローヒムから見ても些か行き過ぎと思える。
だが、会議で決議された話。
取りあえず提示だけはしてみようとカンナギを呼び出したのだが、彼の反応は予想外であった。
カンナギは顔色も変えず『部下たちと相談して返答いたします』とだけ言って去っていったのである。
インブローヒムも色々と交渉に当たってきた男である。
カンナギの態度には危惧を抱かざるを得ない。
カンナギへの条件は緩和せざるを得ない。
でなければ、カンナギが師団長就任を辞退する可能性がある。
他の者は、どんな条件でも平民出身者が少僧正就任の機会を逃すはずがないと断定するが、インブローヒムにはそうとは思えなかった。
だが、カンナギの条件を緩和するには自派貴族の不平を抑えねばならず、不平を抑えるにはより多くの土地、直轄領が必要となる。
やはり、あの策しかないだろう。
インブローヒムはそう考えていた。
「では、間違いないのか?」
バャハーンギールは諜報担当者の一人から話を聞いていた。
宗主がフサイミール宗主補と密談したのは確認されている。
詳細は不明だが、タルフォート伯爵の名が出たという。
そして、その後、宗主乳母のサライムルクが過去の宗家での養子の例を調べていることが分かった。
「現在、サライムルク殿は本格的に書類を作成しているようです。
養子縁組で対象はタルフォート伯爵家継嗣シャイドアブー殿。
養子発表と同時に宗主継嗣にするとの書類の準備も進められているようです」
バャハーンギールが怒りに震える。
宗主は何を考えているのか!
現状の混乱した帝国を立て直せるとしたら、以前から次期宗主としての自覚を持ち、それに備えてきた自分しかないではないか!
自覚も準備もないタルフォート家の若者に帝国を任せるなど正気の沙汰ではない!
「例のクテンゲカイからの話、許可を出せ」
バャハーンギールは静かに決断した。
「では、間違いないのか?」
アーガー・ピールハンマドは諜報担当者の一人から話を聞いていた。
宗主がフサイミール宗主補と密談したのは確認されている。
詳細は不明だが、タルフォート伯爵の名が出たという。
そして、その後、宗主補フサイミールが第四帝政初期の宰相、千日行達成者以外の宰相の例を調べていることが分かった。
「現在、フサイミール殿下は本格的に書類を作成しているようです。
新宰相としてタルフォート伯爵を任命すると。
閣下を罷免し同時に新宰相発表との準備も進められているようです」
ピールハンマドは怒りに震える。
宗主は何を考えているのか!
現状の混乱したマリセア正教を立て直せるとしたら、千日行達成者であり以前から次期宰相としての自覚を持ち、それに備えてきた自分しかないではないか!
自覚も準備もない田舎の一伯爵にマリセア正教を任せるなど正気の沙汰ではない!
「例のクテンゲカイからの話、許可を出せ」
ピールハンマドは静かに決断した。
ガーベラ家が拠点とする都市ヘロン。
そこに使者が到着していた。
「カゲシンからの使者、携行していた書類はバャハーンギール殿下とアーガー・ピールハンマド宰相の連名です。
内容は本年三月初旬に武芸大会を開催すること、そしてそれに合わせて行われる宗主就任式と宰相就任式の通知です。
ちなみに武芸大会本戦は三月一〇日になります。
レザーワーリ様に対して、『万難を排して参加せよ』との命令です」
議事進行を任されたガーベラ師団第二魔導隊隊長ガーベラ・レザーハリールが会議室に集まるガーベラ首脳陣を見渡しながら言った。
ガーベラ・レザーハリール、ガーベラ会戦以前はベーグム家の分家としてルスタンを名乗っていたが、会戦後にガーベラの名乗りを許された男である。
キョウスケ言う所の『ガーベラテトラ』の一人だ。
「宗主就任式ですか?
宗主が既に死去したと?」
トゥルーミシュが疑問を呈する。
トゥルーミシュは帝国内では非公式ながらガーベラ・レザーワーリの第一正夫人となっている。
公式にはレザーワーリの兄ニフナレザーの第一正夫人であった現宗主の内公女がそのままレザーワーリの第一正夫人になっているが、ガーベラ家内部では誰も認めていない。
一方、トゥルーミシュは絶大な支持を得ている。
レザーワーリと婚姻して日が浅いにもかかわらず、こうして幹部会議にも出席を許されていた。
「厳密には『摂政代理就任式』になります。
ですが、回りくどい言い回しで、当日に『宗主就任式』となる可能性が限りなく高いと匂わせた書き方になっています。
未確認情報ですが宗主猊下の容態はかなり悪化されているようで、三月までに死去しているとの見込みなのでしょう」
「随分と急ぐな。
父親が死んで直ぐに即位する気か。
マリセア宗家は我ら下賤な軍人と違って一年は服喪期間を置くと聞いていたのだがな。
バャハーンギール殿下は何時から軍人の流儀を取り入れられたのだ?」
一族の長老格の一人、第一魔導大隊長の皮肉に失笑が漏れる。
現在のガーベラ師団でバャハーンギールに好意を抱いている者は少ない。
「クチュクンジ殿下がアルダ=シャールで蜂起したとの話もあったが、あれはどうなっているのだ?
鎮圧されたのか?」
訝し気な顔で聞いてきたのは第一歩兵連隊長だ。
「そちらについては書簡では触れられていません。
ただ、鎮圧されたとの話も聞きません。
クロスハウゼン師団が出動した以降の情報は有りません」
レザーハリールの返答に会議室内のあちこちからうなり声が上がる。
「トエナ公爵領どころかアルダ=シャールすら鎮圧できずに、武芸大会だの宗主就任だのカゲシンは何を考えているのだ?」
「クチュクンジ蜂起はバャハーンギール殿下らの策謀との噂があります。
信憑性は低くない、いや、カゲシンでは公然の秘密とまで言われているそうです」
「カゲシンの宗教貴族内の足の引っ張り合いを帝国統治にまで拡大すると言うのか!
正気の沙汰ではない!」
吐き捨てたのは第二歩兵連隊長だ。
「つまり、クロスハウゼンを潰したいと。
帝国内で潰し合いをしていれば外敵が優位になるとは思わぬのだな」
第一魔導大隊長が嘆息する。
「クロスハウゼンにとっては迷惑な話ですが、他人事ではありません。
カゲシンの宗教貴族が我ら自護院関係者を敵視しているのは周知の事実です。
クロスハウゼンが潰れたら次は我らになる可能性が高い。
我々は少なくともクロスハウゼンの足を引っ張る事だけはすべきではない。
折角、トゥルーミシュ様にこちらに来て頂いたのです。
むしろ、協力すべきでしょう」
周囲が頷いたのを確認してレザーハリールが言葉を続ける。
「はっきり言って『宗主就任式』と『宰相就任式』であれば、レザーワーリ様、トゥルーミシュ様が出席される意味はありません。
下手に出席して難癖付けられる方が面倒。
出席してバャハーンギール殿下に華を送るのも不愉快です。
適当な代理を出せば十分かと。
ただ、武芸大会を同時期に開催するとなると面倒です」
「確かに武芸大会は問題だな。
それを狙って同時期に就任式を行うのであろうが」
レザーハリールの言葉に第一歩兵連隊長が同意する。
カゲシン武芸大会は正確には『自護院錬成所』の武芸大会だ。
出場できるのは錬成所に所属している若手、年齢は二〇歳以下で階級は代坊官、諸侯での少佐までとされる。
軍閥同士の本気の戦いにならないように上位者の出場は禁止だ。
若手でも師団長に就任したレザーワーリ、そしてその第一正夫人となったトゥルーミシュには出場資格は無い。
レザーワーリの兄ニフナレザーは武芸大会で優勝して箔をつけるために公式には中隊長・代坊官を維持していた。
しかし、武芸大会に出場するのは軍閥本家の御曹司だけではない。
師団内の若手中隊長・小隊長などは武芸大会に出場する事、そこで勝利する事を目標としている者が少なくない。
若手は武芸大会で一勝でもすれば、いや、本選に出場できただけでも実績となる。
師団として出場を禁止したら不平不満が続出だろう。
年齢制限で今年が最後の者もいるのだ。
「武芸大会出場希望者だけを送るのではダメか?」
「実は、カゲシンからの但し書きがあるのです。
師団の推薦枠ですが、本戦の一〇日前までに師団長が自ら引き連れてこなければ認めないそうです。
師団長が直に推薦しないのであれば一般枠と見做すと」
「なんとしても兄上を宗主就任式に出席させようとの話か。
姑息な手を!」
レザーワーリの弟レザーシュミドが激昂する。
カゲシン武芸大会だが、カゲシン三個師団にはそれぞれ一〇人の推薦枠があり、自動的に本選出場が可能となる。
一般枠は予選からの参加だ。
予選免除は、特に下位の参加者には有難い特典である。
「遅れてすまぬ」
そこに入ってきたのはガーベラ一族の長老レザーハミドであった。
以前はクトゥルグと名乗っていたがガーベラ会戦後はガーベラの名字を許され、当主レザーワーリの相談役として重用されている。
「実はナーディルの使者に会っていた」
レザーハミドはそう言って一つの書簡を出す。
「内容は同盟の打診だ。
以前から色々と遺恨のある両家だが、帝国内の情勢がこうなった以上過去の遺恨はそのままとして和解したいと。
様子見ということでレザーワーリ様ではなく、わし宛てにしたようだ」
「現実を見る軍人らしい思考。
悪くないですな」
レザーワーリがそう言って書簡を手に取る。
「それで、今、この時期にナーディルが使者を送ってきた理由は?」
第一魔導大隊長がレザーハミド老に尋ねる。
「ナーディル師団にも一足先に宗主就任式と武芸大会の知らせが来たらしい。
それを踏まえての物だ」
ナーディル師団は現在ジャロレーク市を根拠地としている。
内陸のヘロンよりも情報は早いだろう。
「ナーディルも武芸大会に何人か出場させたいが、ナーディル師団単独でカゲシンに戻り、いらぬことを強要されるのは避けたいとの話だ。
行くのであれば我らガーベラ師団と共に赴き、カゲシンに圧力を掛けたいと」
「レザーハミド、ナーディルは武芸大会に出たいということなのか?」
「それもあるようですが、上級魔導士試験を開催したいと」
レザーワーリの問いに老人が答える。
「ナーディルは継嗣であったセイフッディーン殿を失っている。
新たにアッバースリー殿の庶子を継嗣に定めたようだが、その者は成人前で何の資格もない。
上級魔導士試験を行い、国家守護魔導士は無理でも守護魔導士ぐらいにはさせてやりたいとの話だ。
レザーワーリ様もより上位の資格が欲しいであろうと」
レザーワーリは昨年八月の上級魔導士試験では上級魔導士に過ぎなかった。
「それは、確かに重要だ。
やはり師団長は国家守護魔導士であるべきだからな。
そして、今のレザーワーリ様であれば文句なく国家守護魔導士であろう。
私も守護魔導士を狙いたいし、レザーハリールやレザーシュミドもいい所が狙えるのではないか」
トゥルーミシュが関心を示す。
「確かに興味深いが、問題はカゲシン、バャハーンギール殿下がそれを認めるのか、ではないか?」
「アッバースリー殿の言葉では、バャハーンギール殿下が認めるかどうか、ではなく、認めさせるのだ、との話ですな。
ナーディルは我らと同時にクロスハウゼンにも使者を送ったそうです。
クロスハウゼンもシャールフ殿下に資格が必要ではないかと」
「なるほど、三個師団が軍を率いてバャハーンギール殿下に圧力を掛けるということですか」
「我らにはガーベラの加護があります!
あれから毎日ガーベラを挿して頂いているのです!
必ずや良い結果をお見せできるでしょう!」
最年少レザーシュミドの言葉に会議室は暖かな拍手で包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます